19話 ニンジン
朝食の際、二人分の食事を貰って、みんなに断ってから席を立つ。
「ごめん、今日の朝はリンと食べてくるから」
それを聞いたシャルとアリスちゃんは少し驚いた顔をしたあと、安心したような表情で笑った。
ユーキくんは僕が二人分の食事をお願いしたときから、もうニッコニコだ。
問題はノゾミちゃんで……。
「えーっ!ノゾミもリンちゃんと食べるっ!!」
まあ、そうなるよねぇ……。
ちょっと怒った顔までしてしまっている。
「えっとね、ご飯のときに連れてくると、大騒ぎになってご飯どころじゃなくなっちゃうからね?」
リンに会いたがるノゾミちゃんをまたせすぎたせいではあるんだけど、ノゾミちゃんのテンションが上っちゃうのが目に浮かぶように想像できる。
「ぶーっ!やだっ!!一緒に食べるっ!!」
実際、もうすでに今までになかったくらい駄々をこねている。
「あのね、ご飯食べ終わったらちゃんと連れてくるから、お願いだからもう少しだけだけ我慢してくれないかな?」
「…………ほんと?」
「ほんとほんと、ご飯食べ終わってお外の時間のときには絶対に連れてくるよ」
リン本人も会いたがっているし、騒いでいい時間になれば会わせることになんの問題もない。
…………無いはずだ。
「…………それならもう少しだけ我慢する……」
ノゾミちゃんはむくれた顔のままだけど、そう言ってくれた。
「ありがとう、ノゾミちゃん」
「絶対だからねっ!」
……うん、絶対。
ノゾミちゃんのお許しをいただけたので二人分の食事を持って部屋に戻る。
「リン、お待たせ」
部屋に入ると、リンはベッドの上の「ここで待て」と言った位置から寸分も動くことなく僕を待っていた。
……リンになにか言うときはちょっと考えて言わないとダメだな。
僕を見たリンの短い尻尾が激しく揺れてるけど、あれはネコ的なやつじゃないといいけど。
まあ、リンの表情を見る限りイヌ的なやつだと思う。
「王、オカエリデス」
「朝食を持ってきたからこっちに……いや、リンは今までどんな格好でご飯食べてた?イスとテーブルを使ったことは?」
少なくとも洞窟にはテーブルセットはなかったけど、どうやって食べてたんだろ?
「エト、ジメン スワルデス。
テブル?ワカル ナイデス」
なるほどねー。
んー……まあ、とりあえずはゆっくり慣れていけばいいか。
「それじゃ、こっちおいで。
ご飯食べよ」
そう言って、絨毯の上にお盆に乗った食事を置くとそのまま座り込む。
リンも嬉しそうに駆け寄ってくると僕の隣に腰を下ろした。
……前じゃないんだ。
まあ、そういうのは好きにすればいい。
「あーっと……カトラリー……ナイフとかスプーンとかフォークとかは使う?」
「……ナイフ スプーン ツカウデス。
フォーク?ワカル ナイデス」
「なるほど。
ま、とりあえずは好きに食べていいよ。
それじゃ、いただきます」
今日の朝食はパンと野菜のスープ、鹿肉を焼いたものだ。
とりあえずコップに口をつけるけど……リンはなにを食べるでもなく僕を横目で見ている。
なんだろうと思って、しばらく僕もリンの様子を伺ってるけどいつまで経っても僕を見たまま食べようとしない。
あ、そうか。
「リン、食べていいよ」
僕の許可を待っているのかと思ったんだけど。
「……エト、王、タベル ハジマル、他、タベル ナイデス」
「えーと…………王が食べ始めるまで他のゴブリンはみんな待ってる、ってこと?」
「ハイ、ソデス」
なーるほどねー。
群れの動物だとかはそんな感じだって聞いたことある気がする。
それなら、と思ってとりあえず一口肉に手を付けると、リンはホッとしたような顔をしたあと嬉しそうに肉を手に持ってかじりつき始めた。
習慣が違うとなかなか大変だ。
リンは肉が好きみたいで他のものには目もくれずに肉にかじりついてる。
お行儀は悪いけど、可愛い顔をしているせいもあって微笑ましくも見えるんだけど……。
「リンは肉好き?」
「ハイ、スキデス」
「…………人間は食べたことある?」
肉を嬉しそうにかじっていたリンが固まる。
そして、手に持ち続けていた肉を置くと、僕の顔をまっすぐに見て口を開いた。
「アルデス」
「美味しかった?好き?」
「ニク ナンデモ オイシイ スキデス」
「リンはなんの肉が好き?」
「トリ、ウサギ、スキデス。
イノシシ イチバン スキデス。ホントデス」
「人間はどれくらい好き?」
「ニク ミンナ オナジデス。ホントデス」
…………ちょっと口から出すのに勇気がいる。
「人間を食べなくても我慢できる?」
「ガマン ナイデス。
ニンゲン ニク ミンナ オナジデス。
ニク ヒトツ ナクナル オナジデス。
ニンゲン タベル ナイ ガマン ナイデス。
ホントデス。ウソ ナイデス」
リンにしては長い言葉はそれだけ必死で説明してくれているんだと思う。
はっきりとは分からないけど、人間もただの肉と変わらないから我慢するとかそういうものじゃない、といいたいんだと思う。
僕にしてみれば今食べている鹿肉が明日から食べられなくなるようなもの。
他の肉があればなんの問題もない……。
数多にある食料の種類の一つでしかなく、我慢とか無く食べなくてもなんの問題もないもの。
…………。
そして、食料の一つとしてカテゴライズされている事になんの悪気も疑問も持たないもの。
それがゴブリン族にとっての人間。
そのことは忘れちゃ駄目なんだと思う。
「そっか……。
それじゃ、リンは野菜嫌い?」
パンは少しはかじってるのに野菜スープは一口も手を付けてないみたいだけど。
「………………スキナイデス」
リンの渋い顔は少し面白かった。
好き嫌いはダメということで、頑張ってできるだけ食べるように言ったら、リンは渋い顔をしながらだけど最後まで野菜スープを食べきった。
一応聞いてみたけど、他のゴブリンは普通に野菜を食べていたらしいので種族的に食べられないとかではないらしい。
単純にリンが嫌いなだけみたいだ。
食器を返しに行くと、ノゾミちゃんとユーキくんが食器を洗っていた。
「あ、せんせえっ!
リンちゃんご飯食べたっ!?」
「うん、全部食べたよ。
ただ、お肉は好きだけど野菜は嫌いみたい」
肉の話を出した僕をユーキくんが緊張した顔でちらりと見たあとちょっと安堵したような顔をしていた。
ユーキくんのことだから、僕の言葉と様子から色々察してくれてるんだと思う。
「ノゾミもお野菜あんまり好きじゃなーい。
ニンジンきらーい」
ニンジンは今日の野菜スープにも入っていたから、なにか思うところがあったのだろう。
「それじゃ、二人共好き嫌いを直さないとね」
「…………」
黙り込んじゃったノゾミちゃんが可愛かった。




