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17話 殺したい

「ねえねえ、せんせえ、この子なんて名前なの?」


 洞窟から帰る途中、僕を挟んで反対を歩くクイーンを覗き込みながらノゾミちゃんが聞いてきた。


 ちなみに、クイーンについては四つん這いで歩かせようかとも思ったけど、歩く邪魔にしかならないのでやめた。


 しかし名前か……情が移るからあんまりそういうの気にしたくないんだけどな。


「お前、名前は?」


「ナマエ?オマエ デス」


「オマエちゃん?」


 変わった名前に聞こえるけど、まあ人間とは感覚が違うんだろう。


 しかし、お前お前呼んでたら名前だったとは。


「ハイ、王、ヨブデス、ソレ ナマエデス」


 ……はい?


 たまたま僕が名前呼んでたんじゃなくって、僕が呼んだからそれが名前になったって理屈か……。


「あのな、お前っていうのは名前じゃなくってな…………。

 ああ面倒くさい、お前、仲間たちからはなんて呼ばれてたんだ」


「ナカマ……クイーン ヨブデス」


「クイーンちゃん?」


「いや、ノゾミちゃん、それはなんていうか種族名と言うか地位と言うか……」


 個体名というものがゴブリンにはないのだろうか?


 ……いや、単にクイーンという特殊な個体だから無いだけか?


「名前がないのなら先生が付けてあげたらいかがでしょう?」


「いや、ユーキくん、そんなペットじゃないんだから……」


 情が移りそうなことはしたくない。


「そ、そうですよ……つ、つけてあげましょう……な、なまえ……」


「うん、名前無いと可哀想だよっ!」


 そう思ったのにシャルもアリスちゃんも乗り気だ。


 場合によっては僕が殺すことになる子に名前をつけてもなあ……。


「…………それじゃ、ゴブかブリかリンで」


「名前、リンちゃんだって!」


 ノゾミちゃん?他の二つなんでなかったことにしたの?


 個人的にはゴブとか分かりやすくて好きなんだけど。


「……ワカルデス……ナマエ リン デス」


 だから、そこで嬉しそうな顔とかしないでほしい。


 僕はお前の仲間を皆殺しにしたんだぞ?




 孤児院に帰ってクイーンを納屋に入れると、家の四方と玄関前にまだ効果時間の切れていない『石騎士』を置いて番人代わりにする。


 僕も一緒に帰ってきているし、これでレオンも変なことは考えないだろう。


 子供たちとご飯を食べてお風呂に入って、寝る前の自由時間。


 僕はクイーンにご飯をあげると言って孤児院を出て納屋に向かった。


 ノゾミちゃんがついてきたがったけど、「まだ危ないかもしれないから」と言って僕が良いというまで会うことは禁止にした。




 僕が納屋に入ってきたことに気づいたクイーンは土の上で丸くなっていた体を起こして僕を見上げてくる。


 黙ったままその頬を張った。


 そのまま2回3回と連続で叩く。


 クイーンは驚いた顔をしたあと、頬を赤く腫らしたままなにも言わずに寝転がって腹を見せる。


 そのままその短い尻尾を丸めて震えながらじっとしているので、身に纏っていたボロ布のような服を引き剥がした。


 全裸にされたクイーンはそれでも黙って震えたまま、媚びるように僕を見つめてくる。


 試しに胸を踏んでみたけど、それでも黙って踏まれ続けてる。


 …………。


 服従のポーズを取り続けるクイーンの前に持ってきたパンと焼いた肉の乗った皿と水の入ったコップを置く。


 それを見て今までなにも口にしていなかったクイーンの顔が明るく輝いた。


 嬉しそうにするクイーンに向かって、冷たく言い放つ。


「僕がいいと言うまでこれに手を付けることは許さない」


 それを聞いたクイーンの顔が暗く沈み込む。


「……ワカルデス……王 イウ キクデス」


 それでも素直に従うクイーンを残して、僕は孤児院に帰って、寝た。




 次の日の朝。


 とりあえず夜のうちにレオンの襲撃はなかった。


 『石騎士』は効果時間が切れて崩れ落ちていた。


 ひとまずは諦めたものと考えていいかもしれない。


 朝食を食べ終わったあと、クイーンの分の食事を持って席を立つ。


「せんせえっ!まだリンちゃんに会いに行っちゃダメ?」


「うーん、もう少しだけ様子を見てみないとダメかな?

 もしものことがあると危ないからね」


「はーい……」


 残念そうにしているノゾミちゃんに微笑みかける。


「クイーンにはノゾミちゃんが会いたがってたって伝えとくよ。

 そうだ、今日は村長のところに討伐報告に行くから、みんなでまた村に行こうか」


「ほんとっ!?」


「うん、また食堂でお昼食べて帰ろうね」


「わーい♪」


「またあのパンケーキ食べたいなぁ♪」


 喜んでいるノゾミちゃんとアリスちゃんを見ている僕を、ユーキくんとシャルは何故か心配そうに見ていた。




 子供たちに出かける準備をしてもらっている間に納屋に向かう。


 入ってきた僕に気づいたクイーンが弱々しく身体を起こす。


 ……レオンが来て殺してってくれたてら後腐れなかったのに。


 昨日置いたままだった食事は、水を含めて一切手を付けられることなく傷んでいた。


 それを横目で見てから、僕に媚びるような笑顔を浮かべるクイーンの腫れたままの頬を張った。


 そのまま何度叩いてもクイーンは昨日と同じく一切逆らわずに服従のポーズを取る。


 少しでも逆らう素振りを見せれば殺そうと決めているのにクイーンは全くそんな素振りは見せない。


 我慢強いのか隠すのがうまいのか……。


 弱々しく震えるだけで声もあげないクイーンを見下ろすと、昨日の食事の横に今日持ってきた朝食を置く。


「こっちも僕がいいと言うまで手を付けることは許さない」


「……ワカルデス……タベル……ナイデス」


 クイーンが頷くのを確認すると、僕は納屋から出ていった。




 村長宅に向かうもいつも通り留守だったので、明日報告をしたい旨をジーナさんに伝えた。


 その後、フライスさんの酒場兼食堂で昼食を摂った。


 美味しそうにパンケーキを頬張っていたノゾミちゃんの手が、急に止まった。


「…………リンちゃんお腹へってないかなぁ……」


「……大丈夫だよ、クイーンにはお昼の分もちゃんと置いてきてるから」


「そうなのっ!?良かったぁ」


 ノゾミちゃんは眩しい笑顔を浮かべたまま続けていった。


「今度はリンちゃんも一緒にパンケーキ食べに来ようねっ!!」


 ノゾミちゃんにただ笑顔を返す僕を、ユーキくん達三人は心配そうに……いや、悲しそうに見ていた。




 昼食のあとみんなで村を見て回って、孤児院に帰ってきた。


 そして、みんなと楽しくご飯を食べて、お風呂に入って……自由時間。


 また、クイーンにご飯を届けると言って納屋に向かう。


 結局、クイーンは昨日から丸一日以上飲まず食わずだ。


 いくら許可なく手を付けてはいけないと言いつけたと言っても流石に水には手を付けているに違いない。


 そこまでは仕方ない、生きるためだと思えば許すことは出来る。


 ただ問題は、その後クイーンがどんな態度をするかだ。


 悪びれてすぐに謝ってくればよし、もし、僕の言いつけを守らなかったことに罪悪感を感じていないようなら。


 やはり分かりあえる存在じゃないと判断して殺すしか無い。


 そう決めてから納屋の扉を開ける。


 クイーンはそれに気づかず、僕が近くまで歩いてきてようやく弱々しく顔を上げた。


 そして、媚びるように……いや、明らかに僕の機嫌を取ろうと腫れた顔で笑顔を浮かべようとする。


 食事は……一切手を付けられることなく傷んでいた。


 水に手を付けた様子もない。


「…………お腹へっただろう?食べていいぞ」


 そうは言っても今日の食事はまだ僕が手に持ったまま。


 クイーンの前には傷んで危険な臭いを発しているものだけだ。


「……アリガトデス」


 それでも、クイーンは僕にお礼を言うと少しためらったあとに傷んだ食事に手を伸ばす。


 なんでそこまでする?


 なんでそこまで僕に逆らわないっ!?


 それじゃ殺せないじゃないかっ!!


 そこまで頭に浮かんで愕然とした。


 僕はクイーンを殺したかったのか。


 フランツの敵である魔物を。


 家族の敵である魔物を。


 僕は殺したかったのだ。


 そしてなにより……。


 殺していいのだと思いたかったのだ。


 奴らには話は通じない。


 奴らは人間とはまったく相容れることのない生き物。


 奴らにこちらの気持ちが通じることも、奴らの気持ちがこちらに通じることも決して無い。


 だから、自分に襲いかかってくるものはもちろん、怪我をして戦う力を持たないものでも殺してもいいのだと思いたかったのだ。


 なにをどう説得しようとしたところで話など通じないのだから。


 僕の言うことなんて聞くはずがないのだから。


 それを確認したかっただけ。


「食べるなっ!!」


 思わず叫んでいた。


 クイーンの……リンの顔が一瞬「また食べられない」というように沈み込む。


 たとえ魔物であってもリンの表情はこんなにはっきり分かる。


 なら他のゴブリンたちは?


 ………………分からなかった。


 …………。


 本当に分からなかったのだろうか?


 床に伏してただ僕に殺されるしか無かった彼らの表情が、必死に逃げようとした彼女の表情が。


 分からなかっただろうか。


「……こっちにちゃんとしたのがあるから、そんなの食べるな……」


 リンの前に今持ってきた食事を置く。


 それでも、リンは食事に手を付けずに伺うように僕の顔をみている。


「……ああ、そうか……。

 いいよ、食べていいよ」


 僕の言葉を聞いたリンが嬉しそうな顔でコップを手に取り、水を飲みだす。


 よっぽど喉が渇いていたのだろう、一息で全部飲み干すと、噛みつくような勢いで肉をかじりだす。


「……慌てて喉に引っ掛けないようにね」


 嬉しそうに肉を手で掴んでかじるリンを見ていると涙が出てくる。


 なんで泣いているのか自分でも分からない。


 嬉しそうに食べているリンの姿が嬉しいのか、今までリンにした仕打ちを悔いているのか、それとも……今までただ殺してきた魔物たちに対する恐怖か。


「ごめん……ごめんなさい…………ごめんなさい……」


「王?」


 少し飢えと渇きが癒えて周りのことが目に入る余裕が出来たのか、『なにか』に謝りながら泣き続ける僕にリンが寄ってくる。


「王……ダメ、イウデス」


 そしてそれだけ言うと、僕の涙を舐め取り始めた。


 リンの口はちょっと肉臭かった。












 ――――――



 

更新情報:

バージョンアップに伴い、一部のモンスターが使役可能となりました。

上記更新に伴い、モンスターキャラクターを追加いたしました。


今後も、当ゲームをよろしくお願いいたします。

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