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5話 セーブポイント

 村のそばまで来て、ひとまず屋敷に向かうことにした。


 魔王軍の侵攻が開始され騒然としている村に色々説明しなくちゃいけないけど、とりあえずは子供たちを休ませたい。


「さ、ここまでくればもう少しで休めるからね?

 もうひと踏ん張りだよ」


 疲れがありありと見える子供たちを励ますために満面の笑顔を作って笑いかける。


「はい、若様。ありがとうございます」


 そんな僕になんとか疲労を隠した笑顔でユーキくんがこたえた。


 アリスちゃんもなんとか笑顔を浮かべているし、ノゾミちゃんもユーキくんにしがみついたまま笑顔こそないものの頑張って歩いてくれている。


 この頃はユーキくんとアリスちゃんは5歳、ノゾミちゃんに至っては3歳なんだからみんな偉い子達だ。


 ……『前』の僕はそんな事も分からずにグチャグチャになった頭のまま黙々と歩いていた気がするけど、僕は僕でまだ12歳だったのだから、大目に見てほしい。


 ややもするとフランツの事と魔王軍の侵攻の記憶に引きずられそうになる意識をなんとか押し止める。


 僕にとってはもはや十年以上前の出来事のはずなのに、魔王軍に蹂躙される領地の様子も、その際の怒りや悲しみもつい昨日のことのように思い出すことができる。


 どうやら『知識』とは違って『記憶』や感情は身体の方に引きずられやすいようだ。


 悲劇を繰り返さないためにも気をつけないといけない。




 子供たちを励ましながらたどり着いた屋敷は……見るからに荒れていた。


 玄関の扉は開けっ放しだし、高級品であるガラスが抜き取られた窓枠の奥では引きちぎられたカーテンの残骸がはためいている。


 明らかに暴徒による強奪にあった後だけど、まあ、事情が事情だから仕方ない。


 腹は立つけれど、魔王軍侵攻によるパニックのせいと思って諦めるしかない。


 なお、屋敷を管理していたはずの使用人の安否を気にする必要はない。


 まず最初の暴徒は彼等だったのだから、まあ適当に奪うもの奪って逃げているだろう。


「ま、こんなだけど雨風はしのげるからさ」


 屋敷の有様を見て不安げにしている三人にことさら明るく笑いかける。


 開かれたままの扉から入ってフランツの亡骸を下ろすと、ざっと周りを見回す。


 見渡せる限り、重たい全身鎧の置物や大きすぎるツボなんかの持ち運びが難しいもの以外はほとんどすべてのものが無くなっていた。


 屋敷の管理のために残っていた少数の使用人だけでは持ち出せない分の金目のものがどこに行ったのかは……まあ、『前』と同じく気づかないことにする。


 『前』はこのことを割り切れるまで一週間くらい屋敷にこもっていたっけなぁ。


 あのときは立ち直れるまでユーキくんたちの事は放置状態だった。


 今度はしっかりしないと。


「さ、汚いところだけど、入って入って」


 玄関の外でどうしていいか戸惑っている三人に手招きをする。


「で、でも、若様……ボクたちは平民で……」


 使用人以外の平民が貴族の屋敷に立ち入るのには死を覚悟する必要がある。


 実際はそんなことはないし、屋敷が荒らされたことから分かるように大人はそんなに深く気にしていない。


 だけど、子供は親からみっちりと物理的に『叩き』こまれてる。


 ふざけた子供が屋敷内でなにかやらかせば親の責任も問われるのだから、まあ仕方ないことと言える。


「いいからいいから。

 もう僕たちは家族みたいなものなんだから、遠慮せずに入っておいで」


 再度笑顔で手招きすると、ユーキくんがおずおずと言った感じにだけど中に入ってきてくれる。


 それに引っ張られるように続いてアリスちゃんもノゾミちゃんも入ってくる。


「うわぁ……」


 誰の声だっただろう?屋敷内を珍しそうに見回していた三人のうちの誰かが感嘆の声を上げた。


 荒らされ放題ではあるけど、取り外し方の分からなかったのであろうシャンデリアなんかは残ったままだし、全身鎧や大きなツボなんかの派手なものも残っているので驚いているのだろう。


「さて、疲れたろうし、とりあえず部屋で一休みしようか?」


 三人に手招きをしてついてくるのを確認してから奥にある部屋に向かう。


 途中にも部屋はいくつかあるんだけど、ベッドマットを含めた家具が無くなっているのは『前』確認済みだ。


 途中の部屋は無視して、一番奥、ただ一つ開かれていない扉の前に立つ。


 扉には斧のようなもので殴りつけたあとが無数についていた。


 この部屋、当主の部屋だけは防御魔法で閉め切られていたので開けることが出来なかったのだろう。


 開けるすべを持っていた使用人たちは、この部屋に手を付けたら洒落にならないことが分かっているのでそのままにしていたのだろう。


 賢明なことだ。


 もしこの部屋のものに手を付けていたら最悪反逆者として国に追われることになる。


 懐から一族の者だけが持たされている『魔法鍵』を取り出し、鍵穴に差し込む。


 すると鍵を回してもいないのにカチリと小気味いい音がして鍵が開いた。


 扉を開けて中に入ると、この部屋だけはベッドも机も家具も調度品も昔のままだった。


「ほら、みんなも遠慮しないで。

 とりあえず、一眠りしよう」


「は、はい……ありがとうございます」


 大げさなほど何度もペコペコと頭を下げてから三人が部屋に入ってくる。


 そして、部屋のスミに腰を下ろすと三人固まるようにして寝転がった。


「…………なにしてんの?」


「え?……あっ!すみませんっ!!廊下に行きますっ!!すみませんっ!!」


「すみませんっ!!こんな立派な絨毯を汚してしまって!すっ、すみませんっ!!」


「…………うあぁあぁ……」


 突然の奇行にあっけにとられた僕を見て、怒っていると勘違いしたのか三人が恐慌状態に陥ってしまった。


 ユーキくんとアリスちゃんは必死の形相で頭を下げ続けているし、ノゾミちゃんに至ってはもう泣いてしまっている。


 ……あれぇ?こんな感じだったっけ?この子達。


『前』はもっと慣れた感じで……と思ったところで、今の時期の彼等についての記憶が酷く薄いことに気づいた。


 必死で思い出してみるけど、これまでのことが受け止めきれていなかった『前』の僕は三人を放置して一人この部屋にこもると、ひたすらベッドで泣き続けていた。


 その時彼等がどうしていたのかは全く分からない。


 今日の様子から考えるに、初めてきた見知らぬ場所に子供たちだけで放置されて、玄関先でどうしていいか分からずにうろたえ続けていたんじゃないだろうか?


 …………『前』の僕はなにやってたんだろうなぁ……。


 成人までまだ3年あるとはいえ、彼等より倍以上年長のものとして恥ずかしすぎる。


「いやいや、大丈夫、怒ってないから。

 そうじゃなくって、せっかくベッドあるんだからベッドで寝よ?」


「……え?そ、そんな、失礼なこと出来ませんっ!」


 慌てて遠慮しようとするユーキくんの横でアリスちゃんもブンブンと大きく首を振っている。


 ノゾミちゃんはまだ泣きっぱなしだ。


「いいからいいから、遠慮しないで。

 あ、いや、これは僕からの命令です、ベッドで寝なさい」


 このままだと押し問答になりそうだったので、今日のところは無理やり寝かせることにしよう。


「で、でも、こんなに汚いまま、あんな高そうなベッドに……」


 ああ、それはたしかに。


 領地からほとんど飲まず食わずで逃げてきたくらいだからみんな汗や土埃でグチャグチャだし、僕なんかはフランツの血で全身血まみれだ。


 多少は落ち着いているつもりだったけど、僕も疲れてるな。


 これはやっぱり、とりあえず一眠りだ。


「ほい、《清潔》」


 僕たち四人全員に汚れを浄化する神聖魔法をかける。


 本当はきちんと水浴びをしたいところだけど、今日のところはそんな体力は残ってない。


「え?え?」


「汚れが……?」


「……ふぇ?」


 突然汚れが消えた体を見回しながら驚いている子供たち。


 泣いていたノゾミちゃんですら泣き止むほど驚いている。


「ほら、これでキレイになったでしょ?

 あ、汚れが落とせるのは体だけだから服は脱いでね」


 この魔法は便利なんだけど、肉体にしか効果がないから着ているものや装備の汚れは取れないんだよなぁ。


 さらに言えば「体を洗った」というさっぱり感も感じない。


 僕を含め使える人は便利に使っているけど、本来の用途は葬儀の際に遺体を清めるためのものだから仕方ない。


 まだ戸惑っている三人をおいて服を脱いで裸になるとベッドの中に潜り込む。


 あ、やばい、柔らかい布団に包まれたら一気に眠気が来た。


「ほら、みんなも早く。命令です」


 まだまごついている三人に落ちかけるまぶたを必死に開いて、手招きをする。

 

 子供四人どころか大人四人でも余裕のある大きさのベッドなので、遠慮することはない。


 それでも躊躇していた三人だけど僕に諦める様子がないことに気づくと、まずユーキくんが服を脱いでベッドに入ってきた。


 それに続いて、ノゾミちゃんが、ちょっと遅れてアリスちゃんがベッドの中に入ってくる。


「それじゃ、とりあえずおやすみ」


 それだけを言い残して、僕の意識は闇に落ちた。

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