16話 クイーン
仰向けで寝転がったままのクイーンに向き直る。
僕たちの騒ぎに呆気にとられているのか、命乞いも忘れて戸惑った顔をしている。
「おい、僕の言葉が分かるか?」
「……ハ、ハイ……ワカル……デス」
……驚いた、本当に意思疎通できる。
それっぽい言葉で『鳴いて』いるだけじゃないのかと最後まで疑っていたけど、こちらの言葉も通じるし向こうも意思を伝えることが出来るようだ。
意思疎通も出来ずに殺すしかないということもあり得たので、ひとまず良かった。
「簡潔に言う、人間に危害を加えないと誓うなら助けてやる」
「チカウデスっ!チカウっ!チカウデスっ!タスケテっ!!」
一切悩むことなく必死な顔で繰り返すクイーン。
こうもあっさりうなずかれるとかえって疑わしい……。
「どれだけ殴られても一切手を出すのは許さない、いいな?」
「ハイっ!チカウデスっ!!」
「…………殺されそうになってもだ。
その時には大人しく殺されろ、分かったか?」
「……ワカルデス……チカウデス」
今度は流石に少し間があったけど、それでも神妙な顔で頷く。
「少しでも人間に敵意を向けたことに気づいたら、その瞬間殺す。
いいな?」
「ハイデス、チカウデス」
…………少しだけここで逆らってくれたほうが後腐れないという気持ちがなくはなかったけど、ここまで素直に従われたら仕方ない。
「ああ、あと、逃げ出そうとしても殺す」
「ハイ、ニゲル ナイデス」
「…………そうだ、僕の言うことには全て従え。
死ねと言ったら死ね」
「…………ワカルデス。ワカルデス」
むぅ……。
「よし、それじゃ、お前の守んなきゃいけないことを言ってみろ」
「ニンゲン キガイクワエル ナイ。ナグル コロス サレル サカラウ ナイ。ニンゲン テキ ナイ。ニゲル ナイ。王 シタガウ」
「王?それは僕のこと?」
「王 ゼッタイ。王 サカラウ ナイ。アナタ アタシノ王」
まあ、逆らわないなら呼び名はどうでもいい。
「それじゃ、最初の命令だ。
これから痛いことをするけど大人しくしてろ」
「……ハイ」
言葉通り大人しく仰向けになったクイーンの胸の間辺りに手を当てる。
「行くぞ?
《位置探知》」
クイーンにひと声かけたあと、手を当てたところに魔法を刻み込む。
「ギャっ!!」
相当な痛みが伴うはずで、実際クイーンは短く大きな声をあげて跳ねるように大きく体を震わせる。
しかし、動いたのはそれだけでその後は手を握りしめて痛みを堪えるようにしながらじっと仰向けになっている。
「せんせえっ!?」
ノゾミちゃんから非難の声が上がるけど、色んな意味で必要なことなんだよ。
「大丈夫、いる位置がわかるようなる魔法をかけただけだから。
ちょっと痛いだけで身体に害はないよ」
実際には胸を焼かれるような痛みが走ったはずだし、今もまだ鈍く痛みが続いているはずだけど、クイーンはこちらを睨むこともなく、むしろ媚びたようにすら見える目を向けて大人しくしている。
……むぅ。
少なくとも痛いことをされても逆らわないというのは本気のようだ。
「さっき言った通り、これでどこにいてもお前の位置がわかるようになった。
もし逃げてもすぐに殺しに行くからな?」
「……ハ、ハイデス。ワカル……デス」
痛みを堪えて震えた声で答えるその姿は健気にすら見えて……いやいや、ほだされることなく厳しくいかないと。
ペットどころか野生動物ですらない、殺し合いをしている種族を相手にしているんだ。
ほんの少しでも裏切る気配を見逃してはいけない。
もし僕がその兆候を見逃しでもしたら、犠牲になるのは子供たちだ。
萎えそうになる心を奮い起こして気を引き締め直す。
しかし、こいつは『前』はどうしていたんだろう?
洞窟内にいくつも積み重なっていた死体の中の一つがこいつだったのだろうか?
その答えは『前』のレオンと取り巻きだけが知っている。
さて、では、残りの探索を済ませて早いところここから出よう。
見回す限りあとはこの部屋から伸びる横穴の先だけど……。
「おい、あの穴の先はなにがある」
「…………オンナ、コドモ イルデス」
…………非戦闘員か……。
「おい、この巣の中の他に仲間はいるか」
「ヤマ コエル チガウ 王イルデス」
ああ、こいつらが巣分けする前の大きな巣だな。
「お前たちの巣の仲間で外に出ているやつは?」
「ナイデス」
ふむ。
子供たちを広間の奥の隅に行かせてから横穴に入っていく。
あそこならもしクイーンが嘘をついていて、別働隊が戻ってきても十分間に合う。
おそらくクイーンは嘘をついていないし、ほぼない可能性に備えるよりこれからのことを見せたくなかった。
クイーンだけを連れて奥に進むと、すぐに広間があってそこに5体の成体と1体の幼体のゴブリンがいた。
「ギャッギャッ……ギャッギャッ……」
…………その全てがクイーンのように腹を見せて寝転がり、なにかを訴えるように小さな鳴き声を上げている。
……………………いや、自分をごまかすのはやめよう。
言葉が通じなくてもこんなの見れば分かる。
彼女たちは必死で命乞いをしていた。
隠れて玉座の間でのクイーンの様子を見てでもいたのだろうか?
助かったクイーンと同じことをすることで、一縷の望みにすがろうとしている。
そんな彼女たちに僕は剣を…………。
…………。
……………………。
言葉も通じないから『魔物』としてなにも感じずに殺すことが出来た。
……いや、言葉が通じない、なにを考えているかわからない、だから仕方ない、そう信じ込むことで気持ちを抑え込むことが出来た。
でも、ここまで明確に命乞いをされてしまっては、もうダメだ。
クイーンを助けてしまった以上、ゴブリンはすべて殺すべきだという『常識』にもすがれない。
「…………おい、お前はこいつらと話が出来るのか?」
人間と話せるかわりに同族とは話せなくなったりしているのだろうか?
「ハナス デキルデス」
「…………こいつらになにがあっても人間に害をなさないと誓うなら助けてやる、といえ」
僕の言葉を聞いたクイーンの顔が明るくなる。
…………頼むからそういう人間臭い事しないでくれよ……。
クイーンは命乞いを続けるゴブリンのところに駆け寄ると、「ギャッギャッ」と何事か会話を続けている。
「あ、余計なことは言うなよ。
あと、さっきお前にした痛いことをすることも助ける条件だといえ」
僕の言葉にうなずいたクイーンはさらにゴブリンたちと話を続ける。
少しの間ギャッギャギャッギャ騒がしくなったあと、クイーンが戻ってくる。
「ミンナ チカウ イウデス」
「そうか」
少し恐る恐るという感じで言うクイーンを睨みつけるように見つめる。
「嘘をついていると思うのは」
「…………イチバン オクデス」
クイーンは一瞬ビクリと体を震わせ、黙ったあと、それでもしっかりと答えた。
「分かった、そいつは殺す。
お前はこいつらにそれを伝えろ」
少し戸惑ったあとクイーンが「ギャッギャッ」と僕の言葉を伝えると、件の一番奥にいたゴブリンが勢いよく立ち上がってこちらに全力で走り寄ってくる。
僕になにかしようと言うより単に逃げようとしているだけだと思うけど……。
伝えた通り、必死で向かってくる彼女の首を薙ぎ払った。
彼女の遺体を焼き払い、残ったゴブリンたちに《位置探知》を刻むと、子供たちと合流して、ゴブリン達に巣にあった物資を回収させ洞窟を抜け出した。
念のためすぐに対応できるようにゴブリンたちを前にして進ませたけど、みんな大人しく一切逆らうことなく歩いていた。
洞窟から出たところでクイーン以外のゴブリンは、そのまま解き放つ。
クイーン以外は子供を含めて全てただの雑魚ゴブリンだったので、最悪の場合でも大した脅威にはならないだろうという判断だ。
《位置探知》の魔法は定期的にかけ直さないと効果が切れてしまうので、そのうち彼女たちの行方は分からなくなってしまう。
いつか人間を襲ったゴブリンとして身体に刻印のある個体が討伐されたら……。
あるいは彼女たちから産まれた個体が人間を傷つけたら……。
僕はどう責任を取ればいいのだろう……。
彼女たちの姿が見えなくなったあとも、今からでも追いかけて殺すべきじゃないかという思いが消せなかった……。




