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12話 やるか

 美味しいご飯でお腹を満たしたあと。


 僕は重い足取りで村長宅に向かっている。


 ユーキくんとシャルさんが心配そうに見てくれているけど、大丈夫、みんなのためだし頑張れる。


 村長宅について、一度深呼吸。


「おじゃまします、村長さんはご在宅ですか?」


 村長さんはいないだろうとは思うけど、念のためそちらを訪ねてきたことにしておく。


 幸い予想通り村長さんはいないみたいだけど、ジーナさんもいない……。


 また誰か連れ込んでるのかな?


 子供たちの教育に悪いので、一度出直そうかと思ったら奥の部屋のドアが空いて、ネグリジェ姿のジーナさんが出てきた。


「あら、聞き覚えのある声だと思ったらやっぱりハルトじゃない。

 うちの人ならいないわよ」


 出てきちゃったんなら仕方ない……。


「いえ、実のところジーナさんにお話があったんです」


「そうなの?ごめんね、今別の子が来てるから」


「そういう話じゃなくってっ!!」


 僕の後ろに子どもたちが並んでるのが目に入ってないんだろうか?


 まあ、ジーナさんにそういう察しとか気遣いとかを期待するだけ無駄だな。


「えっと……ご来客中なら出直しますが……」


「あー、いいわよいいわよ。

 ほら、例の子甘やかしていただけだから」


 ………………ああ、この間半裸で逃げてった下っ端取り巻きか。


 ちょっと誰だか思い出せなかったうちに、ジーナさんは広間の長椅子に座ってワインを飲み始めてた。


「えーっと、それじゃ手短に。

 まず、改めまして、前にも一度ご挨拶させていただきましたが、この子達が僕が預かっている子供たちです。

 これからは村の方にも顔を出すと思いますので、その際にはよろしくお願いいたします。

 みんな、こちらは村長の奥様のジーナさん」


 口々に挨拶をしている子供たちをつまんなさそうな顔をしてみているジーナさん。


 ただ、ユーキくんにだけはちょっとだけ値踏みするような視線を送っていた。


「へぇ、なかなか可愛い子いるじゃない」


「…………さすがに手を出したら怒りますよ」


「あははははっ!生意気言うじゃないっ!!

 まあ、大丈夫よ、流石にまだ手は出さないから」


 『まだ』なのが心配なんだよなぁ……。


「そんなに心配ならあんたがその子の分まで私を満足させなさいな」


 ……いや……それは……でも、ユーキくんのためとなれば……でもなぁ……。


 悩みだした僕をジーナさんは楽しそうにニヤニヤ見ている。


 やっぱりこの人苦手だ。


 僕をからかって満足したのか、もう一度みんなの顔を見渡していたジーナさんがシャルさんを見るとそのままなにか考え込むように見続けている。


「……どうかしましたか?」


「いえ……その子なんて名前だったかしら……?」


「シャルロッテです、奥様」


 答えるシャルさんの顔を穴が空くように見つけるジーナさん。


「……なんか聞き覚えがあった気がしたけど、忘れたわ。

 で、話はおしまい?」


 なんだったんだろう?


 ミハイルさんの件というわけではなさそうだけど。


 ジーナさんだし、何でもないっていうのが一番ありそうだけど……。


 まあ、もうジーナさんの興味は移っちゃってるみたいだから、こっちも話を移そう。


「いえ、それと、今後の食材の購入についてご相談させていただければと思いまして」


 具体的には『前』紹介してもらった農家さんを紹介してほしい。


 そう考えていたのでジーナさんの言葉がすぐに飲み込めなかった。


「ああ、そういう話。

 わかったわ、そんじゃ、次からもうちに買いに来なさいな」


「は?」


「なによ、変な顔しちゃって」


 呆気にとられた僕の顔を見てケラケラ笑い出すジーナさん。


「い、いえ、そこまでしていただかなくてもどなたか農家の方を紹介していただければ十分ですので……」


「…………はぁ?私の好意が受けられないってていうの?」


 僕の言葉を聞いた途端に一気に機嫌が悪くなるジーナさん。


 やば、最近ジーナさんの機嫌が良かったから気が緩んでた。


 ワインボトルを掴んだジーナさんの手がひるがえる前に口を開く。


「いえっ!そんなことはっ!

 …………ただ、そこまでジーナさんに甘えるのは申し訳ないと思いまして……」


「…………私がいいって言ってるんだから、素直に甘えときなさい」


「は、はい……すみませんでした……」


 セ、セーフ……。


「そこら辺のことはイェルカに話し通しておくから、次からはそっちと話ししてね」


「……あの……イェルカさんというのは……」


「ああ、そう言えばちゃんと顔合わせたことなかったわね。

 娘よ、私と一緒に村の農作物の管理やってる事になってるけど、実質的には全部あの子がやってるわ」


 あー、あの娘さんか。


 村長さんの娘さん――イェルカさんにはいい思い出が何もない。


 その代わりに悪い思い出も何もない。


 村長一家の中では唯一ほとんど接点らしい接点のなかった人だ。


 色々噂話は聞いていたからいい印象は持ってなかったけど……まあ、村長さんやレオンと話をしろと言われるよりはよっぽどいい。


「分かりました。

 今度ご紹介いただいてもいいですか?」


「タイミングがあったらね」


 いや、それでどうイェルカさんと話をしろと……?


 最悪直接挨拶するしかないか……。


 ま、これでひとまずやるべきことは全部終わった。


 さて、さっさと帰るか。


 そう思って、挨拶をしようと口を開きかけたところでジーナさんの声がかぶさった。


「あ、シャルロッテっ!」


 うわっ、びっくりした。


「え?ど、どうかしましたか?」


 いきなり名前を呼ばれたシャルさんも目を見開いて驚いている。


 ジーナさんはそんな僕らにかまうことなく、振り返って自分の部屋の様子を一度伺うと、足音を立てないようにこちらへ近寄ってくる。


 な、何事だこれ?


「え、えっと……ジー……」


「しっ」


 何事ですか?と聞こうとした僕をジーナさんが低い声で止める。


 そして、足音を殺したまま僕を越えていったジーナさんはシャルさんの前に行くと、囁くようにシャルさんに話しかけた。


「ねぇ、うちの子があんたのこと狙ってるみたいだから気をつけなさいよ」


 は?


 レオンがシャルさんを狙っている。


 その事自体はすでに知っている。


 ただ、ジーナさんの物言いは、もっと切羽詰まったもののような感じがした。


「え、えーと……それは……?」


「だから静かにって……いえ、いいわ、とりあえず外に出ましょう」


 深刻そうな顔をしながらも、どこか楽しんでいるように見えるジーナさんを追って外に出る。


「ま、ここなら聞こえないでしょ」


「えっと……すみません、話が見えないのですが……」


「待ちなさいって、説明するから。

 あのね、さっき言ってた今私に甘えに来てる子、うちの子の取り巻きなんだけどね」


 うん、それは知ってる。


「その子と遊んでるときになんかの拍子に言ってたのよ。

 「明日、シャルロッテをさらう予定だ」って」


 は?


「え?それは本当ですか?」


「ええ、間違いなくうちの子と取り巻きたちがシャルロッテって子をさらうって言ってたわよ。

 そんなことしなくても私がしてあげるからやめなさいよって流れでヤり始めたんだし」


 そこら辺はどうでもいいけど、少なくとも取り巻きがそう言っていたのは間違いないみたいだ


 取り巻き自身がどれだけ本当のことを言っているのか分からないけど、レオンならやりかねないと思う。

 

 明日、ということはおそらく僕が洞窟に行っている間に……ということなのだろう。


 その点も信憑性をあげてくる……。


 …………………………殺るか?


 思わずそんな考えが頭に浮かんだ。

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