7話 冒険者
「それで、今日はどうしたの?」
そうだ、レオンなんかに同情している場合じゃない。
「少々村長さんにお話があったんですが、ご在宅ではないのですか?」
言いながら気づいたけど、あの子を連れ込むくらいだから村長さんは留守か。
「ああ、うちの人なら出てるわよ。
そのうち帰ってくると思うから待ってなさいな」
「いえ、僕も用事があるので失礼します」
同じ理由でレオンも留守だと予想できたので一刻も早く逃げようと席を立つ。
「なに?それは私よりも優先しなきゃいけない用事?」
……逃げられなかった。
もうすでに激怒半歩手前の声色をしているジーナさんを落ち着けるために、望んでいる返事をする。
「……いいえ、そんなことないです」
「そうよね。
ちょうどあの子が役立たなくて欲求不満だったのよ。
ハルト、相手してよ」
「…………はい」
吐きそ。
色々後処理まで終わっても村長さんは帰ってこなかった。
出来れば帰りたかったけど「いい加減帰ってくる」というジーナさんの言葉を信じてもう少しだけ待つことにした。
ここまでして今日のところは手ぶらで帰るとか悲しくなる。
それでも、昨日までだったら気持ち悪くてここにいられなかっただろうけど、不思議なことに今日は終わってみればそこまでじゃなかった。
昨日あれだけ怖かったでっかな肉袋もシャルさんと同じものだと思うと、ほんの少し……本当にほんの少しだけ触ってて楽しかった。
今も並んで長椅子に座るジーナさんが肉袋を押し付けてきているけど、無視する程度には我慢できる。
『前』あれだけ長い間身体を交えても起こらなかった変化が一日で起きて、自分でもなにが起きているのか分からないくらい驚いている。
「それにしても遅いですね、村長さん」
「そうねぇ……なんなら待ってる間にもう一回しておく?」
流石に勘弁してくれ。
「い、いえ、流石にもうマズイですから……」
「うちの人のことなら気にしなくて大丈夫よぉ」
笑いながらそういうジーナさんだけど、ジーナさん本人は良くても間違いなく僕と村長さんには亀裂が入る。
まあ、もうどうでもいいくらい亀裂は入っているけど、わざわざ広げることはない。
「ま、今日は頑張ってくれたし見逃してあげましょ。
それにしても、本当に遅いわねぇ?
酒場に用事って言ってたし、終わったあとレオンと一緒に遊んでんのかしら」
妙に機嫌の良いジーナさんが、聞き捨てならない事を言った。
「え?ジーナさん、村長さん達がどこにいるか知ってたんですかっ!?」
「え?そりゃそうよ。
だから、すぐに帰ってくるって言ったんじゃない」
「すぐに」じゃなくて「そのうち」だった気がするけど、それはともかく確かにそうだ。
そういうのは出かけている人の行き先や目的を知っている人の言葉だ。
……ジーナさん馬鹿っぽいからなんとなくなにも知らないと思っちゃってた……。
「えっと、村長さんたちは酒場になにしに行ったんですか?」
「たしか立ち寄っている冒険者にゴブリン退治を依頼するとか言ってたわね」
……な、なるほど、それが村長の目論見だったのか。
どおりで僕に依頼してこないわけだ。
「あの……僕帰りますね……」
「あら?うちの人待たなくていいの?」
「はい、もういいです……」
完全に無駄足だ……待ち損ヤられ損だ……。
あまりにもな結末に流石にちょっとへこんだ。
「よく分からないけど、まあ、元気を出して。
元気にしてあげようか?」
「……ありがとうございます。
でもご遠慮させていただきます」
断る僕を無視してジーナさんは僕の頭を抱いてその豊満な肉袋を顔に押し付けてくる。
一瞬、抵抗感と吐き気が襲ってくるのを予想して身構えるけど……。
………………あれ、ちょっと元気出たぞ?
僕はおっぱいならなんでもいいんだろうか?
元気になった以上に自己嫌悪に陥った。
「あの……ありがとうございました」
色々あって差し引きマイナスだけど励ましてくれようとしたのは事実。
お礼を言ってから長椅子から立ち上がる。
「ま、気が向いたらまた来なさい。
ああ、私が呼んだら来るように」
「はい、分かりました。
それでは失礼します」
ジーナさんに頭を下げて帰ろうとしたところで、荒々しくドアが開いた。
「まったく話にならんっ!!ジーナっ!酒をもって来てくれっ!!」
入ってくるなり怒鳴り声を上げる村長さん。
これは……。
村長さんの様子から状況の予想を立てて、どう話を持っていくか考える。
「ん?お前は……」
村長さんが僕に気づいたところで、方針を決定した。
「お邪魔しています、村長さん」
出来るだけにこやかにお辞儀をする。
「一体何しに来たんだ?貴様」
訝しげな顔で僕を見る村長さんに少し沈んだ顔を作って答える。
「いえ……出来れば子供たちが成人するまでの10年間だけでも孤児院を使わせてもらえないか、村長さんにお願いしようと思ってきたのですが……」
「そんなこと許すはずがなかろうがっ!!
さっさと私の屋敷から出ていけっ!」
僕の言葉を聞いて一瞬で沸騰する村長さん。
ここらへんは夫婦そっくりだな。
しかし、私の屋敷ってなんだ、私のって。
「……そうですよね……。
いえ、ダメで元々のお願いでした、申し訳ありません」
深く頭を下げたあともう一度だけ念押しをしておく。
「10年間だけで構いませんので、もし気が変わりましたらお願い致します。
それでは、失礼いたします」
最後にもう一度お辞儀をしてから、村長宅をあとにした。
疲れた……もう、今日は本当に疲れた……。
早く子供たちの顔を見て癒やされたい……。
フラフラになりながら孤児院に帰ると、庭でアリスちゃんとノゾミちゃんが遊んでいた。
「あ、せんせえーっ♪」
僕の姿が目に入ったノゾミちゃんが、駆け寄ってくる。
それをすくい上げるように持ち上げると、そのままクルクルと回る。
「きゃああああぁぁーーーっ♪」
楽しそうな悲鳴を上げるノゾミちゃんの笑顔…………ああ、このために僕は今日生きてきた。
「先生、おかえりなさい」
アリスちゃんが出迎えに来てくれたので、ノゾミちゃんを降ろす。
「ただいま、アリスちゃん」
アリスちゃんが少し悩んだあと、恥ずかしそうに腕を伸ばしたので抱えあげて今度は高い高いをする。
「わああぁっ♪わっ♪わああっ♪」
とたんに恥ずかしそうな顔をしていたアリスちゃんが満面の笑顔になる。
ああ、これで明日からも頑張れる……。
二人と少し触れ合っただけで一気に癒された。
「ただいまー」
「せんせえ帰ってきたよーっ!」
大声で中に報告するノゾミちゃんの声を聞いて、ユーキくんがお風呂から、シャルさんが厨房からやってくる。
「お、おかえりなさい……せ、先生……」
「おかえりなさいませ、先生」
笑顔で出迎えてくれた二人を見て、また癒やされた。
やっぱり子供たちはいい。
「…………せ、先生……?」
「…………んん?」
ん?ついさっきまで笑顔だったユーキくんとシャルさんが、怪訝な表情をしている。
「…………」
「…………」
しまいには二人揃って僕のニオイをかぎ始めた。
「あ、汗臭い?」
村長宅から歩いてきただけだから、それほど汗かいていないと思うんだけど……。
「…………そうですね、臭いです」
「すぐにお風呂に入りましょう」
「え?これからすぐに?」
「あー、ノゾミも一緒に入るーっ!」
「ノゾミちゃんはまたあとでね」
「とりあえず臭い先生だけ洗ってきちゃうから、ノゾミはまた後でみんなで入ろうね」
「えー?」
え?なに?僕また後でお風呂入るの?
ノゾミちゃんと同じく、納得しきれない表情をしたまま僕はお風呂に連れ込まれた。
…………すごいしっかり洗われた。
そんな所は良いっていうのも一切聞いてもらえずに隅々まで洗われた。
自分でやるって言っても聞く耳持ってもらえなかった……。
いつものじゃれ合いみたいな洗い方ではなく、すごい機械的にしっかり洗われてお風呂から出て、晩ごはんを食べて、今度はみんなでお風呂に入って。
今は寝るまでのフリータイム。
いつもならみんな広間やそれぞれの部屋で思い思いのことをやっているんだけど、今日はみんな僕の部屋に集まってた。
そして、特になにをするでもなくみんなで談笑している。
ただし、ベッドの上で座る僕の膝の上にノゾミちゃんがのって、右腕はユーキくんが、左腕はアリスちゃんが抱え込んで、背中からシャルさんが抱きついているという実に暑苦しい体勢でだ。
「…………あの、これはいったい……?」
「匂い付けです」
…………なるほど。
次からはもっとしっかりと身体を拭いてこようと思った。




