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4話 2週目

 このまま続編に進むとすれば、ユーキくんは自分の握る『魂喰らい』から得体のしれない不穏なものを感じ取り、魔王討伐の祝勝会後、一人ひっそりと姿を消すはずだ。


 ちなみに、ユーキくんの装備する魔剣『魂喰らい』と魔鎧『肉喰らい』はいわゆる呪いの装備扱いなので外すことが出来ない。


 普段着や水浴び等の際のために存在を目に見えず触れられないレベルまで希薄にすることは出来るけど、決して外すことは出来ない。


 考えようによっては瞬時に完全装備状態になることが出来るとも言えるけど、外せないせいでユーキくんの精神は徐々に削られていき……やがて力尽きることになる。


 この事を知っているのは本人以外にはおそらく僕一人。

 

 なにか僕に出来ることはないだろうか?


 そんなことを考えていたとき、突然視界が暗転した。




 そして、再び意識を取り戻したとき、僕の前には懐かしく、忘れることは出来ない老人が血まみれで横たわっていた。


 魔王軍の侵攻に飲み込まれる領地から、命からがら僕を連れて落ち延びてくれた忠実な老執事。


 僕の剣と魔法の師であり、実の親よりも親のように慕っていた老騎士。


 それが、今僕の腕の中で死にゆく血まみれの老人、フランツだった。


「坊ちゃま……もうここまでくれば安心でございます……」


「フランツ……大丈夫だ、今治すから」


 傷だらけのフランツにありったけの治癒魔法を励起するけど、すべてすり抜けるように霧散してしまう。


 もはや治癒魔法を受け入れるだけの生命力すら残っていない……。


「坊ちゃま……この先に当家の屋敷があるはずでございます。

 ひとまずはそこでお休みなさいませ」


 実際、もうフランツの目には僕がなにをしているのかすら映っていないようだ。


 虚ろな目のまま紡ぎ出される言葉は、ほとんどうわ言と言っていいほど力がない。


「そして、願わくば復讐などお考えにならずに穏やかにお過ごしくださいませ」


「そんなこと……出来るはずないじゃないか……」


 忘れていた……いや、心の奥底に押し込めていたはずの怒りや憎しみが吹き出してくるのが分かる。


 跡取りである兄の予備としてではあったが間違いなく大事に育ててくれた両親。


 そんな両親を困ったように見ながら両親の分もとでもいうかのように愛してくれた兄。


 甘やかされ気味な僕に手を焼きながらも暖かく見守ってくれていた使用人たち。


 善政を敷いていた一族に忠実に仕えてくれていた領民たち。


 そして、僕にとって本当の親だと思っていたフランツ。


 彼等を奪った魔王軍を許すことなど出来ない。


 今すぐにでも我が家に伝わる宝剣を手に魔王軍を……。


 そんな思いもフランツの口から出たかすれた声で霧散してしまう。


「私は坊ちゃまの笑顔が大好きでございました。

 どうか、どうか、復讐など忘れて穏やかに過ごしてくださいませ」


 うわ言にしか聞こえないかすれた声。


「そうですな、孤児院など営んではいかがでしょう?

 どうか、復讐になどとらわれずに穏やかに過ごしてくださいませ」


 もう目も見えず耳も聞こえていないだろうに哀願するように……いや、祈るように繰り返される言葉。


「どうか……穏やかに……」


 死の間際まで繰り返された祈りを無視することは出来なかった。




 さて、とりあえず落ち着こう。


 意識を取り戻していきなり人生最大のトラウマな場面だったので、頭が全く働いていなかった。


 とりあえず大きく深呼吸して意識を切り替える。


 未だにはっきりと脳裏に浮かび続けている『家族』の記憶もそうだけど、記憶というものは身体に引きずられるものみたいだ。


 腕の中で冷たくなっていくフランツに復讐心が呼び起こされそうになるけど、フランツの祈りと『今後』のこともあるので感情に身を任せる訳にはいかない。


 落ち着こう。


 とりあえず深呼吸だ。


 深呼吸をすると、血の……フランツの血の匂いを感じて色々考え出してしまうのでやっぱりやめよう。


 まずは状況整理だ。


 ひとまず、今の状況から考える限り、ここは『ゲームクリア』から10年以上前、僕が領地から落ち延びた直後のようだ。


 ここにいるのは僕とフランツ、そして、僕たちがなんとか連れて逃げることの出来た領民の子供たち。


 後の勇者ユーキくんとその妹のノゾミちゃんは名前の通り東方の血を引く子達で二人共黒髪黒目の整った顔立ちをしている。


 もう一人の子供、アリスちゃんはきれいな金髪と緑色の目をしたこちらも整った顔をした女の子だ。


 ……『知識』が湧いてくるまでは特になにも思わなかったけど、今となると思う。


 さすが『ゲーム』の世界、主要キャラは美少年美少女だらけだ。


 かく言う僕自身、自分で言うのもなんだけど気弱そうではあるけどそれなりに整った容姿をしている。


 話がズレたけど、僕たち一行は亡骸となってしまったフランツを入れてもこの5人だけ。


 その他の僕の家族を含めて数千人いた領民たちは、結局ほとんど助からなかったはずだ。


 少なくともその後の人生で僕は誰ひとりとして元領民に出会うことはなかった。


 どこかで生き延びていてくれることを祈ることしか出来ない。


 一度、僕を守るために負った無数の傷で血まみれのフランツを強く抱きしめてから立ち上がる。


「それじゃ、行こうか。

 もう少し歩けば食べ物もあるしベッドで休めるよ」


 口に出してからここ数日まともに食事をしていなくて空腹だったことを思い出した。


「さ、こっちだよ」


 子どもたちに笑いかけて屋敷に……後の孤児院に向けて歩き出そうとして、少しだけ迷ってからフランツの亡骸を抱え上げた。


 『前』は屋敷がどこにあるのか分からなくてどれだけ歩くのか見当がつかなかったから置いていくしかなかったけど、今回は歩いて1時間もかからないところに屋敷と村があるのは分かっている。


 子供たちの手を引いてあげられなくなってしまうけど、『前』は迎えに戻るまでに野犬のせいで酷い有様になっていたので許してほしい。


 手を引いてあげられないかわりに、極力明るい顔で楽しい話をしながら子供たちと村に向かった。

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