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5話 暴挙

 眠りから覚めると、顔が柔らかく暖かでいい匂いのものに押し付けられて埋もれてる。


 寝ぼけた頭でも正体は分かっているし、まずい状態なのも分かっているけど離れる気にはなれない。


 むしろちょっとだけ顔を押し付けて、さらに柔らかさを楽しんでしまう。


 ダメだ……『これ』は人間をダメにする……。


 もうすっかり寝ぼけてた頭もはっきりしているけど、まだまだ離れる気になれない……。


 むしろ先っぽの小さい桜色に吸い付きたくなってしまっている。


 …………。


 ……頑張って耐えていたけれど、気持ちを抑えきれずに口を開けた。


「……あ、あの……あ、明るいところだと……ま、まだ、そ、それは……は、恥ずかしいです……」


 ところでシャルさんに止められた。


「い、いつから起きてましたでしょうか……」


「え……?あ、あの……さ、三十分くらい前から……です」


 最初っからどころの話しじゃなかったっ!?


 慌てて平謝りに謝り倒した。




 妙に機嫌のいいシャルさんと、ちょっとブスッとしたユーキくんに挟まれながらみんなで朝食をとって、村へのお出かけの準備を整えたとき。


「おいっ!偽伯爵はいるかっ!!出てこいっ!!」


 玄関からドアを勢いよく開け放つ音とともに村長さんの怒鳴り声が聞こえた。


 ……この前のレオンといい『二週目』は『前』に顔を出したことなんてなかった人が孤児院にやってくるな……。


 しかし、この怒り様はなんだろう?


 ユーキくんとシャルさんは「まずい」といったような顔をしているけど、多分そういう話じゃない。


 奥さんのご乱行は村では有名な話だし、『前』も僕との関係は完全にバレバレであったにも関わらず、その件で村長さんがなにかを言ってくることは一度もなかった。


 ……その件以外ではいくらでも文句が降ってきたけど、その件で文句を言えないから他の件で、っていう雰囲気でもなかった。


 そもそも、まだこの間ミハイルさんと顔を合わせたとき以外に村長さんとは顔を合わせてなかったし、完全に心当たりがない。


 まあ、とにかく話を聞いてみるしか無い。


 大人の怒鳴り声にちょっと怯えてしまって抱きついてきてるノゾミちゃんを軽く抱きしめて撫でてから、ユーキくんに預ける。


「ちょっと、話聞いてくるからみんなちょっと待っててね」


「……先生……気をつけてくださいね……」


 ユーキくんもシャルさんも心配そうにしているから、大丈夫、と笑いかけてから玄関に向かう。


「はい、とりあえず偽伯爵じゃないですが、どうしました?なにか御用ですか?」


 玄関には顔を真っ赤にしている村長さんの他に数人の男性が厳しい顔で立っていた。


「なにかご用かじゃないだろっ!!いったいどう責任を取るつもりなんだっ!!」


「どうと言われても、まず何の話だか……」


「しらばっくれるなっ!!お前のせいでレオンが大怪我をすることになったんだぞっ!!」


 え?ここでレオンが出てくるの?


 本当に何の話だ?あまりにも嫌いすぎて無意識のうちに殺っちゃった?


 流石にそんなことはないと思うけど、絶対ないと言い切る自信はない。


「あの……すみません、本当に心当たりがないのでどなたかなにがあったのか説明してくれませんか?」


 村長さんは「責任を取れ」と真っ赤になって喚くだけで話にならないので、一緒に押しかけてきた人、特に村長さんの様子に苦笑いを浮かべている人に聞いてみる。


「いえ……それが……」




「あの……それ、僕のせいですか?」


 村人たちから話を聞いた僕が最初に抱いた感想が、それだった。

 

「責任逃れをするなっ!!完全にお前のせいだろうがっ!!」


 村長さんはまったく違う意見みたいだけど……流石に納得いかない。


 村人さんたちのうちの何人かも困った顔している。


「お前がゴブリン・チャンピオンなんぞに手を出すから奴らが怒ってレオンが大怪我を負うことになったんだろうがっ!!」


 そうは言ってもなぁ……。


 村人さんから聞いた話によると、レオン……とその取り巻き連中はゴブリンたちを退治すると息巻いて巣に入り、返り討ちに会い命からがら逃げ帰ったらしい。


 幸い死者は出なかったけど、レオンは右腕を骨折し、取り巻き連中も軽くて骨折、うち一人に至っては右手の指を三本無くす大怪我を負ったそうだ。


 今日ここに詰めかけた人の中でも村長さんと一緒になって僕を睨みつけているのは取り巻きの父親たちだ。


 まあ、なんていうか大変だったね、とは思うけど逆恨みどころか僕関係ないよね?


「あの……ゴブリンから襲ってきたのならともかく、彼等の方からゴブリンの巣に入っていったのなら僕関係ないと思うんですけど……」


「お前がチャンピオン討伐の自慢なんかするからいけないんだろうがっ!!」


 一応言ってみた僕の言葉は、村長さんの怒声にかき消された。


 しかし、それで事情は分かった。


 なるほどね、この間、シャルさんに僕のチャンピオン討伐の話題出されてムキになっちゃったのか。


 事情は分かっても、僕のせいとは思えないけどなぁ……。


「えっと、仮にそうだとしても先程も言った通り、彼等は自分たちから巣に入っていったんですよね?

 その責任をとれと言われても……」


「子供のくせに屁理屈を言うんじゃないっ!!

 きちんと大人の言うことを聞いて責任を取れっ!!」


 ダメだ、話にならない。


 仕方ないので、村人さんの中で一番話が通じそうだった人と話をすることにする。


「実際問題、どうして皆さんはここにいらしたんです?

 どんなふうに『責任』を取らせたいのですか?」


「レオンの怪我に対してきっちりと賠償をしろっ!!

 貴様のせいで大怪我をおったんだからなっ!責任を取ってこの屋敷を明け渡せっ!!」


 村長さんの言葉に取り巻きの親たちもウンウンとうなずいてるけど……マジかコイツら。


「みなさんも同じ考えですか?」


 村長たちの態度に引いてすらいる感じの他の村人さん達に問いかけるけど……。


「い、いや、私達は……」


「もちろん村民一致の意見だっ!!

 村全体を危険にさらしているんだからなっ!全員に賠償する責任が貴様にはあるっ!!」


 なにかいいかけた村人さんの横から村長さんが怒鳴り声を上げる。


 邪魔だな、このおっさん。


「分かりました。

 この事は王都から法務官が着き次第賠償を行うことにしましょう。

 皆さんの要求をそのまま法務官に渡しますので、賠償内容を決めておいてください」


「そんなまどろっこしいことが出来るかっ!!

 今すぐ私財を含めてこの屋敷を明け渡せばいいんだっ!!」


「そうはいいましても、ご存知だとは思いますが法務官の承認のない権利の譲渡はした方もされた方も反逆罪になりますよ?」


 もちろんハッタリだし、そもそも、国が滅んでいるので法務官とか関係ない。


「む、そ、それなら仕方ない……。

 本当に我々の言う通り賠償するんだろうな?」


「もちろん出来ない範囲のことを言われても無理なものは無理ですが、少なくともあなた方の要求をそのまま法務官に渡すことは約束しましょう」


「…………一筆残してもらおうか」


 あまりにも素直に話が通ったので流石に村長さんも訝しんでいるようだ。


「はい、良いですよ」


 まあ、なんにも問題ないので、言った通り「村長の要求をそのまま法務官に渡すことを約束する」という旨の書面を作る。


 そもそも法務官がまだ存在するか、万が一存在しても、渡したあとで法務官がどう判断するかまでは知らん。


「……ふん。最初っから大人しく目上の者の話を聞いていれば良いのだ」


 ……没落貴族と村長、目上なのがどっちなのか難しいところだな。


「それでは、今日のところはお帰りいただいてもよろしいですか?」


「ああ、さっさと引き払う準備をしておけよっ!!

 屋敷にあるものの着服は許さんからなっ!!」


「はいはい、分かっております、ではお帰りを」


 面倒くさくなって押しかけた人たちを追い出しながら一人のポケットにメモを忍び込ませた。

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