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28話 孤児

 ミハイルさんの告白を聞いても、シャルロッテさんの話からある程度予想できてはいたので驚きはしなかった。


 貴族や商家などの富裕層はもちろん、庶民の間ですら『結婚』というのは両家の様々な関係性を基に結ばれることが多い。


 家系や利益関係を重視する富裕層においてはその傾向が顕著で、ほぼすべての婚姻が本人たちの意思とは関係なく結ばれる。


 さらに言えば、富裕層、特に貴族においては利益関係の強化や血を残すという目的のためなどで複数人の配偶者がいることが普通で、僕にもほとんど顔を見ただけの許嫁が二人いた。


 そのため、富裕層、庶民層関わらず正式な結婚相手の他に関係を持つ相手がいることはそう珍しいことではなかった。


「えっと、そのことを奥様は……」


「承知しています」


 そのため、こういう配偶者が容認している愛人関係も珍しくない。


 ミハイルさんの家がどうかは分からないけど、夫婦ともに本当に愛する愛人を持っているなんてこともままある。


「ただ、そのお年でも閣下ならご理解いただけると思いますが、相続に絡まないということが絶対条件ですので私が表立ってシャルロッテを養育することは出来ません」


 そーなんだよねぇ。


 愛人関係は私的な話だが、結婚関係は公的な話だ。


 財産や社会的地位などの関係で結婚する以上、そこに私的な問題を持ち込むことはタブーだ。


 だから基本的に愛人との子は認知されないし、女性の場合は出来得る限り子供の嫡出を保証することを要求される。


 ミハイルさんみたいな場合だと、個人で自由にできる範囲でシャルロッテさん親子に資金援助をすることや、愛情という無償のものを捧げることは出来ても、公的なお金を使って援助したり、認知はもちろん正式な後見人になったりすることも出来ない。


「シャルロッテの母親は幼い頃から病弱な質だったのですが、先日、ちょっとした病で体調を崩したと聞き、急いで駆けつけたときにはこじらせて死に目に会うことも出来ず……」


 そう語るミハイルさんの表情には、抑えきれない無念さがにじみ出ていた。


 シャルロッテさんも思い出してしまったのか俯いて肩を小さく震わせている。


「ということで、今回はシャルロッテを預け先に顔を出させる旅でもあったのですが……預けようと思っていたマティスさんがあの調子だったので途方に暮れていたのです」


 ……今ミハイルさんちょっと嘘混ざったよね?


 その前から、僕に目をつけてたよね?


 『孤児院』という言葉に目を光らせていたのは、村長さんたちと会う前だったはずだ。


 先程までの真に迫る様子と違って、大げさに落胆した様子になっているしこれ「困ってます」アピールでしょ。


「そこでっ!閣下が孤児院を開いていると知り、これは運命であると悟ったのですっ!」


 天啓を受けた、とでも言うかのような晴れやかな顔と仕草で言うミハイルさん。


 だから、それ順番違うよね?孤児院のこともっと前に知ってたよね?


「どうかお願いですっ!!シャルロッテを閣下の孤児院で預かっていただけないでしょうかっ!

 もちろん十分な援助はさせていただくつもりでございますっ!」


 援助……援助かぁ……。


 『前』もそうだったけど、屋敷には子供たちが成人するまで不自由なく暮らす程度の蓄えは残されていた。


 とは言え、今後のことを考えるとお金はいくらあっても構わないしなぁ……。


 シャルロッテさんの身の上のことを考えても、引き受ける方に心が動いているのは間違いない。


 ただなぁ……『前』のシャルロッテさんのことを考えると村長の息子、レオンがいるこの村に置いておきたくないんだよなぁ。


「もし閣下に断られた場合、マティスさんの家に預けるしか無くなってしまいますっ!!」


 それはやめて。


 僕を脅しつけるだけの言葉なのは分かってるけど、それは口に出すだけでもおぞましいので絶対にやめて。


「本当に他の預け先はないのですか?」


「ございませんっ!」


 嘘でしょ。


 とは言え、そう言い切られたからには突っ込むわけにもいかない。


「……出来る限りひっそりとミハイルさんの住む街で養うとか……」


 僕の言葉を聞いたミハイルさんの表情が、スッと固いものに変わる。


 ……こんなに分かりやすくて商人として大丈夫なんだろうか。


「このようなお願いをする以上、謙遜など入れずに事実のみをお話させていただきますが、私の商会は商都の十人会の一つである商会です」


 はあっ!?


 十人会って………………あ、なるほど、色々繋がったや。


 商都ヴェネディク。


 どの国にも属ない商人たちの自治による世界最大規模の商業都市。


 十人会とはヴェネディクの……遠く離れた国にまで影響力を及ぼす大商業都市の自治を取り仕切る十大商家のことだ。


 10年後、僕たちが立ち寄った際、幼い頃に先代を失った十人会家の若い当主と出会い、彼女が暗殺されることで起こる残虐な相続問題に巻きこまれることになるのだが……あの家、多分ミハイルさんちだ。


 …………ん?てことは、ミハイルさんが助かっている『二週目』であのイベントはどうなるんだ?


 身元も定かでないユーキくんたちを友と呼び、僕にも懐いてくれていた、大商家の当主とは思えない無邪気な笑顔をした女の子が脳裏に浮かぶ。


 確かユーキくんたちと同い年だったから、今は5歳か……。


「最初に産まれた息子は早逝しておりまして、残った一人娘もシャルロッテよりも年下と、情けない話ですが下手にシャルロッテを手元に近いところに置くことも出来ない状況でして……」


 なるほどなぁ……。


 そういう状況だと、シャルロッテさんの存在は騒動のもとにしかならないか……。


「ですので……ご面倒をおかけして申し訳ありませんが、閣下の孤児院でシャルロッテを預かってはいただけないでしょうかっ!」


 そう言って腰を丸めるように深々と頭を下げるミハイルさん。


 その横で事前に話をしていたのかシャルロッテさんも頭を下げている。


 むぅ……。


「もちろん金銭的な負担をかけないだけの援助はさせていただきますっ!

 何卒っ!何卒っ!!」


 とうとう膝までついてしまったミハイルさん。


 ここまで条件を整えられた上に、演技臭さが見え隠れするとは言え必死に頼み込まれるとイヤとはいいづらい……。


 イヤな理由が『前』の記憶という説明もできない話なので、本当に断りづらい……。


 とうとう五体投地に近い姿勢になってしまっているミハイルさんと、プルプルと小さく肩を震わしながら頭を下げ続けるシャルロッテさんを見て悟った。


 無理。


 これ断わんの無理。


「…………シャルロッテさんは、本当にそれでいいんですか?」


 念のため、最後にそこだけは確認しておく。


「もし、お望みでしたら僕のツテを使って引取先を探してみますが……」


 国中が魔王軍の侵攻を受けている現状としてはだいぶ厳しいけど、国外にツテがまったくないわけではない。


 そちらに当たってみることも出来るけど……。


「お、お許しがいただけるのなら……か、閣下の、お、お側にいたいです……」


 その一言でもう他の道はなくなった。


「分かりました。シャルロッテさんは僕が責任を持って預かります」

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