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20話 大好き

 ノックの主はやっぱりミハイルさんだった。


「ミハイルさん、早かったですね」


「ええ、捨て値同然で売り払ってきましたから、あっという間に商談成立です」


「は?ど、どうしたんですか?」


「はっはっは、マティスさんの家とは先代からの付き合いではありましたが、今日の閣下に対するあの無礼な態度。

 さすがに見下げ果てましたので、お取引はこれっきりにさせていただこうと思いましてな。

 手切れ金代わりのようなものでございます」


 いや、まあ、個人的な好悪で言えばあんな一族に関わるもんじゃないと思うけど、僕への態度がミハイルさんの商売に影響を与えたと思うと少し申し訳ない。


「本当にいいんですか?

 自分で言うのもなんですが、突然現れた僕が胡散臭いのは確かですし……」


 彼等の態度に酌量の余地があるのも確かなのだ。


 顔も覚えていない子供に「貴族です、しかも、伯爵です」とか言われてもすぐに納得できないのは仕方ない。


 むしろミハイルさんがあっさり信じ過ぎとすら言える。


「いいのです。

 伯爵閣下を疑うなど以ての外でございますし、重ねて許せないのは権利書を奪い取ろうとしたことです。

 偽造を疑うまでは当然としても、本物と分かってから奪い取ろうとするなど……商売相手として論外です」


 プルプルとその大きなお腹を揺らしてまで怒りをあらわにするミハイルさん。


 なるほど、ミハイルさんの逆鱗に触れたのはむしろそっちのほうか。


 たしかに人の財産を奪い取ろうとする相手とは商売付き合いは出来ないだろう。


 言ってみれば盗賊山賊のたぐいのようなもので、ミハイルさんたち商人の天敵だ。


「一昨年に先代が亡くなるまではまともな方たちだったのですが……。

 あのような者たちに娘を預けようと考えていたなんて、自分の見る目のなさがいやになります」


 うん、それはやめたほうがいい。


 思わず出かけた言葉を飲み込むけど、本当にそれはやめたほうがいい。


 あの家にこんな可愛い子を預けたりしたら、どんなことになるか……。


 想像するだけでおぞましい。


「しかし、シャルロッテさんを預けるとはどういう?」


 人の家庭のことにあまり踏み込むべきではないと思うけど、生贄のことや村長一族のこと、それに先程のシャルロッテさんの話のこともあって聞いておきたくなってしまった。


 しかし、口を開きかけたミハイルさんの言葉にユーキくんの声がかぶさる。


「先生、お話し中すみません。

 ノゾミがそろそろ目を覚ますと思います」


 あ、そりゃいけない。


「話を振っておいて申し訳ありませんが、急ぎの用がありまして、部屋に戻らなくてはならなく……。

 あ、いや、シャルロッテさんもこちらにいますのでどうぞ中にお入りください」


 と言うか、そもそも玄関で長々と立ち話するもんでもなかったな。




「お父様っ!」


「おお、シャルロッテ、伯爵閣下にご迷惑はおかけしていないかい」


「迷惑だなんてとんでもない。

 我々の方こそ大したおもてなしも出来ず申し訳ない限りです」


「伯爵閣下は大変親切にしてくださいましたわ、お父様」


「そうかそうか。

 閣下、お手間をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」


「いえいえ。

 なんのおもてなしも出来ませんが、せめておくつろぎください」


 ホストとして申し訳ないけど、二人をテーブルに残してノゾミちゃんのもとに向かう。


「ノゾミちゃん、起きちゃった?」


「いえ、まだです。

 でも、さっきから時折むずがるのでそろそろだと思います」


「そっか」


 ユーキくんの言葉を聞いてノゾミちゃんの顔を見てみると、たしかに顔をしかめていて起きかけている感じだ。


 眉根を寄せた顔がまだ夢の国から出るのは嫌だとぐずっているように見えて可愛らしい。


 思わず頭を撫でたらその感触がとどめになってしまったのか、ゆっくりとノゾミちゃんの目が開いていく。


 ノゾミちゃんはその黒瑪瑙のような目でしばらく僕を見つめると、ニヘラァとゆるい嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「せんせぇいたぁ……」


「うん、大丈夫。ちゃんといるよ」


 寝っ転がったまま手を伸ばすノゾミちゃんを抱き上げると、ノゾミちゃんはそのままギューーっと強く抱きついてくる。


「せんせえ、おはようございます」


「はい、おはよう。

 楽しい夢見れたかな?」


「うんっ、お母さんとお父さんの夢見たっ!」


 ノゾミちゃんの言葉にドキリと大きく心臓が跳ねたのが分かった。


 後ろでユーキくんとアリスちゃんも体を固くしている。


「お母さんたちノゾミのこと大好きって笑ってたよっ!!」


 満面の笑顔でそういうノゾミちゃんを見て緊張が解ける。


「……ねー?言った通り二人共ノゾミちゃんのこと大好きだったでしょー?」


「うんっ!えへへー♪」


 嬉しそうに笑うノゾミちゃんをもう一度抱きしめる。


 そんな僕らにユーキくんとアリスちゃんも寄り添うようにくっついてきて……。


「旦那ーっ!隊商の奴ら、庭に入れてもいいんですかーいっ!?」


 玄関から聞こえるアルバさんの声で、お客さんがいることを思い出した。




「こ、これは恥ずかしいところを……」


 慌ててテーブルからこちらを見ているミハイルさんたちのところに戻る。


 なお、相変わらずノゾミちゃんは僕に抱きついたままなので、『恥ずかしいところ』は継続中だ。


「いえいえ、仲睦まじい様子に咽び泣くところでございました」


 そういうふうに言われると本格的に恥ずかしくなってくるからやめてほしい。


 ミハイルさんもシャルロッテさんも、ニコニコと優しい笑顔をしているから気分を害したりはしていないみたいだけど……。


 気恥ずかしくて居心地のいいものではないので話を変えよう。


「と、ところで、隊商の皆さんを庭に……とは?」


「そうでした、そのお願いをしにまいったのでした。

 もし出来ますればお屋敷の庭先の端で構いませんので、数日お貸しいただけないかと……」


 なるほど、庭にキャンプを張りたいということか。


「それは別に構いませんが……当家でよろしいのですか?」


 長い付き合いのある取引先ということは、今まではおそらく村長宅にお世話になっていたはずだ。


 今となっては屋敷のガワしかないようなうちより村長宅のほうが居心地は良いだろうに。


「ええ、閣下のお許しがいただけるのならば、ぜひとも。

 …………率直に申しまして、マティスさんと、なによりあのご子息のいるところでは安心して身を休めることが出来ません」


 僕たちが退席したあと、さらになにかあったんだろうか?


 ミハイルさんがレオンを語る言葉には嫌悪に近い不快感を感じる。


「あのエロガキと娘をひとつ屋根の下においたらどうなるか……」


 …………むしろはっきりとした嫌悪を感じる……というか、もはや隠す気もないみたいだ。

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