15話 襲撃
ゴブリンの巣を目指して森の中を駆ける。
一切身を隠すつもりのない行動だけど、向こうが見つけてくれるならそれはそれで都合がいいので構わない。
できれば偵察に出ている小グループから潰していければ楽だけど、どこにいるか分からなくて探すのも面倒なのでとりあえず本拠の巣を目指している。
巣の周りにはゴブリンの最大戦力がいるだろうけど、まあなんとかなるだろう。
最悪数日かけて潰すつもりでいるので、とりあえず今日のところは半ば偵察、半ば戦力削りのつもりだ。
巣周りでの立ち回りや逃走経路を考えながら走っている僕の耳に剣を撃ち合う音とゴブリンの叫び声が引っかかった。
これは……戦闘音?
あっちは街道のある方だけど……なんでそんなところで?
と思ったところで、街道絡みで思い当たることがあることを思い出し、慌ててそちらに方向転換した。
今までは一応周囲への警戒や体力温存などを考えていたけど、今はなりふり構わぬ全力疾走だ。
出来ることなら間に合いたい。
森から抜けた先はちょっとした崖のようになっていて、数メートル下に街道が走っている。
小高い崖から見下ろした街道には、荷馬車とその上に乗っている親子を守るようにしている隊商と、それを囲むゴブリンがいた。
戦いが起こっていることまでは分かっていたので、とりあえずは一呼吸の間にできる限り戦況を把握する。
隊商といったけどその殆どは倒れ伏していて残っているのは荷馬車の上にいる親子と思われる中年男性と僕くらい年の少女の二人と、それを守るように戦う17、8歳の戦士一人だけ。
ゴブリンを切り捨てた腕を見る限り、この人に助けは必要ない。
ゴブリンの方はまだ10体以上が残っている。
問題になりそうなのは大柄の一体。
他は雑魚だけど、手が回りきらなかった数匹が戦士が守るのとは反対側から馬車の上の子供に手を伸ばしている。
「《軟落下》」
弱浮遊の魔法を励起して、崖から飛び降りる。
「《風刃》っ!」
そのまま空中で風の攻撃魔法を励起して、子供に手を伸ばしていたゴブリンの首をかききる。
思いもかけぬ奇襲に慌てるゴブリンたちのただ中に降りると、着地した瞬間に風の範囲魔法を励起する。
「《風刃裂波》あぁっ!!」
範囲魔法なので確実性は低くなるけど、周りにいた雑魚ゴブリン5匹はほぼ無力化出来たはず。
「お怪我はありませんか?」
取り急ぎ馬車の周囲を片付けたところで、馬車上の二人の様子をうかがう。
「は、はい、おかげさまで、まだ指一本触れられてもいません」
良かった……でも、間近にまで迫った危機に二人共顔面蒼白になってしまっている。
「すぐに終わらせますから、もう少し耐えてください」
少しでも安心してくれるように出来る限り頼もしく見える顔を作って大口を叩いたあと、反対で戦う戦士さんに声をかけける。
「助太刀しますっ!」
「助かるっ!敵にはチャンピオンがいるぞ、気をつけろっ!」
ナイトかと思ったらチャンピオンか、あのでかいの。
突然乱入してきた僕に慌てることなく、のっそりと戦士さんの前に出てきたゴブリンチャンピオンに目を向ける。
前に話したゴブリンの厄介なところの一つ。
繁殖力が異常なゴブリンはそれなりの確率で特殊個体が生まれる。
魔法を扱えるシャーマン、身体能力が高いナイトなどがそれで、特殊個体となるとどんなに弱い個体でも一般男性では勝てない強さになってしまう。
その中でもチャンピオンはナイトがさらに成長した個体で、一体で小さな村の一つくらい蹂躙しかねない強さになる。
ちなみにステータスはだいたいこんな感じ。
【職業:ゴブリン・チャンピオン
筋力:12 魔力: 1 体力:10 精神: 5 技術: 9 敏捷: 9 幸運: 1
魔法適性 火:- 水:― 土:― 風:― 聖:― 邪:―】
こうなると今最後に残った隊商の護衛のような歴戦の戦士でも危ない存在となる。
この程度の規模の巣だと間違いなく巣の主だと思うけど、なんでこんなところに?
前線で暴れるのが好きな脳筋タイプなのかもしれない。
プラスしてどうやらシャーマンも数匹いるようなので、隊商が全滅したのも無理がない。
ゴブリンシャーマンは発動体として杖を持っているので一応見分けはつく。
雑魚ゴブリンが杖を装備していることもあるので確定ではないけど、シャーマンは3体か……。
チャンピオン1にシャーマン3、雑魚が数体。
問題ない。
「チャンピオンの足止めをっ!」
「分かったっ!その間に旦那たちを逃してくれっ!!」
戦士さんは殿を務めるつもりみたいだけど、説明している暇はない。
まだ息のある護衛さんもいるし、さっさと倒してしまおう。
「《風刃裂波》っ!」
範囲魔法で開いたルートでシャーマンとの間合いを詰めて、喉に我が家に代々伝わる宝剣を突き刺す。
…………なお、この我が家の家宝である宝剣はゴテゴテ装飾がすごくて大変高価なもので、魔法発動体にもなるという以外になんの特徴もない素晴らしい騎士剣だ。
早くまともな剣がほしい。
手早くシャーマンを一体倒して、残り2体。
あっさりと仲間を殺されて腰が引けている雑魚たちを蹴散らしてシャーマンに近づき、喉を掻き切る。
これで残り1体。
最後のシャーマンと目があったところでシャーマンが踵を返して逃げ出した。
……一瞬迷うけど、せっかく見つけた敵戦力をむざむざ逃がす必要もないか。
「《風刃》っ!」
あたふた逃げる背中に風魔法を撃ち込んでシャーマンは全滅。
周りにいる雑魚も逃げようとしているけど……こっちは放っておこう、まずはチャンピオンだ。
雑魚は無視することにしてチャンピオンを見ると、戦士さんと猛烈な斬り合いを繰り広げていた。
戦士さんもなかなかの腕をしているようで、チャンピオンといい勝負を繰り広げている。
雑魚の加勢が無くなった今となってはこのままでも戦士さんは勝てるかもしれないけど……。
せっかくチャンピオンの気がそれているし楽に行かせてもらおう。
「《隠形》」
数歩戦場から離れると気配を薄くする魔法を励起する。
姿や気配を消すような強力な魔法じゃないけど、命がけの斬り合いに集中している対象の意識から外れる程度の効果はある。
そうして大回りにチャンピオンの後ろに回ると……一息に首を薙ぎ落とした。
「なっ!?」
斬り合っていたチャンピオンの首が突然落ちて、戦士さんが驚きの声を上げている。
一瞬の空白のあと、恐慌状態に陥った残りの雑魚ゴブリンたちが散り散りに逃げ去っていく。
追ってこのまま巣に仕掛けるか?
そんな考えが頭に浮かぶけど、まあやめておこう。
このままなだれ込めば巣ごと恐慌状態に陥らせられるかもしれないけど、今はもっと大事なことがある。
荷馬車の周りに倒れ伏している10人くらいの護衛に目をやり、微かにだけど呼吸をしている護衛さんに駆け寄る。
「《小治癒》」
最下級の回復魔法だけど、ひとまずはこれで持ちこたえるはず。
このあと誰にどれだけの魔法が必要なのかわからないので、とりあえずは最小限で。
「他に息のある人はいないか確認してください。
危なそうな人最優先で」
未だ呆然としている戦士さんにそれだけを告げて、呼吸が止まりかけている護衛さんに向かって《中治癒》を唱え始める。
…………こっちの人のが先だったな、ミスった。
 




