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41話 油断

 思う存分撫で回されたシトリーちゃんが、シャルの刻印に吸い込まれるように帰っていった。


「……えっと、シャル、なんか辛そうだけど大丈夫?」


 気づいたらシャルがふらついている。


 契約が終わってからはシャルは見ていただけなのにどうしたんだろう?


「調子悪い?部屋に戻って横になる?」


「い、いえ……し、幸せなだけなので大丈夫です……」


 ……?


 シャルがなにを言っているのかよく分からないけど、疲れた?ような様子ではあるけど言葉通り悪い気分ではないみたいなので大丈夫だろう。


「それじゃ、次はリンの番だからシャルはゆっくり座って休んでてね」


「は、はい……。

 頑張ってね、リンちゃん」


 座ったシャルが、逆に立ち上がるリンに『ファイト』と言ったようなポーズを見せる。


 リンも「ハイデス」と言って笑い返している。


 本当に最近この二人仲いいな。


 よくお互いの部屋にも行き来しているみたいで、元々仲が悪いわけではなかったけど最近はさらに仲のいい友達みたいな感じになっていて実に微笑ましい。


 ちょっと涙出てきた。




 さて、気を取り直して最後は問題が予想されるリンの番だ。


 リンの魔法適性は


 【魔法適性 火:- 水:C 土:C 風:- 聖:- 邪:C】


 となっていて、闇の精霊が来る可能性がある。


 『闇の精霊』。


 その名前の聞こえどおり、良い精霊ではない……と言われている。


 そもそも、人間には邪霊属性に適正を持っているものが極端に少なく、闇の精霊と契約をかわしている人間はほぼいないと言って良い。


 少なくとも僕は直接は誰も知らない。


 闇の精霊の話は伝説や物語での話でしかなく、その全てで闇精霊とその契約者は人間の敵対者として描かれている。


 それも、大量虐殺や国の滅亡と言った大事件の原因として描かれる。


 人間どころかすべての生命を憎んでいるという描かれ方をしている話すらある。


 流石にそんな精霊と契約を結ぶわけには行かない。


 契約の話どころか、来てしまったら話すらする前に《精霊送還》で帰ってもらおうと思う。


「ハイデス、ワカルデス」


 話を聞いたリンも、緊張した顔で頷いてくれる。


「念のための確認なんだけど、もうすでになにか精霊と契約かわしてたりしないよね?」


「ナイデス」


 だよねぇ。


 すでに契約をかわしている精霊がいてくれれば話は早かったんだけど、そう上手くはいかないか。


 正直な所、未だにどうするか迷っている。


 他の子達と違ってリンはかなり戦えるから最悪精霊無しでもいいんじゃないかと思うんだけど……。


 念のため危険を冒さずに危険を残すか、念のため危険を冒して危険をなくすか……。


 …………冒険者崩れの件だけでなく、今後先々のことを考えても戦力は必要だと考えよう。


 戦力のことを考えれば、今やるか後でやるかの話でしか無い。


「それじゃ、とりあえずは《精霊召喚》を教えるね」


 そう判断して、僕はリンに《精霊召喚》を教えてしまった。




「オボエルデス」


 ゴブリンとは魔法の仕組みが少し違うらしくて、リンに魔法を教えるのはいつもちょっとだけ苦戦する。


 ただ、苦戦はするけどちゃんと伝わりはするので、最近はこれをなんとか魔族たちとのコミュニケーション手段に出来ないか目論んでいる。


 いや、とりあえず、今は精霊のことに集中しよう。


「それじゃ、リン、頑張ってね」


 話の分かる子が来てくれるように祈りを込めてリンの頭にキスをする。


「ハイデス、アリガトデス」


 変な子たちばかりだけど、今までの精霊たちも悪い子達ではなかった。


 今回もきっといい子が来てくれるに違いない。


 そう願いながら《精霊送還》を構築する。


「我ガ魔力ヲ糧ニ、精霊ヨ、集エ……《精霊召喚》」


 魔法が励起され、精霊が顕現し始める。


「みんなっ!念のため離れてっ!」


 僕の言葉を聞いたリン以外の子どもたちが、慌てた様子で遠くに離れていく。


 リンの前に集まりだしたのは……漆黒の闇。


 危惧していた通り、闇の精霊が来てしまった。


 顕現中の精霊には《精霊送還》は効かないので、顕現しきると同時に使うしか無い。


「リン、悪いけど、すぐに帰ってもらうからね」


「ハイデス、ワカルデス」


 リンも緊張を濃くしているので、『大丈夫』と笑いかける。


 運は悪かったけど、帰ってもらえばいいだけだから問題ない。


 漆黒の髪を持つ闇の精霊が徐々に姿を濃くしていき、顕現しきったところで呪文を唱え魔法を励起する。


 交渉で帰ってもらうことに失敗する事はあっても、《精霊送還》が効かなかった例は無いので今日のところは帰ってもらって、精霊の怒りが解けた頃にまた試せば大丈夫。


 …………そう僕は油断をしていた。


「………………っ!?」


 呪文を唱えようとして声が出ないことに気づく。


 声が出ないどころか口がピクリとも動かせない。


 口だけじゃなくって指先一本も動かないし、呼吸すら出来ていない。


 不思議と苦しかったりはしないけど、これ心臓まで止まっているんじゃないか?


 『闇の精霊は時を操る』、そんな伝説があるのを思い出した。


 頭の中は焦りでパニックを起こしているけどなにをどうしようとしてもまばたき一つすら出来ずに、ただ成り行きを見ていることしか出来ない。


「ハルト……?

 ハルト ナニスル デスっ!?」


 闇の精霊が現れたというのに身動き一つしない僕を見て異常を感じ取ったリンが、闇の精霊を睨みつける。


 恐ろしいほどの形相のリンに睨みつけられている闇の精霊だけど、全く動じた様子はない。


 それも当然だ。


 顕現した闇の精霊は、足元に広がるくらい長い漆黒の髪を持った10代後半くらいの美しい女性で……十枚五対の髪とは正反対の純白の翼を持っていた。


 姿も呼吸の胸の動きがわかるくらいはっきりと顕現している。


 伝説が事実だとすると国一つをひと時で消しされるほどの存在なんだからリンに睨まれたくらいで怯む理由がない。


 ここまで想定外が続いたけど、いくらなんでも想定外がすぎる。


 結論として事実ではなかったわけだけど、八枚四対の翼を持つ精霊を呼び出すのですら生贄が必要だと言われていたのだから、ただの《精霊召喚》でこのクラスの化け物が来るなんて考えてすらいなかった。


 自分の甘さを悔やんでも悔やみきれないけど、すでに闇の精霊の術中にいる僕にはもう見ていることしか出来ない。


 《精霊召喚》で来てくれたということはリンに興味があるということ……友好的だということではあるはずだ。


 ……ただ、その『友好的』が人間の基準通りかは分からない。


「ダメデスッ!

 ハルト ハナス デス。

 ダメッ!ソンナコト デキル ナイ デスッ!」


 幸い全く話ができないと言うほど気性の激しい相手ではないらしく、リンと闇の精霊はなにか言い合いをしている。


「イヤデスッ!

 ……ウッ……ヒキョウデス。

 ……デモ……ウゥ……」


 言い合いを続けていたリンだけど、徐々に押されてきているみたいだ。


 これ、僕を人質に取られてるな。


 自害でもしたくなるけど、それすら出来ない。


「……ワカルデス。

 ……ウゥ……ソレ ユルスデス。

 ……ソレダメデス……ウー……ソレナラ……」


 話がまとまってしまったみたいで、闇の精霊が近づくとリンは服をまくって少し恥ずかしそうにお腹を見せた。


 闇の精霊はリンの前で膝をつくと、今までの流れからは想像できないくらい大事そうにリンのお腹にキスをする。


 触れた唇を通して闇の精霊からリンのお腹に黒いモヤのようなものが流れ込んでいく。


 しばらくそうしていると、モヤは止まってその代わりにリンのお腹には小さい真っ黒な刻印が出来た。


 そして、闇の精霊は膝をついたままリンを抱きしめて幸せそうにお腹に頬ずりをしている。


 その闇の精霊の姿がなんか最初より薄くなっているような……?


 いや、はっきりと薄くなって精霊越しにリンが透けて見えるようになっている。


 刻印の位置的に内臓系の対価だと思うんだけど、リンはどんな契約をさせられてしまったんだ?


 焦りで呼吸が荒くなり、いつの間にか息が出来るようになっていることに気づいた。


「リンッ!?」


 体が動くようになっているのに気づいた途端に無意識のうちにリンに向かって駆け寄っていた。


 構築していた魔法は散ってしまったけど、契約が済んでしまった今となっては闇の精霊を追い返してもどうにもならない。


「リンッ!大丈夫っ!?

 なにを対価にさられたのっ!?」


 慌てる僕を離れたところにいる子どもたちが不思議そうに見ている。


 どうやら、子どもたちは時間が止まっている間は意識も止まっていたようだ。


 どれだけの存在ならそんな事が出来るのか……。


 そんな計り知れない存在であるはずの闇の精霊だけど、必死の形相をしているであろう僕に怯えるようにリンの後ろに隠れている。


 リンも困った顔はしていてもやりたいようにさせているし……あれ?思ったより危険な雰囲気じゃない?


「エトエト……エト……タイカ……エト……」


 え?なんでリン恥ずかしがってるの?


 内蔵を持っていかれたとかそう言うシリアスな雰囲気は全然ない。


「エト……タイカ……セイレイ アタシ コドモ ウマレル デス」


 はい?

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