40話 役に立つ精霊
一体どういう話になったのか、シャルの腕に水の精霊が嬉しそうに抱きついている。
そうやっているとどことなくシャルと水の精霊が似ていることもあって仲のいい姉妹にすら見えてくるから不思議だ。
取り囲んでいた他の子達も『どうしたもんかなー』という顔になってしまっている。
「えっと、本当にその子と契約しちゃっていいの?」
まあ、さっきは動揺しちゃったけどエッチなだけでなにか悪いことをしたわけではないしなぁ。
…………あ、いや、子どもたちの教育に悪いな。
やっぱり追い返すか。
「一応、話はできる精霊さんでしたからっ!」
《精霊送還》を構築しなおしていることに気づいたシャルが慌てて止めに入る。
「いや、でも、その子教育に悪いし」
周りのみんなもウンウンと頷いている。
「先生と二人っきりの時以外は変なことしないって誓ってますし……」
それ僕と二人っきりの時は変なことするって意味じゃんっ!?
みんなも『それならいっか』みたいな空気出してるけど、落ち着いて考えてっ!?
……と、まで考えたところで落ち着いていなかったのは僕だと気づく。
精霊が自主的にこちらにの世界に現れることは、基本的にない。
それこそ、自主的に現れて人助けをすることもある光の精霊が『物語』になるレベルだ。
つまり、水の精霊がこちらに来ている時はシャルも同時にいるということで、僕と『二人きりになる』ことは有り得ないということか。
実質的に『変なことはもうしない』と誓った状態と言える。
「……まぁ、そういう事なら教育に悪いことには目をつぶってもいいけどぉ。
対価はなにを要求してたの?」
変な精霊な上に、対価も難しいものなら申し訳ないけどお帰りいただいたほうがいいと思う。
「え、えっと……そ、それなんですけど……」
対価を聞かれたシャルが言いよどむ。
これは……恥ずかしそう?
「…………やっぱり帰そうよ」
恥ずかしい要求してくる精霊さんとかシャルのそばに置いとくの嫌だ。
「い、いえ、あ、あの、じ、実害はないと……お、思うんですよ?」
うーん……そうは言ってもなぁ……。
シャルも落ち着いてきたのかいつもの恥ずかしがり屋に戻ってきてしまっているので、精霊さんの要求をどれだけ恥ずかしがっているのか分かりづらい。
「えっと、具体的になにを要求してきてるの?」
「…………ひ、皮膚です……」
恥ずかしそうにうつむいて小声で言うシャルの言葉の意味が一瞬理解できなかった。
皮膚ぅ?
…………そんな要求聞いたこと無い。
「え?皮膚ってどういう事?
体の表面を全部要求してきたってこと?」
そう考えるとかなりとんでもない要求な気がするんだけど。
精霊の住んでいるところにはアクセサリーとか付けられない、極論服もない方がいいってことを考えると、最悪シャル全裸だよ?
「あ、い、いえ……ぐ、具体的に皮膚を要求してきたというか……しょ、触覚の共有と言った方がいいかもしません……」
触覚の共有……なるほどそれで『皮膚』か。
「じ、実際に住むのは皮膚のほんの一部だけで……ほ、他の部分は感覚の共有だけ、ら、らしいので普段気にする必要もないって……」
「え?実質ほぼノーリスクってこと?
精霊に住んでもらう場合はその場所の魔力ごとあげることになるけど、そう言うのは?」
「な、無いそうです。
あ、あくまで『住んでいる』んじゃなくって『共有している』だけらしいので」
そりゃ確かに『それなら……』ってなるくらい破格だな。
「…………ちゃんと言うこと聞いてくれそう?」
契約したと言っても素直に言うことを聞いてくれるかはその精霊との関係性や性格によるので、契約は出来たもののまともにお願いを聞いてくれないなんて言う話もよく聞く。
「は、はい、ぜ、絶対服従を誓いました」
絶対服従っ!?
す、すごいこと言い出したな。
いや、契約にそう言う強制力はないから感覚的な話なんだろうけど……。
「え?色々嘘ついてるとかは?」
「な、無いと思います」
たしかに精霊が嘘をつくという話は聞いたことがないけど……。
最初こそ驚いたものの、今は水の精霊も大人しくしているしなぁ。
むぅ…………こうなるとあとはシャル次第か。
「そう言う事なら、僕は反対しないけど……本当にいいの?」
「は、はい、魔法とか、い、色々教えてくれるって言うし私この子がいいです」
シャルがそう言うなら仕方ない。
僕も精霊が教えてくれる魔法というのには興味はあるし。
「そう言う事なら……。
いちおう、『変な事したら追い返す』って釘刺しといてね?」
「は、はいっ!
許してもらえたよ、おいで」
手を広げて招き寄せるシャルを見た水の精霊が嬉しそうに笑いながら近寄って……。
シャルの服の首元を引っ張った。
随分思いっきり引っ張るので、シャルの真っ白できれいな肌が膨らんでいる辺りまで見えてしまう。
「え?これ追い返していいやつ?」
明らかに不届きな真似だよね?
「ち、違いますっ!
け、契約の証です。
し、心臓に近い部分のほうがいいんだそうです」
シャルとそんなやり取りをしている間にも、水の精霊はシャルの胸の膨らみに唇を寄せる。
決定的な部分までは出ていないけど、絵面がすでにいかがわしいんだけど……。
追い返したくなるけど、シャルに嫌がっている様子はないのでここは見逃そう。
水の精霊がシャルの胸にキスをすると、一瞬全身が青く輝いて……シャルの胸元に小さいけど複雑な青い刻印を残して消える。
「えっと、あなたの名前はシトリーね。
あんまりおいたしちゃダメだよ?」
シャルの言葉に水の精霊……シトリーちゃんは素直に笑顔で頷いた。
「えっと、契約して変なところとか無い?
皮膚の感触がないとか」
「は、はい、な、なにも変わっていないと思います」
皮膚感覚の共有とか聞いたことなかったけど、とりあえずは大きな問題はなさそうだ。
「でも、なにか変なところがあったらすぐに言ってね?」
「は、はい、分かりました」
前例のないことだけにちょっと心配。
「え?うん、いいよ。
でも、あんまりやりすぎると怒られちゃうからね?」
シトリーちゃんになにか言われたらしいシャルが許可をだすと、シトリーちゃんがこちらにテッテッと走り寄ってくる。
…………あんまり見るのはまずい絵面だ。
なにとは言わないけど、すごい揺れてる。
思わず目をそらしてしまう僕に、シトリーちゃんが体を擦り付けてくる。
なんか動物に匂い付けされている気分だな。
視覚情報的にも触覚情報的にも色々戸惑ってしまうけど、懐いてきているのは可愛い。
さっきみたいなエッチな雰囲気はなくってただ懐いてきているだけみたいだし……。
ちょっとだけ悩んだ後、シトリーちゃんの頭を撫でた。
「ふぇっ!?」
撫でられて嬉しそうにしているシトリーちゃんを見ていたら、突然シャルが変な声を上げた。
「ん?どうしたの?シャル」
みんなも突然慌てだしたシャルを不思議そうな顔で見ている。
変なところでもあったのに気づいたんだろうか?
「い、いえっ!な、なんでもないですっ!だ、大丈夫なやつですっ!う、嬉しいやつですっ!」
大慌てのシャルだけど、言葉通りなにか嫌なことが起こっている様子ではなさそうだし、大丈夫かな?
「えっと、なにか変なことがあったら遠慮なく言ってね?」
「は、はいっ!」
シャルは大きな声で頷いた後、
「……感覚の『共有』ってそう言う……」
小さくなにか言っているけど……まあ悪いことではなさそうだ。
シャルに気を取られていて撫でるのがおざなりになってしまっていた僕に、シトリーちゃんが『撫でれ』というように強く体を擦り付けてくる。
思わず苦笑が浮かんじゃうけど、要求通り頭を撫で続けた。
「えっと、シャル、シトリーちゃんのこれも?」
他の僕に懐いている精霊たちと同じやつなんだろうか。
「え、えっと。
………………は、はい、精霊にとって人間の……そ、その、お、想いがこもったモノに触れていると……気持ちいい?らしくて好きなんだそうです。
単に気持ちいいってだけじゃなくって、なんだろ?力?も湧いてくるんだとか」
色々教えてくれるっていう言葉通り、シトリーちゃんはきちんと細かく説明してくれているみたいだ。
ところどころ理解しきれていない部分もあるみたいだけど、それは有り様からして違う存在だし仕方ない。
しかし、なるほど、これで魔力がある人体の一部はともかく、物を要求してくることがある理由が分かった。
シトリーちゃんに色々話を聞いたら、論文の一つでも書けそうだな。
『役たった?役たった?』とでもいうかのように嬉しそうに見つめてくるシトリーちゃんの頭を撫で回した。
 




