30話 首輪
みんなが解散した後、久しぶりに一人でお風呂に入った。
一人で入るお風呂はのびのびと出来て静かだけど……寂しいな。
あまり長い間入っている気にもなれずにさっさと体を洗って出る。
もうみんなでワイワイ入るのに慣れてしまった。
お風呂から出たときにはもう誰の姿も無くなっていたけど、年長組はまだ本格的に寝るには早い時間のはずだ。
特にこの二人はいつも寝るのは一番最後なのでまだ部屋の中で起きているはずと思って、静かにリンとギルゥさんの部屋をノックする。
「ハイデス」
思った通りまだ起きててくれたみたいですぐにリンが迎え入れてくれる。
「王、ナニデス?
モウ ネル ジカン デス」
完全にプライベートな時間に押しかけちゃったせいか、絨毯の上に座るリンもギルゥさんも恥ずかしそうにモジモジしてる。
ちょっと申し訳なくなってくる。
けど出来るだけ早く渡したかったからなぁ。
というのも……。
「ちょっと渡したいものがあってね。
ところで、それ寝るときもつけてるの?」
まだ二人共つけたままでいる『それ』……首輪を指差す。
「ハイデス」
嬉しそうに頷くリン。
ギルゥさんもなんとなく意味がわかったのか少し恥ずかしそうに頷いてる。
リン、添い寝の時つけっぱなしで寝てるからもしかしてと思ってたけど、やっぱりつけたまま寝てるのか……。
「えっと……寝る時は外しても良いんだけど……」
「ヤデス」
結構真っ当なこと言ったつもりなんだけど、即答で拒否された。
まあ、お風呂の時以外外すのを嫌がるくらいだしなんとなく想像は出来てた。
一日中つけっぱなしじゃ首が赤くなるのも当然だ。
非常識な時間でも今日のうちに持ってきてよかった。
「それじゃ、首輪つけて寝るのはわかったから、その代わりと言うか今日からはこっちを付けてほしい」
そう言って向かいに座るリンとギルゥさんの前に新しい首輪の入った箱を置く。
「開けてみてよ」
大小2つの箱を見て不思議そうにしているリンとギルゥさんを促す。
リンがギルゥさんに通訳してくれたあと、二人同時に箱を開ける。
「ブレゼント。
今までのは動物用のの使い回しだったから、今度のは専用のやつだよ」
女の子に首輪を贈るとか、ちょっとどころじゃなく恥ずかしい。
「ハルト……♡」
すごい嬉しそうな様子で首輪を手に持ってまじろぎもせずに見ていたリンが、押さえきれないと言った様子で僕に抱きついてくる。
……途中で、ギルゥさんに服を引かれて止まった。
「…………ぎゃうぎゃぎゃうぎゃっぐぎゃ」
「ぎゃ、ぎゃう……ぎゃふ?……ぎゃ、ぎゃうぎゃふ?」
ちょっと不機嫌な様子になったリンと、珍しく明らかにオロオロしているギルゥさんがなにか話をしている。
どうしたんだろう?
「…………王、ギルゥ カクニン デス。
コレ、ギルゥ クビワ デス?」
『コレ』と言ってリンが指さしたのは、ギルゥさんの前に置かれた首輪だ。
「え?もちろんそうだけど」
華やかな感じのリンの首輪と違って、ギルゥさんの首輪は慎ましく清楚な感じだ。
ゲシャールさんは伝えたイメージを実に上手く表現してくれている。
「ぎゃう、ぎゃぎゃっうぎゃぎゃぐぎゃ」
「ぎゃっ!?ぎゃうっ!ぎゃぎゃあぎゃふぎゃっ!」
ほら言ったとおりだろうと少し呆れたような感じのリンにギルゥさんが慌てた様子でなにかを言っている。
これはあれだな、『こんな物いただけません』とかそう言うやつだな。
ギルゥさんの遠慮する気持ちも分からなくはないけど、流石にこのまま動物用の首輪をつけ続けてもらうのはこっちも心苦しい。
そう思って、首輪を持ってギルゥさんに押し付けるようにちょっと強引にもたせる。
それでも戸惑うように僕とリンの顔を交互に何度も見ていたから、ダメ押しとばかりにギルゥさんの手の上から手をかぶせて首輪を握らせる。
「これは、ギルゥさんの、首輪です」
そして、言い聞かせるように区切り区切りしっかりと言葉を発して微笑みかける。
言葉自体は伝わらなくても、雰囲気はだいたい察してくれるのはここしばらくの生活で分かってる。
ギルゥさんはしばらくさっき以上にオロオロしていたけど、最後には恥ずかしそうに、そしてそれ以上に嬉しそうに首輪を抱きしめた。
うんうん、似合うと思うし大事にしてくれると嬉しい。
受け取ってくれたギルゥさんを満足気に見ていたら、リンに服を引っ張られた。
「ん?どうしたの?リン」
「…………ハルト……イマノ アタシニモ ヤル デス」
へ?
なんか知らないけど、リンにも首輪を手渡しすることになった。
その後、二人の首に僕の手で首輪をつけた。
……何故か首輪をつけるときの二人が妙に色っぽく見えちゃって、大変だった。
「ドウデス?ニアウデス?」
リンが首輪を見せつけるように顎を上げる。
ギルゥさんも恥ずかしそうに首輪を撫でて、たぶん少しだけ見てもらおうとしている……と思う。
うん、二人共すごい似合っている。
今までのただの首輪とは比べ物にならないくらい可愛い。
ゲシャールさんの腕は確かなもので、装飾の施された首輪は一見ほんの少し無骨な雰囲気の混じった可愛いアクセサリーにしか見えない。
でも、そのかすかな無骨さのせいで知ってる人が見るとはっきりと首輪だと認識できる。
いやぁ、ゲシャールさん、本当にいい仕事してくれました。
これからもご贔屓にさせてもらおうと思う。
「それじゃ、こっちがそれの鍵になってるから。
無くさないようにね」
そう言って今まで半ば放置されていた小さい方の箱を二人の前に押し付ける。
リンはそれを不思議そうな顔で見ているけど……どうしたんだろう?
鍵っていう技術がゴブリン族にはないってわけじゃないと思うんだけど……。
実際、家や部屋の鍵は二人共普通に使いこなしている。
不思議そうな顔をしているリンがギルゥさんになにかいうと、ギルゥさんも不思議そうな顔になってそのままなにか話している。
そして、二人で頷き合うと……鍵の入った箱を僕の方に押し返してきた。
「コレ、ハルト、モツデス」
「え?いや、これないと首輪外せないんだけど……」
あれ?やっぱり、鍵の仕組み分かってない?
「ダカラ デス」
それじゃ僕にしか外せなくなっちゃう…………あ。
「は、はい……僕がしっかり持ってます……」
わ、分かりました、そう言う事なら大切に預からせていただきます。
って、あれ?
「ギルゥさんのも預かっちゃっていいの?」
鍵の箱はリンだけじゃなくってギルゥさんも押し返してきている。
不思議に思ってギルゥさんの顔を見ると、雰囲気が伝わったのか恥ずかしそうに頷いた。
え、えと……。
は、恥ずかしい……。




