SFショートショート・「タイムパラドックスなんて、なかったピヨ」
ついさっき、ウォーキングしながら思いついた小説ぴよ。
明治XX年。●●大学の某教授は、学生が復元した恐竜の化石のチェックをしていた。
「ふむ。あの男が入学して3年。当時はさえない青年だなと思ったものだが、なかなかどうして、これまで誰も着目しなかった採掘場で次々と新しい恐竜の化石を発見するわ、恐竜絶滅の原因について大胆な仮説を発表して注目を浴びるわ、こうやって、誰も手をつけられなかった複雑なパズルのような復元を成し遂げてしまうわで、私の職も奪われてしまいそうな勢いだなあ、はっはっは」
教授は、自分のために割り当てられた広い個室で一人、はははと笑った。
いや、一人のはずだった。
「教授、初めまして。そのご心配は、あながち杞憂とは言えませんぜ?」
「なに? だ、誰だ!」
教授は声のした窓の方を振り返った。その窓は黒いカーテンで閉じられているはずだが、何者かがその向こうから、立ち聞きしているのだと思った。だが、違った。カーテンのこちら側、部屋の中に、二人の白衣を着た男性が立っていたのだ。一人は長身でちょびヒゲを生やしており、もう一人は中肉中背の若いイケメンだ。
「誰だ君たちは! どうやって入った!」
そう、扉の鍵は閉めてあったはずだ。万が一閉め忘れていたとしても、建付けの悪い古い建物の木製のドアを、何の音もたてずに開けられるはずがないのだ。
長身の男がニヤニヤと笑いながら、教授の質問に答えた。
「入ったのではありません。時空を転移したのです。ふひひ」
「時空を、転移、だと?」
「はい、我々は2023年の、6月13日からタイムトラベルしてきた者です。教授、あなたの未来をあなたに伝えるために、ね」
ニヤニヤと笑うちょびヒゲの隣で、イケメンは無言で、もじもじと居心地悪そうにしている。
「タイム、トラベル? それに私の未来だと?」
「はい、あなたは10年後、その化石を復元した学生に、この大学を追放されるのです。あなたの学説を、彼に徹底的に論破され、すべてを失った後にね、いひひひ!」
「ぬ!」、教授は絶句した。
確かにその学生は、時折この教室で、教授が主張しているある学説への疑問を口にしていた。10年か、確かに10年あれば、奴がそれなりの地位を獲得し、私をこの大学から追放することも可能だろう。
教授の額から、嫌な汗が流れた。彼は言った。
「み、未来から来たと言ったな? その未来というのは、変えられないものなのかね?」
ちょびヒゲが、ぽんと手を打ってうれしそうに言った。
「教授! いいご質問です! このメガネをお付けください! あなたの未来を変えてくれるかもしれない、大ヒントをご覧に入れますよ!」
ちょびヒゲが、腰に付けたカバンから大きなVRゴーグルを取り出し、教授に差し出した。
「未来を変える、ヒント……」
一瞬疑わしそうな顔をした教授だったけれど、恐る恐る手を伸ばし、ゴーグルを受け取った。彼が頭にそれをセットすると、彼の眼前に、巨大な生きた恐竜が出現し、ぐおおお、と大きく吠えた。
「う、うわああああああ!」
教授はのけぞり、大きな机にもたれかかった。さきほどチェックしていた、復元したての恐竜の骨が、がしゃんと音を立てて砕けた。
教授が見ている恐竜は、彼の知っている恐竜ではなかった。それは巨大な爬虫類ではなく、ふっさふさのカラフルな色の毛におおわれた、巨大な鳥だった。
ガタガタと震える教授だったが、その光景に隠された「ヒント」に気づいた。そうか、そうだ! 体重の軽い鳥類ならば、いくら巨大化しても、自分の体重で押しつぶされることはない! 私の学説に足りていなかった最後のカギは、それだったのだ! やった、やったぞお、と教授はガッツポーズをして恐竜とともに吠えた。
「うおおおおおお! うおおおおおお! うおおおおおお!」
大興奮の教授の肩をぽんぽんと叩き、正気に戻そうとするちょびヒゲ。ゴーグルを外した教授は、はあはあと荒い息をしながら、うれしそうにちょびヒゲを見つめた。
「あ、ありがとう、これは確かに、未来を変える、とんでもない仮説だ、はあはあ」
「よかったですね教授。これであなたの未来での地位も安泰ですぜ」
「うむ。感謝する!」
がっちり握手をかわした教授とちょびヒゲ。その横で、困ったような顔をしているイケメン。
「では我々は未来へ帰ります。バックトゥーザフューチャーです。教授、ご武運を!」
「うむ!」
未来の時空へと「ドライブ」しながらイケメンはちょびヒゲに言った。
「博士……、さっきの映像って、NHKで放映されてた、子供向けの恐竜番組ですよね? 確か博士が先月録画してた……」
「そうだ。何か文句あるか?」
「文句がありすぎて、どれから言えばいいかわからないくらいですよ。著作権の問題もあるし、タイムパラドックスの問題だってあります。この後未来に戻って、我々の居場所があるか、そもそも我々が存在するかだって、怪しいのですよ?」
「その時はその時だ、心配するな! だから未来は面白いのだ。いひひ、いひひひひ!」
全くこの人は、頭は天才的にいいのだけど子供のような人だ。量子を使った時空間通信を発見したはいいものの、通信できるのはせいぜい200年前。恐竜絶滅の謎の答えを見ることは不可能とわかって子供のように大泣きして大暴れ。完成したばかりのタイムマシンを破壊しようとしたものだからあわてて麻酔銃で眠らせ、閉じ込めておいたのだけれど、タイムマシンを壊さない代わりにいいことを思い付いたのでだまされたと思って協力してくれと言われて、しょうがなく解放したのだけれど、結果、この始末。恐竜の時代までタイムトラベルできないのなら、可能な限りの過去にさかのぼり、最新の恐竜についての知識をその時代に与えることで、恐竜についての研究を加速させ、それを繰り返すことで、恐竜絶滅の謎にまで迫れるのではという、とんでもない考え。まあ、俺自身も過去を変えた場合に未来がどう変わるのかは興味あったのは確かなので、俺も共犯ということになっちまうんだろうな。
と、イケメンがあれこれ考えているうちに、元の時空に到達するまで体感時間であと数秒となった。
「さて! どんな未来が待ち受けているやら! 悪いことが起こってなければいいがなあ。タイムトラベルならぬ、タイムトラブルだな! うひひひひ!」
「うひひじゃないですよ、もう!」
転送が終了し、二人は現代に戻り、怪しい秘密研究所の2つのベッドの上で、目覚めた。
「戻れた……」
イケメンは、自分の両手を見て、ほっとした。
「博士、ご無事ですか?」
隣のベッドの上を見る。博士が寝ていたはずのベッドには、一匹の、小さいヒヨコがいて、小さな羽をぱたぱたさせながら、ぴよぴよと鳴いていた。
「えーー? なんでーーー!?」
よちよちと歩いていたヒヨコが、ぴたりと足をとめてイケメンを見つめた。瞬間、イケメンの頭の中に、博士が語りかけてきた。ヒヨコになってしまった博士が、テレパシーで語りかけているようだ。
『イケメン君。私はどうやら、ヒヨコに変身してしまったようだな。過去に戻って恐竜に関する学説を変化させ、人類の恐竜に関する認識を、爬虫類から鳥類へと変化させてしまったことへの、これが神からの報いなのかもしれないな。タイムパラドックスなど、はなから存在しなかったんだ。因果応報、罪と罰、目には目を歯には歯を、そんな宗教的な因果律だけが、この宇宙には存在したのだ。イケメン君、これは宇宙的大発見だぞ! ぴよぴよ! ぴよぴよぴよ!』
ヒヨコになってしまった自分の身を案じるよりも、宇宙の謎が一つ解けたことに大興奮し、ぱたぱたと羽を動かすヒヨコを見てかわいいなと思いながら、イケメンは、これで博士を閉じ込めやすくなったな、博士のための鳥小屋を用意しなければ、と考えていた。
(おわり)