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追憶の探偵  作者: 兎束作哉
第4章 追憶の探偵
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case18 ずっと一緒だ



「……ん」



 目が覚めた。

 まだ眠く、身体も重い。ソファで寝ていたためか、身体が硬く、俺は思いきって背伸びをした。ポキポキと音を立てて鳴る背中。辺りを見渡せばそこは、見慣れた光景が広がっていた。青暗い部屋にどこからか差し込む月の光。



「事務所……何で? いつ戻ってきたんだ?」



 そんな疑問を抱いたが、すぐに俺は思いだした。両手を握って開いて、それを繰り返しながら、先ほど起った出来事を思い出す。



(ああ、俺、死んだのか……)



 胸に手を当てれば傷跡はなく、服の穴もない。ただ、心臓の音は聞えなかった。

 あれは夢だったのだろうかと一瞬思ったが、それは違うと確信している自分がいる。何故なら、胸ポケットには穴の開いていない手帳が入っていたから。

 自分は死んだ。

 そう自覚して少し寂しさも感じた。神津の元にいけたんだからそれでいいじゃないかと言うのに、小林を置いてきてしまったこと、他に繋いだ縁、例えば時雨とか。置いてきてしまった人のこと、色々と後悔した。きっと神津もこんな気持ちだったんだろうなと俺は想像しつつ、顔を一掃する。


 自分で選んだ道なのに、少し後悔している。

 情けない。


 それに、先ほどから何か足りない気がするのだ。俺は立ち上がり、事務所内を歩こうと一歩踏み出すと、どこからかピアノの音が聞えてきた。



「神津……」



 俺は、導かれるようにそのピアノの音を辿りながらあのグランドピアノが置いてある部屋へ向かって足を進めた。

 艶のあるグランドピアノに、白い月明かりが反射しその美しさをよりいっそ引き立て、そこに座っている人物さえも美しく見せる。


 ショパンのノクターンOp.9-2――――


 『夜想曲』夜を想う曲と直訳すればなるノクターン、前も1度神津はそれを弾いていた気がした。

 その曲は、ゆったりとしていて、眠気を誘う、でも繊細で美しい曲だった。神津が弾いているからだろうか。彼は、俺がドアを開けたことに気付いてないのか演奏を続けていた。声をかけるタイミングが分からず一歩前に出ると、ギシィと床が軋む音が響いた。その音を拾いあげて、神津はピタリと演奏を止め、こちらを振返るとその若竹色の瞳を激しく揺らした。



「春……ちゃん?」

「……よっ、神津」



 俺が片手を上げて挨拶すると、彼は信じられないものを見たかのように口元を手で覆う。



「なんつー顔してんだ」

「春、ちゃん……何で」



 そう言いながら、立ち上がり俺の方へふらふらとした足取りで近付いてくる神津。

 そうして、俺の元にたどり着くとふわりとその両手を広げて俺を抱きしめた。死後なのに、温かさを感じるのは何でだろうか。神津は、俺の肩に頭を預けると震えた声で呟く。

 彼の目からは涙が流れており、俺はその涙が頬に落ちてくるのを感じながらその背中に腕を回した。



「何で春ちゃんが、どうして春ちゃんがここにいるの?」

「そりゃあ……」



 死んだからだ。何て口には出来なかった。あっちも気づいているだろうが、それを言えば神津を悲しませると思ったから。仇を討つとか一人で走ってそして、死んだ恋人なんて見たくないだろう。



「お前に会うため」

「早すぎるよ」

「…………俺、あの空白の十年間より長く感じたぞ。お前がいなくなった半年の間」



 俺はそう言って、ポンポンと神津の背を叩けば、神津の嗚咽が聞こえた。泣いてくれるのだろうか、それとも呆れられるのだろうか。そう思いながら、ゆっくりと神津から離れると、彼は涙で揺れている若竹色の瞳を向けた。そんな顔をされるとこっちまで泣きたくなってくる。



「仇とか、うたなくてよかったのに。春ちゃんにはもっと生きていて欲しかったのに」

「悪ぃ…………」

「春ちゃん」

「……やっぱ、お前がいないのは耐えられねえよ」



 神津がいない寂しさを埋めるものはあっちにはなかった。

 大切な弟子がいたとしても、約束をした少年がいたとしても、これからも関わっていきたいと思った家族がいたとしても。

 俺には神津しかいなかった。すげえ、感じ悪い人間に思われるかも知れないけど。約束を破りまくったから。神津は、一度息を大きく吐きだすと、その瞳に涙を浮かべたまま俺の頬に手を当てる。温かくて気持ちが良い。この温もりをずっと求めていた。



「俺頑張ったんだぞ。お前の存在があんなにでかかったなんて、言いたいこと、伝えたいこと一杯あったのに、俺は何も言えずにいた。お前が好きだったんだ。なあ、褒めてくれよ」

「うん、頑張ったね。春ちゃん」

「恭……」



 俺は、その言葉を聞くと安心感からか、これまで耐えてきたものが決壊し、ぽろぽろと涙があふれ出た。



「もう、春ちゃん泣かないで。可愛い顔が台無しだよ」

「……泣いてねえ」



 泣いてるって。と神津に指摘されながら俺は頬に当てられている神津の手に自分の手を重ねる。

 温かい。生きている時と同じ温かさだ。

 すると、神津は、優しく微笑みながら、そっと俺の目尻に溜まっている涙を指先で拭う。

 その仕草が、何だか懐かしくて愛おしい。


 ああ、やっぱり好きだ。


 俺は、神津の胸倉を掴むと思いっきり引き寄せて唇を重ねた。



「……ははっ、積極的な春ちゃん」

「俺、お前に伝えたいことがあったんだ……」



 そう言うと、神津は再びその瞳を揺らした。

 今、伝えなければきっと後悔する。ううん、今だからこそ言えるのだと思う。

 だから、俺は、あの時飲み込んでしまった言葉を口にした。



「恭、愛してる」



 そういえば、神津は驚いたように瞳を揺らすと、フッと微笑んだ。



「僕もだよ、春ちゃん。愛してる……お疲れ様」



 神津がそう言ったのを合図に、俺たちはもう一度唇を重ねた。


 これからは、ずっと一緒だ――――。




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