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追憶の探偵  作者: 兎束作哉
第3章 音楽を捨てた探偵
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case04 空っぽだ



「何を弾くんだ?」



 神津が椅子に座ったのを見計らって俺は声をかけた。すると、神津は鍵盤蓋を開けて、少し考えるようにしてから、指を置いた。



「春ちゃんは何がいい?」



と、神津は悪戯っ子のように笑いながら俺に尋ねた。


 俺が音楽に疎いのを知っていて、聞くとは趣味が悪い。と俺は楽器屋の中を見渡し置いてあった一冊の本に書かれたある作曲家の名前を口にする。



「ショパンの……何か」

「何かって何?」



 そう言いつつも、神津は「分かった、ショパンね」と言うと大きく深呼吸をした。

 神津は元々プロのピアニストだったし、コンサートや本番ではないと言えルーティーンやらピアノを弾く前に心を落ち着かせる何かがあるのだろうと、俺は黙って神津の様子を見守った。

 そういえば、弾き始めから神津の曲を聴くのはこれが初めてかも知れないと俺も少し食い入るように見てしまう。


 神津はゆっくりと手を上げ、そして静かに下ろした。その瞬間、空気が変わった気がした。



 ダ――――ンッ!



と、低い音が鳴り響く。その音を合図に、神津の演奏が始まった。


 その演奏はまるで嵐のような、荒れ狂う海の中に放り込まれたような感覚に陥る。それ程までに激しい演奏だった。

 こんなにも感情的な表現が出来るのかと驚くと共に、何処かで聞いたことのある曲だと全く音楽に関心のない頭の中からひねり出そうとしていると、コソッと店員が耳打ちで教えてくれた。



「これはショパンの有名な幻想即興曲ですよ」



と、言われれば確かにそんな名前だったような気がすると、俺は神津に視線を戻した。


 俺の前で弾く時と全く雰囲気が違うなと、あんな神津見たことがないと思った。



(俺の知らない、神津……)



 今の神津を見ているのは辛いと俺は目を細める。耳には絶えず彼の奏でる音楽が入ってくるが、その音はどこか遠く感じた。

 毎日ではないが、頻繁に事務所のグランドピアノで弾いているが、俺はそれを目の前で聞いていたわけでもなければ、神津が弾き始めたところも見たことが無い。ふらっとピアノの前に立って、いつの間にか曲が終わっているそんな感じだった。


 幽霊みたいな。神津が奏でる音は儚くて、空っぽだ。



 それから暫くして、曲が終わる。


 すると、大きな拍手があちこちから響いた。周りを見れば、いつの間にか人が集まってきており、皆一様に感動した様子で、神津に惜しみ無い賛辞を送っていた。

 鍵盤から指をゆっくりと離し、鍵盤蓋を閉めると、神津は俺たちの方を見た。彼もいつの間にか集まっていた人達に驚いているようで目を丸くしていた。だが、数年前まではもっとデカいコンサート会場で演奏していて、もっと人が来ていただろうと、そこまで驚くような事ではないと俺はため息をつく。


 けれど、神津は本気で何で? と言ったように眉間に皺を寄せると椅子から立ち上がった。



「素晴らしかったです。神津さん。やはり聞き慣れた名曲でも、神津さんが弾くとまた違いますね」



と、先ほどの店員が神津に近寄り周りの奴らと同じく拍手を送った。


 神津はどうも晴れないような顔をしていて、俺の方をちらりと見た。



「あれ、神津恭じゃね?」

「あの天才ピアニストの?」

「すげえ、写真撮らなきゃ」

「動画アップロードして良いのかな?」



 などと、周りの人達は口々に呟く。神津には人の数と同じカメラのレンズが向けられ、神津は顔を引きつらせた。

 まあ、さっきも神津が言ったとおり元とは言えプロの演奏だったんだ。ただで聞いて、ただでネットに上げるなどマナー違反だろうと、俺は周りの奴らを制止しようと思った。だが、それよりも早く俺の方に神津がぶつかるようにして歩いてくると、俺の腕を掴み人混みをわって歩き出した。



「お、おい、神津どうしたんだよ」

「春ちゃん黙って」

「は?」



 何も答えてくれない、顔も合わせてくれない神津にイライラとしつつも、手を振りほどける状況ではなかったため、俺は彼に引っ張られるまま家電量販店の外へ出た。

 その間も、神津は一言も喋らなかった。



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