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追憶の探偵  作者: 兎束作哉
第1章 売れない探偵
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case11 特別に感じるもの



「お前の事」

「うん、僕のこと。春ちゃんは知りたくないのかなーって。ほら、春ちゃんってたまに不干渉なところあるじゃん。踏み込んじゃいけないって思って遠慮しているのか、本当に興味がないのか」



と、神津は言うと「ね?」と笑う。


 顔は笑っているはずなのに、何処か悲しそうで寂しそうで俺は口を開けたまま少しの間見つめていた。



(神津の事……恭の事知りたいに決まっている。でも、それには対価が必要だろう。彼奴が素直に教えてくれるはずがない)



 そう、自分の中でストップをかけて、俺は口を閉じた。

 知りたくないわけではない。寧ろ知りたいし、十年分を才能を投げてでも俺の隣にいたかったのかとか、神津にとって俺はどういう存在なのか、本人の口から嘘偽りなく聞きたい。本気で俺を好きでいてくれているのだとか、何処が好きなのだとか。


 俺は恭の事がよく分からない。


 だが、彼のことを知って俺の事を神津にさらけ出せるかといえばまた違う。



「後者じゃなければいいって思ってる」

「…………」

「僕は春ちゃんのこと知りたいし、僕のこと知ってもらいたいって思ってる」 



 そう言った神津の声は震えていた。

 俺はそんな声を聞いて胸が締め付けられるような感覚を覚えた。



(ああ、もう……どうして、此奴は……)



 それでも言う勇気が出なかった俺は口を閉じたまま言葉が出ることはなかった。

 神津自ら俺の事を知りたいといってくれて、知って欲しいと言ってくれているのに答えられないのは何故なのだろうか。二年前のことを話したらどうなるのか、もしかしたらそれが怖くて神津に話せないのかも知れない。いや、十年間の事、全て話したら神津に引かれてしまうかも知れないからか。

 重たい空気が流れ始めたのを察した神津は、パンッと手を叩いて空気を一掃するかのように笑顔を俺に向けた。



「そうだ、春ちゃん。今日の初デート記念に写真撮ろうよ」

「はあ? 今か? そういうのって、デート場所とかで撮るもんじゃねえのかよ」

「細かいことは良いの」



と、神津は立ち上がって俺の方に歩いてきた。俺は頑に足を開いたまま隣に座ろうとしている神津を押しのけようとしたが、意外と力のある神津には勝てず「足閉じようねー」と追いやられてしまった。



「狭い」

「狭いぐらいじゃないと、カメラに収まんないじゃん」

「はみ出てても良いだろ」

「え~印刷して手帳に挟もうかと思ったのに」



 そう言って神津は俺の目の前に立ち、スマホの画面を俺に向ける。

 そして、俺が顔を背ける前にパシャリとシャッター音が聞こえた。



「今撮ったのか?」

「うん。でも、次は笑ってね~本番次だから」

「お、おう」



 そう言われると途端に身構えてしまう。表情の固まってしまった俺を見てか、神津は脇腹をつついた。そこは俺の弱いポイントでもあり身体を捻る。



「おい、ぶれるだろ」

「う~ん、でも春ちゃん表情かっちかちだから、和らげようと思って」

「他の方法探せ」



 そう言えば、神津は分かったと言うように、はいはいと返事をした。何処か面倒くさそうな言い方に、時分から言い出したくせにと思いつつ、二人で写真を撮ったのはいつだったかとぼんやり思い出していた。

 ツーショットなんて小学生以来ではないだろうか。神津が帰ってきた二年間色々と忙しいのもあって、恋人の関係に収まってからデートしたのも今日が初めてで、写真を撮るなんて本当にそれこそ十年ぶりだった。写真は苦手だった。



「まあ、普通でいっか。じゃあいくよ、初デート記念! はい、チーズ」



 そういって神津は再びシャッターを切る。今度はちゃんと笑えた気がしたが自信はない。 

 そういえば、この前見た映画か本かに出てきた台詞があった。確か、写真は真実を切り取ってくれるものだったか。

 撮った写真を、神津は慣れた手つきで俺のスマホに送ると奥にあるプリンターの方へといってしまった。俺は自分のスマホを取り出して、送られてきた写真を確認する。

 やはり、ぎこちない笑顔の俺がそこにはうつっていた。それでも、何処か幸せそうで満足げに笑う俺を見て、神津といるときの俺はこんな顔をしているのかと実感させられた。

 すると、神津が戻ってきた。手には何枚かの写真を持っていて、俺の前に一枚差し出してきた。それは先程撮られたもので、仕事が早いと思いつつ、サイズが小さいその写真と神津を交互に見る。



「ほら、さっき言ったじゃん。手帳に入るサイズにするーって。あの手帳ポケットあったから、そこに挟もうよ」

「んなツーショット恥ずかしくて挟めるわけねえだろ」

「誰が見るわけでもないんだし良いじゃん」

「……落としたら」



と、言うと神津は「え?」と目を丸くした。どういう反応なのかと睨んでやれば、神津は酷いなとでも言うように目を細めた。



「僕のプレゼント落としちゃうっていうの?」

「そういうわけじゃ、ねえけど……」

「なら大丈夫だって。その写真見るのは、僕と春ちゃんだけでいいんだから」



 だからね? と、写真を押しつけてくる神津。

 受け取らない選択肢はなく、俺は少しくしゃっとまがってしまった写真を改めて神津からプレゼントしてもらった手帳のポッケへ収めた。確かにいいサイズだ。俺はそう思った途端恥ずかしくなって、手帳を胸ポケットへとしまう。それを見て神津は嬉しそうに笑っていた。



「何だよ、ニヤニヤ笑って」

「うん?いや、その手帳が、写真がね春ちゃんの心臓に近い位置にあるのが何だか嬉しくって」

「何だそりゃ」

「僕との思い出を一番近くで感じられるって事じゃん。温もりも思い出も……そう思うと、ただの写真も手帳も特別に感じない?」



 そう、訳の分からないことを言う神津に俺はため息をつく。そして、呆れたて首を横に振ってやった。そんな俺をみても尚、神津は楽しげに微笑んでいた。



「まっ、そういうことだから。大事にしてね」

「……おう」



 いい子。と子供扱いするように頭を撫でた神津の手を、俺は鬱陶しくて払った。




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