エルフと人のジェネレーションギャップ
「なーにやっとるんだお前さんは」
「むむむむー」
レオパルドの世話を終えてやってきた店主が見たのは、高貴……なはずのエルフが、バケツからぬるま湯を直飲みしている光景だった。
「ぷはっ。ほーらほらほら、安全なお湯だぞ〜、飲んでごらん?」
「ブルルッ……」
顔面からぬるま湯に突っ込んでいたレミィは、バケツを馬に差し出す。馬がお湯を飲まないのは、馬にとって得体の知れないものだからだと思っていたのだ。
自ら毒見をしてみせた彼女に、馬も胡乱な目を向けながらも喉の渇きには抗えずにそっと口をつける。
「……落ち着いたかあ?」
「おお、店主。いつからいたんだ? 今落ち着いたところだ」
「さっきだよ。それはよかった」
エルフのマイペースさについて、店主は突っ込むことをやめた。
「手伝うぜ。ひでぇ体だな……」
「手伝ってくれるならありがたい。このあとお湯で水浴びさせてやるつもりだよ。股のあたりを冷水で少し冷やして、お湯で汗を洗い流して、乾かしてやらないとね。お腹を壊してしまう」
「そうさなあ、馬は腹を壊したら命取りだもんなぁ」
「ああ、だから店主は股のあたりの太い血管を冷やしてやってくれるかな? 私は魔法でお湯をかける」
「は? あ、いや」
早口で捲し立てるように言ったエルフは、さっそくとばかりに先ほどと同じく三つの多重魔法陣を構築していく。
火。
風。
そして、水。
大きな魔法陣が馬の上に展開され、馬がたじろぐようにして足踏みをする。
「ちょっ、待て待て待て待てーい!!」
店主の声がかかり、魔法陣は一瞬で粉々になって消え去った。
光のエフェクトがキラキラと辺りを舞って美しいが、それを見て馬は目をひん剥いてドン引きしている。
「なんだ?」
「いや、なんだ? って。あんた、まさかそのバケツの水も魔法でやったのか?」
「そうだが……いやしかし、驚いたな。治癒香で何度か回復魔法を施していたから、慣れていると思っていたんだがびっくりされてしまう」
「いやだからさ、お前、後ろ見ろ! 後ろを!」
「ん?」
レミィは怪訝な顔で洗い場の後ろへ視線を向ける。
「ほら、そこに給湯魔導具あるだろーが! お湯はホースで出るっつーの!」
「……」
「……」
「……」
一瞬、その言葉を飲み込めなかったらしい彼女は沈黙する。
「ああ! 文明の利器だな!」
「も、もしかして知らねーのか……?」
「いや、旅の間はほとんど魔法で済ませているから、すっかりと忘れていた! そういえば、そんな便利なものもできたなあ!」
まさかの回答に、エルフというものは魔道具も知らないのかと驚きかけた店主は、彼女の能天気なさらなる回答にガックリと肩を落とすのだった。