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銀髪エルフの挑戦者

 女……レミィは現場に近くなるにつれて、だんだんと機嫌を悪くしていった。


 当たり前だ。馬が買えると思って向かっていく先から、ひどく興奮して荒々しく、しかし徐々に弱っていく馬の叫び声が聞こえてくるのだから。


 彼女の馬好きっぷりはどんなにデメリットを提示されても、どんなにこちらの騎獣のほうがいいと紹介されても、決して頷かなかった筋金入りだ。そんな彼女が、馬が虐げられている現場に怒らないわけがない。


 レミィは馬が好きである。

 年齢が百に到達し、死にかけたところを馬に乗ったエルフの女性に助けられてから、ずうっと馬の魅力に取り憑かれて数百年を生きてきた女だ。


 それゆえか、彼女はどんな馬なのかを見ることすらなく「買う」ことを決意していた。


 街道の端、開けた場所で恰幅の良い男が真っ黒な美しい馬に蹴り飛ばされていく場面を見ても、彼女の意思は揺らがない。


 むしろ彼女は、その美しい毛並みに目を奪われ、躍動する姿に魅せられ、いじめられながらも逞しく、強い光を宿した瞳に惹かれていた。


 まるで運命の相手を見つけたような乙女の表情で、しばしうっとりと眺めてから歩みを再開する。


 誰にも気づかれることのないように気配を消し、人波をかきわけてレミィはその先頭へと、静かに進み出ていく。


「本当にもう挑戦者はいないのかー!? なら……」

「私がやろう」


 いっさい気がつくことのなかった男達が、突如中心に現れたレミィに注目を集める。しかし男達の表情はどれも、美しい彼女に見惚れる者から下卑た笑みを浮かべる者、馬鹿にするように笑う者と……決していい意味のものは存在しない。


「嬢ちゃんがかあ? いっくらエルフといえども……いや、か弱いエルフだからこそ、無理があるってもんじゃねーか? ぎゃはははは!」


 それは仕切っていた男も例外ではない。

 レミィを品定めするように眺め、最初からできないと決めつけ馬鹿にしている。そのうえ、エルフという種族すらも馬鹿にするような態度だ。しかし、レミィは涼しい顔でそれを受け流す。


「私は騎獣としての馬を買いにきたんだ。先ほどの言葉は聞いていた。その馬、処分してしまうんだろう? 私が『ロデオ』で優勝したら、そのときは譲ってくれないだろうか?」

「ほーう、買い手? しかも家畜としてじゃなくて騎獣としてときたか! ハッハッー笑えるね! 乗りもんが欲しいんなら俺に跨ってくれよ!!」


 大男が言うと、ドッと周囲で笑いが起きる。

 だが、レミィは気にした風もなく、むしろ真顔で首を傾げた。


「なにを言っているんだ。人間は騎獣には向かないだろう。被虐趣味は人の自由だが……」


 むしろ大男を憐れむような言いように、取り巻きの一部がぷっと笑いをこぼしそうになり、大男にギロリと睨みつけられる。


「それで? 挑戦するのになにか事前金のようなものは必要かな?」

「いや、いい! できるもんならやってみろってもんだ!! だが、そうだな……三分以上乗っていられないようなら、あんたの体で俺達の手間代を払ってもらおうか!」

「構わない。一つの街で働いて金を稼ぐことも、まああるし」


 違う、そうじゃない。

 馬を売っている一団の思考は今、ひとつにまとまっていた。


 荒くれ者揃いの彼らの中でこれは非常に珍しいことで、リーダーの作ったスコーンが真っ黒な炭となって出てきたとき以来の快挙だった。


 ……快挙だろうか? 


「ハンッ、エルフなのに随分と純粋なこって。それとも処女の振りか? ああ?」

「ユニコーンになら乗れるぞ。しかしあれはいけない。大人しく乗せてはくれるものの、老いを和らげる血を求める冒険者に死ぬほど追いかけられるからな」


 彼女はいっそ見事なまでに、一団のリーダーの言葉の意味をスルーしていた。一団の下っ端はこれに少しだけ感心している様子だ。横暴なリーダーの煽り文句も全て封殺して怒りを誘発しているレミィの手際は鮮やかである。

 それが意識的なものか、無意識なのかは置いておいて。


「ッチ」


 根負けしたのは、やはり男のほうだった。

 レミィは最初から最後まで涼しい顔で、疲れ切った馬をただただ見つめているばかりである。


 縄で押さえつけられ、催眠魔法がかかって半分目を閉じそうになっている黒い……美しい青毛の馬は、汗だくのまま膝をついている。そのまま鞍の近くにでも台を置けば子供でも乗れそうだ。


「ちょっといいかな。手綱を貸してくれ」

「あ? 乗るまで押さえてなくていいのかよ」

「構わない」


 レミィは押さえつけている集団の中の、馬の口に嵌められているハミと、そこから繋がる手綱を押さえている人間に声をかけて手綱を受け取る。


 それから、無言で青毛の馬に向かって手をかざし、「治癒香(アルマ)」と呪文を唱えた。馬が緑色の神聖な光に包まれて、カッと目を見開く。


「ちょっ、お前なにしてんだ!? そんなことしたら乗れねぇだろうが!!」

「問題ない」


 鼻息を荒くした馬が立ち上がり、まだ腹付近にいる人間数人を横蹴りで吹っ飛ばし、頭付近で催眠魔法をかける役だった男は強かに噛みつかれてそのまま投げ飛ばされた。

 その騒動の中で、手綱を掴んでいたレミィももちろん馬に勢いよく噛みつかれたが……。


「……ほう、なるほど。まあそれに関しては後回しにしようか」


 むしろ馬の口に噛まれた手を押し込むようにして驚かせ、馬が手を離した隙にその場から跳躍。


 彼女は見事、台もなにも使用せずにこの馬に飛び乗っていたのだった。


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