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馬好きのエルフ

 先ほどの場面から時は少し遡る。


「馬ぁ!? ふざけてんのかいあんた!」


 街の外へ続く東門付近の大きな店から、突然店主の怒鳴り声が響き渡る。

 それに驚いた鳥がいっせいに飛び立っていった。


 街行く人間の幾人かは、なにごとかと『王都印・騎獣の雛店』をチラリと覗き、その哀れな被害者に見惚れた。


 大声の主と目の前で話していたと思われる、銀髪で耳の長い――美しいエルフの女性は「キーーン」と響いたその声に驚いて、思わず耳を塞いでしまっている。きゅっと目を閉じて怯えているように見える、その姿を見たのである。


 だが、彼女の態度が気に障ったのか、店主の男はギロリと彼女を睨みつける。ついでとばかりに店主が外にも顔を向けると、睨みつけられた野次馬はそのあまりの剣幕にそそくさとその場を後にしていく。


 しかし、エルフのほうはそんな流れも気にせず、至極真面目そうな顔になって首を傾げた。


「……いや、ふざけてはいないよ」


 少し低めの落ち着いた声で、子供を(さと)すように柔和な笑みを浮かべたエルフに、なおも店主は怒りを駆り立てられたようで眉を跳ね上げる。


「あのねぇ! ここは冒険者用の騎獣を売る店だよ! 家畜が欲しいんなら他所(よそ)に行ってくれ!」

「家畜としての馬が欲しいわけではない。ちゃんと騎獣として欲しいんだよ」


 困ったように笑うエルフに、店主は怒りに震えていたが、しかしやがて一周回って落ち着いてしまったらしく、深く深く溜め息を吐いた。この女にはなにを言っても無駄だと気がついてしまったのだ。


「騎獣……騎獣としてねぇ……あんた、エルフなんだから別にお若いわけじゃないだろう? 馬が騎獣として需要がないことくらい知っているんじゃないか?」


 年齢に触れた店主の言葉も意に介さず、エルフの女は首を振る。

 彼女は知っていて、馬を買い求めているのだ。

 店主はしかめっ面をして女を見る。そして、説得するように言葉を絞り出した。


「あー、ヒッポグリフとかでもダメなのかい? 空を飛べる馬に似た魔物だし、お気に召すんじゃないかと思うが」


 そう、世界にはグリフォンも、ドラゴンも、ヒッポグリフも、ユニコーンも、騎獣として丈夫で逞しく、強い魔物はいくらでもいるのだ。

 馬は、それらと比べれば安価であり、多少扱いやすい程度。体の丈夫な魔物に比べれば脆弱そのものである馬を、冒険者や旅の者が連れ回すというのは、デメリットのほうがはるかに大きい。


「ほら、このヒッポグリフの子供とか可愛いだろう?」

「……」


 店主によってカゴから抱き上げられたヒッポグリフの子供と、エルフの目が合う。きゅるんとした丸い瞳に見つめられ、エルフは頬を染めつつもぐっと歯噛みした。


 伸ばしかけた手はきゅっと胸の前で組まれている。

 しばらく沈黙していた銀髪のエルフは、静かに首を振った。


「私は昔から馬が好きでね。騎獣として使うなら馬一筋と決めているのさ」

「……そうかい、エルフってのは頑固だっていうのは本当のようだ」


 苦笑しながらも根負けしたのは、店主のほうだった。


「だが、うちは馬を扱っていないよ。馬がほしいなら、この街の西門辺りで、騎獣の馬を扱う調教師どもの一団が来ているらしいから行ってみるといい。ただし、気をつけてな」

「……? 気をつけるとは?」


 馬を扱っていないという言葉に一瞬落ち込む様子を見せたエルフは、馬が買えるかもしれない情報にパッと表情を明るくして、また疑問げに首を傾げる。


 くるくると素直に変わっていく表情に、純粋そうな女だと判断したのだろう。店主の表情は先ほどの怒りようが嘘のようになりを潜め、心配げにしている。


「なんでもよぉ、そいつらはとんでもねぇ暴れ馬を連れてるらしくてね。こんな癖馬は売れねぇってことで、肉にして処分しちまう前に『一番長く乗っていられた奴に賞金』って感じで最後の一儲けをしているらしい。あんた言われれば買っちまいそうだからさあ、そんな変なのを買わされないように気をつけなってことだよ」

「ふむ、なるほど……おもしろそうだね。耳寄りな情報をありがとう、店主」

「話聞いてたか!?」


 親切心で忠告した店主を丸ごと無視して、このマイペースなエルフは踵を返そうとして……。


「あたっ!?」


 閉まっているガラス張りの扉にぶつかった。


「……」

「……」


 店主はその様子を微妙そうな顔で眺めている。二人の間に、なんとも言えない沈黙が落ちた。


「すまない、目標に盲目になっていたようだ。ここら辺の近くにあるのが東門だったな? ちょうど真向かいへ進めばいいと見える……ふむ、それでは店主、情報をありがとう!」


 そして、なにごともなかったようにエルフの女性はガラス扉を押し開けようとして失敗し、ようやく扉を内側に引いて外へ出た。


 銀髪をかき分けるように突き出している長い耳は、羞恥のためかほんのりと赤く色づいている。


「お、おう……頑張れよ」


 返答に困りつつ、店主はそれを見送った。


 彼女が目指すのは店主の話にあった、癖馬のロデオを行なっているだろう場所だ。


 急ぎ足で歩を進める彼女に、一人置いていかれた店主は途方に暮れたように「大丈夫か? あの子」と言って……ゆっくりと店の扉を閉める。


「……いったん、商品の入れ替えをするかね」


 店主が腕の中に視線を落とすと、グリフォンの子供はまんまるの瞳を彼へ向け、クチバシをパクパクと開閉している。


 店頭に出していたこのグリフォンの子供は、すでに何時間も商品として店に置いていることになる。そろそろ店の裏にある大型厩舎で、別の生き物と交代させて餌をやらねばならない時間なのだ。


「なにごともなけりゃあ、いいが……」


 店主はそう言って、外に面した扉に背を向けた。



 ……

 …………

 ………………



「騎獣の種類でこれほどに格差があるというのは、不思議なものだな……それくらいで狩りの腕が鈍るほうが悪いだろうに」


 一人、女が歩む。

 行く先は野次と罵倒が飛び交う喧騒の中。石畳の上を荒々しくタップダンスするように、軽快な音で踏み鳴らす(ひづめ)の音の主のところだ。


 その先に、自身の求めるものがあると確信して。

 暴れ馬のいるだろうところへ歩む女のエルフ――『レミィ』に、迷いはない。


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