デスゲーム開始直後にカップル成立するやつ
錬金至宝『賢者の石』、そして稀少素材『生命の泉』。
賢者の石は所謂制御装置であり、最新鋭科学のコンピュータと錬金技術が融合することにより再現可能……そして神代の存在でありもうすでに枯れたとされる生命の泉の水も、人間の寿命を液体として採取することで同じものを入手可能だ。
ある天才マッドアルケミストの手にそれは揃い、そして実験が開始された。
そして俺は不死になった。
かくして、デスゲームが始まった。
「よし、とりあえず3年2組は全員集まってるな……じゃあルール確認をしよう」
体育館二階格闘競技場の中を見渡して、俺はそう言った。
ここにいる生徒は息を切らしている者ばかりだった。困惑した表情で、どこか打ち身をしたらしい人も少なからず見られる。デスゲーム開始直後の混乱の中で人の波にもまれた結果だろう。
危機的な状況だからこそか、雑話は少ないようだった。
しかし一人の男子生徒が俺に向かって悪態をつく。
「なんだよ、ミツ! なんでお前が仕切ってんだよ!」
「そうだな。なんでだろうな」
心底なんでなんだろうなと思いながらしみじみ頷く。
「ああ!? お前舐めてんのか!」
「いや……まあ、仕切り役は俺じゃない方がいいか」
その男子生徒以外にも、俺が仕切ろうとすることに不安そうな人は一定数いるようだった。俺が仕切られる側だったとしたら仕切り役が俺というのは中々に問題があるように思えてしまうし、まあしょうがないことだろう。
代役は誰がいいかと、場の中を見渡す。
ぱっと目に入ってきたのは一番息を切らしているうちのクラスの副担任である玉治先生だった。女子生徒から背中をさすられて息を整えようと頑張っているところだった。
若くて容姿もよいため生徒人気の高い彼女に仕切り役の矢面を任せたかったけれど、あの調子では無理そうだ。代わりとしてクラス委員長の相深さんを手招きして呼ぶ。
相深華寿誇……通称ミコちゃんは、成績優秀な女子生徒だ。よく通る声をしていて、混乱している場を治めるには適任だろう。仕事もできるし理解力も高いから、このデスゲームにも適応してくれるだろうと期待したい。
相深さんは不安そうに困り眉をして、抑えた声で俺に聞く。
「なに? ミツ君。ルール説明って……」
「委員長の方がよく聞いてたでしょ。ルール説明が始まった瞬間メモ帳取り出してたじゃん……俺も周りを気にしてたからさ、パニックになってた皆ほどじゃないけど完全にはルールを把握してないんだよ」
「そういうこと……」
相深さんは呆れたように息を吐く。
ルールを把握していないというのは相深さんにやろうとしてもらうための方便だったけど、うまく行ったようだ。相深さんがルール説明の時に真っ先にメモ帳を取り出していたのは本当だから、信用もできるはずだ。
相深さんは俺の肩を軽く小突いて、
「ルール説明の後はどうすんの。私まかせ?」
「いやその時また委員長に指示を出すよ」
「そ……あ、後さ、ミコでいいよ。こんなときだし」
そう言うと相深さんは俺をどかしてみんなの前に立つ。相深さんが姿勢よく立って息を吸うと、場の全員がそれに反応した。
「起立‼」
皆一同に、硬直したように立ち上がる。
「休め‼ ……礼! 各々楽な姿勢で、着席‼」
相深さんの言葉が空気を支配して、ほとんど全員が言葉の通りに動いた。相深さんだけが立っているようになった時、一堂に顔に浮かんでいたのは困惑ではなく緊張へと入れ替わっていた。
張り詰めた氷のような空気の中、よく通る声で相深さんは喋る。
「それではこれより、ルール説明を始めます」
俺が相深さんに説明を任せたことが正解だったと確信して、相深さんの説明に間違いがないか耳を傾ける。
『ルールには主となる三つの柱があります。
第一に、『首輪』か『証明書』を得ることでクリアとなる事。
第二に、ゲームが行われている範囲内には『売り場』が三つある事。
第三に、『怪物』を倒すと『金貨』やアイテムが手に入ることがある事。
基本的には『怪物』を倒して『金貨』を集めることで『売り場』からの『首輪』もしくは『証明書』を手に入れる、という流れになります。ただしこれだけではクリアが非常に困難です。
そのため救済ルールが用意されています。
怪物を倒さなくても金貨やアイテムが落ちていることがあるので、それを拾うことで有利にゲームを勧められるようになります。またゲームのルール上では、金貨を手に入れた他人を傷つけ奪うことでも金貨を集めることは可能です。』
「……以上がマッドアルケミスト狂気くん(自称)が提示したルールです。質問があれば挙手をしてください」
相深さんがそう言ったが、手を上げるものは見当たらなかった。俺が手を上げて質問する。
「『売り場』はどこですか」
「購買・第二校舎四階・校門の三か所にあるそうです」
「アイテムの価格は?」
「『首輪』『証明書』共に金貨十枚、それ以外は不明です」
頭の中の情報を整理して、それ以外に言っておくことがあっただろうかと考える。とりあえずは浮かばなかったので俺は質問を止めにした。「以上です」と、相深さんに伝える。
「質問ありがとう。それ以外に、なにか質問はありますか」
相深さんはそう言って手早く辺りを見渡す。すると、一人の男子生徒がおずおずと手を上げる。俺が仕切ろうとしていた時に不平を上げた男子生徒だ。
「質問……か、怪物ってさ。どんな奴がいるのかとか分からねーの!?」
「それは……」
相深さんは答えあぐねて、俺の方へ視線を向けてくる。俺は首を横に振った。
「まったく情報が開示されていないわけではありませんが、不明点が多いです。現時点では何とも言えません」
「……そっか」
男子生徒が質問を終えると、相深さんは再び質問はないかと見渡す。
「これ以上質問はないようですね。……では、これでルール説明を終わります」
相深さんはそう言って締めると、俺を手招きして呼ぶ。
皆の前に立って声を張っていた時はうって変わって、心配性そうな困り眉をして相深さんは俺に訪ねてくる。
「これでよかったの?」
「うん。ありがとう、ミコ」
「問題なかったならいいけど……それで、次はどうするの」
「次はここからの作戦だけど……一旦端の方で二人で話そう」
相深さんは頷くと、一度皆の方へと向き直る。相深さんの顔つきは振り向いている間に凛々しく頼もしいものへと変化する。
「これからしばらく今後の計画について考える時間をいただきます。その間皆さんは楽にして、体力の回復や親睦を深めることに時間を使ってください。ただしこの場から決して出ないように。それでは、これより小休止に入ってください!」
相深さんがそう言うと、冷たく張りつめていた空気が緩んだように一同が姿勢を楽にしはじめる。ぽつぽつと雑談や困惑の声なども上がってきて、放っておいたらそれぞれで考えたり話したりし始めそうな雰囲気だ。
ワンマンチームだけでは崩壊するだろうから、皆が話すのはいいことだ。
不測の事態の中で仲間内での信頼関係も欲しかった。雑談していい時間を設けたのは、俺も賛成できる判断だ。
「それじゃあ、端で」
「ああ」
相深さんに格闘競技場の端まで引っ張って行かれる。トレーニング器具や用途のよく分からない道具などが置かれた場所で、ベンチプレスらしい座れそうな椅子があった。相深さんは少し楽にするように腰を落ち着けた。
大きな椅子ではないから、男女の距離感を考えて俺は座るのを遠慮する。
「どうしたの? ミツ。座りなよ」
ぽんぽん、と相深さんが自分のとなりを手でたたく。
少し戸惑ったけど、向こうから歩み寄ろうとしてくれているのを拒む理由はない。相深さんは特に優秀だから、仲良くなっておきたいし。
「じゃあ、失礼」
「失礼って、あはは。距離感おかしくない?」
「んー、あんま話したことなかったから」
「こんな時に気にする事じゃなくない?」
相深さんはくすくす笑って、体をこちらへ傾けてくる。女の子特有の不思議な匂いが漂ってきて、自分が困惑して体温が上がり始めるのを感じる。それとは別で、なんで相深さんがそんなことをするのかが分からなくて、困惑する。
「こんな時だから、誰でもいいんだよ」
「……こんな時なんだし、そういうことする必要はなくない?」
「ラブは人間のパワーだよ」
相深さんはくりくり自分の頭をこちらへ擦り付けてくる。
正直嬉しい気持ちはあったけど、あまりそんなことをやっている時間じゃないのかと思ってしまう。しかしそれは相深さんも重々承知らしかった。
相深さんは刺すような口調で話を切り出す。
「で、なにを隠してるん?」
「……話が分かって助かるよ。こんな時だし、そういう風であってほしい」
「そうね。知ってる。こんな時だもの」
「ああ……それじゃあ、驚かず疑わずで聞いて欲しいんだけど……」
「前置きはいいから」
相深さんは抱きつくような距離感のまま言い放つ。
「マッドアルケミスト狂気くん(自称)は……あいつは、このデスゲームを開催する前に何人かへ実験を行ったんだ。その中の一人が俺だったんだ。被験体0-3、それが今の俺のもうひとつの名前だ」
「ふうん。類稀なことね」
「その実験で俺は、不死になったんだ」
「……ふうん。それだけ?」
「それだけって……」
「いやあ、もうちょっとあるのかと思ってたから。実は狂気くん(自称)の実の息子とか、そんな感じのさ」
相深さんはくすくす冗談めかして言って、立ち上がって俺の顔に正面で向き合う。
「それを聞けてよかった……ミツの不死はこれからの計画の要になる。ミツがこれといって計画を持っていないなら、主にミツを矢面に立たせて落とし物を拾いつつ……あとはミツをおとりに使ったりしつつ、っていうことになると思うけど、それでいいね」
「……まあ、基本的には異論ないけど……。遠慮ないね」
「…………」
苦笑いする俺に、相深さんはしっかりと掴むようにハグをしてくる。相深さんの唇が俺の耳元に近付いて、結構くすぐったい。
俺の戸惑いが表されるより早く、相深さんは呟く。
「私はミツをあんまり大事にしないわ。命が無くならないことに甘えて、肉体を軽んじることが何度もあると思う。肉体の替えが利かないんだからと理由をつけてミツに惨酷なことを何度もするかもしれないわ」
相深さんは俺の肩に手を掛けたまま、唇と唇が触れそうな距離で声をつむぐ。
「それでよろしければ、付き合ってください」
「……いいよ。好きと思えるかは分からないけど、それでいいならさ」
「気にしないで。私もそうだわ」