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第二章 「最初の転移」

 (なんだろう・・・いやにリアルな夢だな・・・)


 朦朧とした意識の中で、伊識はベッドから起き上がろうとして、頭上をすさまじい風切りの音を立てて何物かが飛び交うのを感じ、その恐怖に一瞬で目を覚ましはしたものの、ビュンビュン飛び交う何かは一向に収まる気配はない。


 伊識は目を閉じて横たわったまま、身を固くした。


 いつもの通り、バイトから帰って、入浴してから『ちょっとだけ』と思ってベッドに横になってしばらくゴロゴロ転がっていたら、電気を消す気力もなくそのまま寝落ちしてしまったはずである。


 ただ、今はどう考えてもベッドの上に寝ている状況ではない。ベッドの柔らかさではない、ごつごつとしたものが背中に当たる。地面、それもコンクリートやアスファルトなどではない、自然の石と土と草むらで構成された地面がそこにはあった。しかも背中がかなり濡れている。伊識は、自分が湿地帯のようなところに横たわっていると感じた。


 (ホント、リアルな夢だ・・・)

 伊識は繰り返し同じ感想を抱いた。


 よく『これは夢だ。』と意識したまま見る夢がある。伊識はそうした夢を見る経験が多い方かもしれなかった。ただ、あまりにも現実的で、生い茂る草に特有のにおいまで感じ取れるような夢は、今回が初めてのような気もする。


 伊識はひたすらピクリとも動かず、目を閉じたまま、それ以外の感覚器官で周囲の状況をつかもうとした。風切り音は多少弱まり、恐怖心がほんのちょっぴりではあるが取り除かれるにつれて、その他の音を認識できるようになってきた。


 ただしそれはあまり歓迎できるような類の音ではなかった。おそらくは人間のものと思われる、狂ったような吼え声であったり、金属同士のぶつかり合う音であったり、銅鑼をたたくような音、どさりと何かが地面に倒れこむ音、断末魔のような悲鳴・・・そして四つ足の動物だろうか、駆け足で去る何かの足音・・・理解できればできるほど、収まりかけた恐怖が何倍増にもなりそうな音を聞きつつ、伊識はうっすらと目を開ける。


 どんよりとした曇り空が、焦点の合い始めた目に映る。弱まりかけた風切り音がまた勢いを増して、自分の周囲を、光だか炎だかの、昔見たSF映画のビーム兵器のような光線が時折飛び交う。かと思えば、いわゆる普通の矢も飛んでいるようだった。それらが頭上をかすめるたびに、ビュンビュン、ヒュンヒュンという音がし、そのまま何も後続の音が聞こえない時もあれば、悲鳴のような叫び声が続くこともあった。


 (何だ?中世世界の戦争か?)


 銃砲音がしないので、現代の戦争のような感じがない。とは言っても、伊識も戦争を実際に経験しているわけではないので、あくまでも映像で見た限りの知識であり、そもそも光弾はいったい何なのか、まったく分からなかった。


 (光線はどこから出てるんだ?)


 ようやくのこと、いろいろな音が自分の周囲から遠ざかり、主戦場が移りつつあることを感じ取った伊識は、今は目をはっきりと開いて、肘を使ってほんの少しだけ上半身を起こしてみた。


 誰にも気づかれることなく、また何の損傷も受けることなく横たわっていられたのが本当に奇跡のごときものだったのだと、周囲にいくつもの傷ついて血を流し、うめき声を上げて地面に横たわる・・・兵士だろうか、そのように見える姿格好の者たちや、あるいはそんな声すらもはや上げることなく倒れている人間の姿を見て、伊識は悟った。


 草のにおいとともに、それとは別の濃厚な臭気を感じ取ってはいたものの、それが人間の血のにおいであり、湿地帯だと思っていた地面が実は人間の血溜まりであることを知って、伊識は今度ははっきり「うおっ」と叫んで起き上がり、それと同時に

 「頑張れ、死ぬな!」

 と、思わず知らずうめき声を発している周囲の兵士に声をかけた。


 主戦場は少し移動していたようではあるが、伊識のいる辺りもまだまだ危険で、赤い光弾が流れ弾のように一すじ飛んできて、伊識の腕をかすめた。服が焦げたにしてはいやに強烈なにおいだなと思って見てみると、ほんのわずかではあるが、自分の腕の一部が肉の焦げたような赤黒い傷になっているのを服の裂け目から見て、慌てて伊識はまた地面に伏せる。他にどうしようもない。血だまりに漬かるのがどうこうなど、言っていられなかった。


 (何でこんなにリアルなんだ?)


 夢だとは思う。周囲で戦っている連中は武装しているのに、自分だけパジャマ姿なのだ。ただもうそのパジャマは血まみれで、周囲の倒れこんでいる兵士たちと見わけもつかなくなってはいたが。


 (早く目覚めたい・・・もう終わってくれ、こんな悪夢。)


 伊識はもはや周囲を伺うこともなく、うつぶせのまま、嵐が去るのを待とうとしたが、その願いが叶うような周囲の状況ではなかった。


 伊識が伏せっている側の軍勢が圧倒的に劣勢のようだった。主戦場が移ったように見えたのも、それはただ単に攻撃を受けて地面に倒れこむ兵士が膨大になり、勝手に敗走する連中もいたりして、統率が取れない状態になっていて、あちらこちらで散発的な最後の掃討戦が起こっているためだった。いったんは安全と思われた自分の周辺がまたキナ臭くなってくるのではなかろうかと、伊識は直感して、また実際に喚声が近づいて来る気配もして、頭を抱え込んでいた腕を少し緩めて顔を上げて前方を見た。


 五、六人の戦士たちが敵の攻撃を剣で受け止めつつ、少しずつ後退して、伊識のいる方向へと向かっている。退却のしんがりをつとめている者たちのように伊識には見えた。全身に浴びた返り血で真っ赤に見えるのと、恐らく矢であろう、体のあちこちに棒状のものが突き刺さっている。敗走の壮絶さを物語っていた。


 (俺も・・・ここから逃げないといけないんじゃ・・・)


 そうは思うものの、武器も武装も何もない。ここから立ち上がって無様に敵に背中を向けて、逃げ切れるものかどうか。そもそも、伊識はたまたま敗走する軍勢の側に横たわっていたというだけで、勝勢の側が伊識にとっての敵なのかどうかすら分からなかったのだが。


 (ん?・・・なんだろ、あれは兵士なのか?)


 敗走する戦士たちの姿が大きくなるにつれて、武器を持たず、甲冑も身に着けず、明らかに布で作られたと思われるマントのような衣装を身に着けた者たちが、戦士たちの周囲を身軽に動き回っているのが見えた。


 注意深く見てみると、戦士と軽装の兵士は、二人一組になっているようで、戦士が剣で敵に物理攻撃を与えるそばから、軽装の兵士が何やらブツブツと詠唱したり、指を複雑に組み合わせたりして、そのたびに戦士と兵士のそばに光の球のようなものが浮かび、それがときに戦士の体を包み、また光線となって敵に発射されたりしている。

 軽装兵士が防御と飛び道具を担当し、戦士が攻撃を担当している、という感じだった。


 (戦士をサポートする・・・魔法使いみたいなものか?)


 これは夢なのだから、魔法が使える者たちがいる、地球とはまったく異質の珍妙な世界であったとしても不思議はないな、と、手のひらにべっとりついたリアルそのものの血のりを草でぬぐいながら伊識は思った。


 数人の戦士とマントの兵士のうち、一組がもうだいぶ伊識のそばまで近づいてきていた。


 (ずいぶん、幼い感じだな。)


 戦士の周囲を飛び交う兵士はとても小柄で、子供のようにも思われた。


 (あんな子供が戦わなきゃいけない世界なのか?)


 戦士は兜を目深に被り、マントの兵士もフードを同じように目深に被っているため、表情をはっきりとうかがうことはできない。二人とも目の前に迫りくる死を避けるので精いっぱいで、敵も二人を仕留めるのに必死で、誰も伊識の存在に気づいていなかった。


 よく見ると、敵、というか勝勢の側も、戦士とマントの小柄な兵士の二人一組で攻撃を仕掛けている。


 またれいのビュン、という音がして、敵側から光弾のようなものが再び飛んで、伊識のそばをかすめる。


 実際には光が先に来て、それから音がするのだったが。


 敗勢の戦士の一人に球状の火炎がまっすぐに飛んでいく。どう考えても避けきれないと思われたそのとき、そばにいたマントの兵士と、戦士の二人を光の球のようなものが包み込み、その光のバリアに当たった敵の火球は消えうせて、それと同時に光のバリアも消えてしまった。


 またすぐに敵の兵士が火炎の弾丸を飛ばしてくる。すさまじい勢いで飛ぶそれは、スウ・・・っと炎の筋を長く伸ばして、火矢のように見えた。


 今度こそ危ない、と伊識は思ったのだが、その火炎弾が達する前に光のバリアが戦士とマントの兵士を包み、攻撃と相殺される。


 バリアを作り続けているマントの兵士はフラフラになりながらも戦士のそばで攻撃のたびに懸命にバリアを張り続ける。これまで幾度もそのようにして身を守ってきたようではあるが、さすがに限界が近いのではないかと伊識にも感じられた。


 戦士は、火球とは別にさらに遠方から弓兵と思しき一団が発射してくる矢を薙ぎ払い、近づいてくる雑兵といった感じの兵士をあしらいながら、マントの兵士をかばいつつ、少しずつ後退して、伊識の前方数メートルのところまでやってきた。


 マントの兵士が張り続けていた光のバリアは、二人を包むに十分な大きさのものを張ることができないようで、またその光の色合いも少しずつ弱まってきている。


 もはや限界を悟ったのだろう。マントの兵士は、最後の力を振り絞るように、自身が守るべき戦士ひとりだけを覆うことのできる大きさのバリアを作って、地面に倒れこむ。


 もはや自分自身と戦士を両方守れる大きさのバリアを張ることはできないようだった。


 戦士が振り返る。一瞬ですべてを悟ったのだろう。敵に背を向け、マントの兵士にあわてて駆け寄り、覆いかぶさる。


 マントの兵士は顔は見えないが、その大きく上下する肩から、息も絶え絶えなのは明らかだった。戦士の表情も兜の下からわずかに口元しか見えなかったが、その唇がきゅっと真一文字に結ばれる。目元は見えないが、その戦士は死を覚悟して静かに目を閉じた、ように伊識には見えた。


 敵方の戦士が一人と、それと対になっている兵士の二人が近づいてきた。その姿かたちももうはっきりと見える。他の戦士とは少し身なりが異なっているこの戦士はそれなりの地位にある者のようだった。


 敵がすべてを諦めたのを察していて、すぐにはとどめを刺さずに、二人に向かって何か言葉を発している。口元は見えるが、目深にかぶった兜からはやはり表情まではうかがい知ることはできなかった。


 仁王立ちの戦士の横にいた兵士が素早く指を組み合わせて火球を作り、うずくまったままの戦士とマントの兵士に向けて発射しようとする。後退しながら戦っていた周囲の戦士たちも、それぞれの相手に必死になりながらも、振り返って二人に視線を送っている。中には絶望的な叫び声をあげている者もいるが、みな自分の目前の状況をしのぐのに精いっぱいで、ただ見ることくらいしかできない。


 「やめ・・・。」


 ここに来て、伊識は二度目の言葉を発した。見ていられなくて、目をギュッとつぶる。


 ボンっ・・・と何かが弾けるような鈍い音がする。人が人に殺される場面などこれまでの人生で、じかに見たことなどない。二人の最期を思って、伊識の心が形容しがたい何物かに鷲掴みにされる。心臓が、ものすごい早さで鼓動しているのがはっきり分かる。


 「・・・。」


 どのくらいの時が経っただろうか。


 気付くと、シン・・・と周囲が静まり返っている。

伊識が恐る恐る目を開けてみると、うずくまっていた戦士とマントの兵士は、まだ生きていて、顔を上げて目の前にある光の球のバリアを・・・マントの兵士が戦士ひとり分として最後の気力を振り絞るようにして張った弱々しいバリアの、さらにその外側に、二人を包み込むように、マントの兵士が張ったものよりも光の度合いのはるかに強力な防御壁を見出して、表情は相変わらず分からないが、二人とも口をぽかんと開けているところから、何が起こっているのか分からないと感じているらしいことは理解できた。


 (生きてる!良かった。)


 二人が敵なのか味方なのか、そもそもこの世界での自分の立ち位置はどういうものなのか、まったく分からないまま、伊識は、これが夢だったとしても二人が生きていて光のバリアに守られていることに心から安堵の吐息を漏らす。と同時に、今度は自分が危地に立たされようとしているのを直感した。


 伊識は、背後から強力な視線で自分自分が射抜かれているのを感じていた。


 (見たくない・・・そっちに顔を向けちゃだめだ。)


 そう思うのだが、身体が反射的にそちらを向いてしまう。


 敵方の戦士と、そばにつき従う兵士が、伊識の方に顔を向けている。やはり兜とマントのフードで表情は見えないが、きっと厳しい視線を向けているであろうことは伊識にも理解できた。


 戦士は抜刀したまま、兵士の方はいつでも火球を打ち出せるように印を指で結びながら近づいて来る。

 戦士が、歯をギリ、と食いしばってから、言葉を発する。


 【エッレ、レイネ、デット・・・イーフォ、フローグ、スァウィ、フゥン?(今の光壁・・・貴様の仕業か?)】


 (何だ?何言ってるんだ・・・どこの国の言葉?)


 伊識が知っている言語と言えば、日本語と、あとは標準的な高校生レベルの英語くらいのものだったが、戦士の発する言葉はそのどれでもなく、もっと言えば、地球上にあるどの言語にもあてはまらないものを予感させた。


 (やっぱりこれは夢なんだよ、そう、夢。)

 

 そう思った矢先に『ピシュ・・・。』と音がして、地面についた右手と脇腹の間を光線がかすめた。  

 戦士の方に気を取られて、マントの兵士の方が攻撃してきたのに気付かなかったのだ。


 気付いていても、避けきれないほどの速度はあったが。


 (いっつ・・・痛・・・。)


 どうもどこかに当たったらしい。体に熱い痛みが走る。


 戦士が兵士に向かって何事か言っている。もちろん言葉は分からない。


 【ディン、ネルデッイエッサ、ソ(馬鹿者、攻撃するな)。メルロー、ポンネルフェッセ(殺すんじゃない)。シェスタ、シュック、マウエ、テー(狙いだけ定めておけ)。】


 戦士の手が、光弾を発した兵士の腕を掴んでいる。どうやらそのおかげで射線がそれたようで、そうでなければ死んでいたのかもな、と伊識はぼんやり考えた。


 戦士がさらに何事かを兵士に言い、兵士は軽くうなずいて、伊識に狙いを定めて、指は印を結んだまま、微動だにせず、伊識の一挙手一投足をフードの奥から注視している。


 戦士は居丈高に、剣先を伊識に向けたまま、また話しかけてくる。


 【ウェイデッス、ラ、スァウィ(貴様何者だ)?ウェイハンサ、アッサ、シュッタ、アッソナ、バジェド(そんな格好で何をしている)?】


 (・・・さっぱり分からん、ケド・・・。)

 

 言葉の調子から伊識に好意を持っていないことだけは分かる。


 (どうしよう・・・どうすりゃ。)


 そんな伊識におかまいなく、戦士はさらに言葉を発し続けた。

 

 【アカーレ、レイネ、アッシ、スゥラ、サジュー(さっきの光壁は貴様なのか)?レイネ、ネルサ、ドィ、デード、ウォア、アウエ、ラ、デッイエッス(なぜ自分が攻撃を喰らって、光壁を出さない)?】

 【ソーン、ネァルヴィ、デッイエッシュ、ラ、ソ、イルス、ネルアカーレ、レイネ、キースェ(もしかして、他人への攻撃でないと光壁を出せないのでは)?】


 兵士が言葉をはじめて発した。もちろんその言葉も伊識には理解できない。


 【ジェッリルッナーカ(そうか)。ウゥペ、ニャェグ、アカレイザ、レイネィグ、ブヴォク(ではもう一度、あの二人に光弾を撃て)。】

 【ジェッリルン、ヒィエス(はい)。】


 兵士はマントのフードの下で、口元だけニヤリとゆがめると、まだうずくまったままの敵の戦士と兵士に体を向けた。先ほど展開されていた光のバリアは、ほとんど見えないほどに弱まっている。


 【シェスタ、ネルポロ、ドゥレイライ(できれば殺すな)。】


 戦士の命令に、兵士は軽くうなずく。


 指で印を結んだ兵士が何をしようとしているか伊識は悟って


 「やめろ!!」


 と叫ぶ。


 (!?)


 それまで滑らかに印を結び、詠唱していた兵士が、電池の切れかかったロボットのように、ぎくしゃくした動きになった。


 「やめろ、と言ってるんだ。」


 やっぱりこれは夢なんだ、と確信して伊識は立ち上がった。その目は怒りに満ちている。


 (どうせ夢なんだ、好き勝手させてもらうぞ。)


 ぐ・・・と歯を食いしばって、身動きを封じられた兵士が必死にもがくが、伊識はさらに


 「動くな。ピクリとも、動くな。」


 と日本語でさらに命じる。兵士は、時が止まったかのように、その場で動かなくなった。微かに指先だけが最後の抵抗を示すように震えている。この兵士が生きている証はそこにしかなかった。


 【スァウィエッス(貴様ァ)!】


 戦士が叫び、剣を振り上げる。


 「お前もだ!」


 剣が振り下ろされる寸前に、伊識は戦士のほうに顔を向け、そう言葉を発すると、戦士もまた同様に、剣を振り上げたままの格好で身動きできず、兜の下の口元は何とかして必死に剣を振り下ろそうと歯ぎしりしているのがありありと分かるのだが、それ以上のことは何もできないようだった。


 伊識のいらだちもピークに達した。今この瞬間、自分が敵として目の前にいる相手に認識されている、それは別にかまわない。ただ、その理由も何も分からないままそう認定され、あまつさえ命まで奪われようとしている。自分がこの後死ぬとしても、なぜ殺されなくてはいけないのか、せめて理由を知った上で死にたい、と思った。


 たとえここが夢であるとしても、である。


 ただ・・・それにしてはわき腹がけっこう本気で痛かったが。


 「分かる言葉を話せよ!何言ってんだか分かんねぇよ!」


 そう叫んだ瞬間、周囲の、何とも言えない、目に見えない空気のようなものが若干変化したように伊識には感じられ、そして実際に


 「ぐ・・・動けない・・・貴様、何の術を使った?」


 と、金縛りにあったまま、必死に言葉を搾り出す戦士の言葉が、急に理解できたのである。


 (え、ウソ・・・分かる!何言ってるか分かるぞ!)


 相手の話している言語自体は相変わらず分からないのだが、じかに頭に響いてくるような感じで、相手の考えが伝わってくるような不思議な感覚だったが、確実に言っていることは理解できた。


 「この言葉、かつて聞いたことがあります・・・もしかしたら『ソーザイア』の言語なのでは・・・。」


 今度は、マントの兵士が、戦士に向かって、動くことができないまま、言葉を発する。


 (何だ?ソウザイヤって、言ったのか、今?・・・ソウザイヤ・・・惣菜屋?この辺には・・・ないよな・・・。)


 理解できるようになったとは言え、この世界独特の言葉も交じっているようで、その辺りは何とも伊識にも分からない。


 (俺がしゃべってる言葉は、ただの日本語なんですが・・・。)


 心のつぶやきが思わず丁寧語になってしまう。


 伊識にとってはただの日本語でも、この世界では特別な意味のある言葉なのかもしれない。とにかく伊識の日本語一つで、相手の動きを封じてしまったり言葉を理解できたりしているのだ。『まぁどうせ夢なんだし』という得意の適当に流されていく感覚に支配されて、伊識はここでそれ以上深く考えないようにした。


 「『ソーザイア』の言語だと!まさか・・・あれははるか昔の・・・。」


 戦士の表情が驚愕にゆがむ。


 (真剣に惣菜屋、惣菜屋って言ってるコイツらも、どうなんだろ?)


 この状況の緊迫感とのギャップに悩む。


 「でも、似ています。私も書物でしか読んだことがありませんが、あの言葉、ソーザイアの言葉に・・・。」


 敵も味方も関係なく、周囲の戦士やマントの兵士たちも、何が起こっているのか理解できないまま、近づくこともためらわれて、伊識と戦士を遠巻きに見つめている。


 しかも、それまで伊識の周囲でうめき声を上げて倒れていた戦士や兵士が、皆よろよろと起き上がり始めている。


 (え、うそ?瀕死の重傷だったはずじゃないのか?)


 伊識のその疑問は、敵方の戦士の


 「回復術まで!やはりあれは・・・。」


 という言葉で何となく理解できた。


 (あ~つまり俺がさっき『死ぬな!』って言ったから、ってこと?何とまぁ、ご都合主義的な・・・。)


 そんな伊識の思いに関係なく、敵の戦士は驚愕の叫びを上げる。


 「そんなわけがあるか!何をしているお前ら。早く奴らにとどめを刺せ!」


 周囲の呆然としている味方の戦士、兵士たちにそう声をかける。我に返って戦闘を再開しようとする者たちが現れる中、伊識は再び


 「ダメだ。」


 と言葉を発する。


 周辺の者、全員の動きが止まった。


 「これ以上、血を流すことは許さん。」


 (あ~一度こういうセリフ、言ってみたかったんだよな~。)


 伊識は感極まりながらそう心の中でつぶやく。


 (なんかもうよく分かんないけど、この場の状況を楽しんだ方が勝ちのような気がしてきたぞ・・・。)


 「何を!」


 伊識の目の前にいる戦士が、動けないながらも、まだ必死に剣を振り下ろそうとしている。伊識はその戦士をにらみつけて


 「そこの戦士、貴様師団長か何かなんだろ。全員を退却させろ。」


 と命じる。


 「ぐ・・・何を言っている貴様・・・それは、どこの国の言葉だ・・・やめろ・・・。」


 どうやら、戦士の側は、伊識の言っていることの意味は理解できていないようだった。


 理解できない言葉で動きを制御される、それってすげぇ怖いし、苦痛だろうな~と伊識は思いつつも


 「・・・今はここまでだ。武装を解除しろ。」


 と、さらに言葉を重ねる。


 「う・・・く・・・。」

 「いいか、武・装・解・除、だ。」


 戦士の抵抗もそれが限界だった。ザスっ、と鈍い音がして、持っていた大剣が地面に突き刺さった。


 「そうだ。それからお前もだ。」


 戦士と対になっている兵士にも声をかける。兵士は、必死に抗いながらも身に着けていた腕輪を外して地面に放り投げる。それが魔法を使う上で必要な道具なのだな、と伊識は悟った。


 「よし、それで良い。」


 回れ右して、皆ここから退却しろ、と言いかけて、伊識は目の前の戦士が、剣に続いて兜を脱ぎ始めるのを見て


 (どんな顔した奴だろう、見てみたい。)


 と思い、とりあえず次の言葉を飲み込んだ。


 戦士が兜を脱ぐと、髪をまとめていたピンか何かも一緒に取れたのだろう、腰まで届こうかというほどの長さの赤い髪がふわりと広がった。


 (え、女だったのか・・・。)


 驚きとともに伊識は女戦士を見つめる。よく見れば、まだそんなに年端もいかないような感じだった。


 女戦士と組んでいる兵士も、マントのフードを頭から外す。こちらは肩くらいまでの薄い緑色の髪がはらりと垂れた。


 (こっちも・・・女だったのか・・・女だよな?)


 女戦士よりもさらに幼い感じで、伊識よりも年齢は下かもしれないくらいだった


 ふと見ると、今度は女戦士が鎧を脱ぎ始めていた。というより、ブラのホックを外すような仕草で、すでに上半身の鎧はゴトリと音を立てて地面に落ちていた。


 「え、え・・・いやいや・・・。」


 鎧の下は、意外ときめ細やかな繊維でできた肌着のような服だけだった。しかも、地肌がちょっと透けて見えている。胸の谷間もあらわだった。


 「ちょ、ちょ・・・。」


 ストップと言いかけて、視線を横に移すと、今度は女兵士が胸の前で結びあわされたマントの紐を外して勢いよく脱ぎ捨てていた。


 マントの下に、胸元の中心にキラキラ光る石をはめ込んだ軽装の胸当てを身に着けていたが、それもあっさりと外して地面に放り投げる。下半身の防具も同様に脱ぎ捨てた。


 ようするに、下着姿となったわけである。


 「ストップ!ストップ!」


 顔をそむけながら、伊識はそう命じたのだが、女戦士も女兵士も『武装解除』をやめようとしない。必死に抗おうとしているさまは見て取れるのだが、自身ではどうにもならないようで、女戦士の方も下半身の鎧を外し始める。女兵士は、伊識のもといた世界では『パンツ』と言って差し支えないようなものに手をかけていた。二人とも顔を真っ赤にしながら、動きを止めることができないでいる。


 「く・・・この下郎が・・・これほどの屈辱を・・・。」


 女戦士は歯を食いしばり、女兵士はうつむいて、脱ぎ続ける。


 女戦士の下半身の鎧もすべて取り払われる。女兵士が震える手で今にもパンツを下ろそうとしているのを見て、女戦士の表情がみるみる青ざめ、それまでの勝気さが完全に失われた。


 「あ・・・お、お願い・・・お願いです!・・・これ以上は・・・わ、わ、私だけで、許してください・・・この子には・・・この子は・・・。」

 「いやだからもういいってば!それ以上は脱がなくていいから!」


 伊識のその一言で、やっと周囲の空気が元に戻った。


 「何もそこまで武装解除しなくていいって!相手を傷つける武器だけ、捨てればよかったんだ。」


 『相手を傷つける武器だけ』というその一言で、また周囲の空気が変わった。


 「あ、ああ・・・また・・・。」


 伊識のその一言で、女兵士がまた自らの意思に反した動きをし始めた。今度は胸を覆う、ブラジャーのような形状のものを外し出す。


 「ごめんなさい、許して!」


 もう完全に涙目である。


 「だからそれは脱がなくていい!」


 伊識の顔も真っ赤だった。女兵士の動きが止まる。


 「そうだ、そこまでで良い・・・。」


 伊識がほうっ、とひと息ついて肩をなでおろしたその刹那、女兵士が素早い動きで横にヒラリと飛んで、先ほど地面に放り投げた胸当てを拾い上げて装着し、手で印を結んで何かブツブツと詠唱すると、手から巨大な火球が伊識めがけて勢いよく撃ち出された。


 「だからやめろと言ってるんだ!」


 そう言って伊識が飛んできた火球を手の甲で払いのけるように弾くと、火球はあっけないほど簡単に向きを変えて飛んで行ってしまった。もちろん伊識の手の甲には、火傷はおろか、かすり傷一つもついてはいない。


 (あの胸当て・・・身に着けているものはすべて武器ってことか?だから、何もかも全部、無理やり脱がなくちゃいけなかったのか・・・。)


 よくわからないが、もうこれ以上関わっていると本当に大変なことになる。


 (とにかく終わらせよう。)


 せめて最後くらいはと思って、つとめて重々しい威厳をもって


 「今は退け、敵の戦士たちよ。また相まみえる時もあろう。」


 と言った。


 それを合図に、目の前の半裸の女戦士と女兵士を含め、周囲の敵兵たちはよろよろと、伊識に背を向けて退却していく。まだ戦おうという意思をもって抗っている者もいたが、伊識の言葉には結局逆らえず、それまで勝勢であったのがウソのように、のろのろと隊列もバラバラに、散り散りに逃げていってしまった。


 「終わった・・・のか?」


 敵の姿が消えて、伊識は心底、安どの吐息を漏らして、地面にヘナヘナと座り込む。


 その伊識に近づいて来る者がいた。


 「あなたは・・・いったいどちらの所属の・・・」


 それは、先ほど味方の兵士を助けようとかばい、死を覚悟した戦士だった。もう一人の、兵士の方もそのすぐ後ろにいる。戦士も兵士も、頭部を覆う武装を外していた。


 (な、こいつらも・・・。)


 この二人も女だった。戦士は黒い髪の持ち主で、それと対照的に燃えるような赤い瞳がやけに印象的である。


 (女しか戦わないのか、この世界は・・・)


 そんなはずはない。先ほど退却した戦士たちの中には、見るからにガチムチの男と思われる者もいた。たまたまそうだったというだけなのだろう。


 「あ、あの、その傷・・・。」


 女兵士が、伊識の腹部を指さしている。その表情がそれなりに深刻なものであることに気付いた伊識は


 (ん?ああ、そうか。そういえばさっき光線だか何かがかすめたもんな。)


 と思って、でもまあ大したことないだろうと高をくくって女兵士の視線の先にある自分の脇腹を見ると、傷口からはかなりドクドクと大量の血が流れ出ていた。


 それを目にしたとたん、それまでは戦いの興奮の中にあったため感じなかった激痛に急に襲われて


 「い、痛ぇ・・・なにこれ・・・やっぱ痛ぇや。」


 と言って、慌てて近づいてきた女兵士が手を差し出したものの、間に合わず、一緒に近づいてきた女戦士が差し出した手も間に合わず、そのまま地面に倒れこんで、周囲が騒がしくなる中、女兵士が『早く、早く止血・・・』と言っているのを最後の言葉として聞きながら、柊城伊識は意識を失ってしまった。


読了ありがとうございます。

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