2.1位と2位は図書館に居座る
透き通っていたのは声だけでなく肌もだった。ろくな返事もできずにおどおどとしてる俺に、乙葉は追撃してくる。
「じゃあ私の名前は分かる?」
「宮奈乙葉」
「へぇー、覚えててくれたんだ」
「……まぁね。嫌でも耳に入ってくるよ」
「嫌なの?」
「嫌じゃないよ」
「よかった」
乙葉はふぅ、と安心したように顔をクシャッとさせる。そんな顔に見惚れてしまった。これは本能だ。僕は至って健全で、きっとどの男子もがそうだ。
イメージと違う所は、彼女は明るいという所だ。どこまでも手入れされているきめ細やかな黒い長髪は、大人びいて見え、一言で表すならそれは『クール』というやつだ。
そんな彼女が誰にでも明るく、自分から積極的に話をかける。このギャップにやられる奴はそう少なくないはずだ。現に何人か振られたって噂も耳にしたことがある。
まぁ彼女は校内2位って噂も聞くし、それが本当ならこんな積極的に話しかけにいくのも納得できる。
「ねぇ碧真くん。君ってテストの点いいでしょ?」
「なんで?」
「君、テスト返された時いつもニヤニヤしてるじゃん」
不覚だった。バレていたのか……。確かに努力が報われた瞬間、僕は心の中で大きくガッツポーズをしたのだが、顔に出ていたようだ。
「まぁね」
「じゃあもしかして30位以内?」
「まぁね……それがどうしたの?」
「へぇー」
彼女は椅子から身を乗り出し、耳打ちしてきた。
「ねぇさ、私に協力する気は無い?」
「何を企んでいるのさ」
「いいから、そのかわり私も何かお願い事聞いてあげるよ?」
「へぇ……」
僕は少し考えるふりをし、ジト目を送ってやった。
「ちょっ……そういうのは無しだからね!」
「そういうのって?」
「もぉ、女の子をからかわないの」
頬を染めるなり膨らませるなり、彼女の表情は色とりどりだ。
別にお願い事なんてなかった。でもなぜか僕は彼女をからかいたいという衝動に駆られた。僕とじゃ全く釣り合わない天の月に、僕は一体なんて事をしてしまったのだろうと、罪悪感に浸る。
「できる事ならいいよ」
「言ったねぇ?」
長い睫毛の間から覗かせた瞳は可憐で、桃色をそのまま塗ったような小さな口元は優しく弧を結んでいた。
ジト目を送り返された。嫌な予感がしたが、発した言葉を取り消す行為は嫌いなので、僕は頷く。
「じゃあ早速この後……そうだなー、図書館に来て。約束だよ?」
「図書館?」
「んじゃねー」
そう言って彼女は、ガラッ席を立ち、待っていたであろう友達を連れながら教室から去っていった。
図書館……。
この学校は当たり前の進学校。そして寮制であるため、高校側は生徒の下校を心配する必要がない。
なので学校は9時まで空いており、図書館は8時半まで空いているのだ。中学の頃の図書館はもう4時くらいとなれば閉まってしまう。なので勉強するにはもってこいといった所だ。
しかし僕は自習室で勉強する。なぜなら静かであるからだ。
この学校の風潮で、図書館も自習室も勉強する所というのは共通であるが、図書館は喋りながら勉強ができる。自習室は完全にシャラップという空気が流れている。その違いだ。
だから僕は自習室を選んでいる。本来なら僕はこのまま自習室に向かい勉強するつもりだったが、約束は守るので今、幾多に配置された長方形テーブルのうち、人がいない席に腰かけている。
しっかり勉強してる者もいれば、友達と喋くっている人もいる。こういう風潮なので、黙れとは言えないが、僕も勉強する気が湧かないのでそこら本を読んでいた。
「──くん」
背中が揺さぶられる。
「あーおーまーくんっ!」
目が覚めた。机に突っ伏せて僕はうたた寝してしまったのだ。
「ねーねー、この図書館の人ってみんな碧真って名前の人なのかな?」
「へ?」
急に頭でもおかしくなったのかと思ったが、顔を上げ、辺りを見回して納得した。殆どの人──主に男子が僕を……いやきっと彼女の方を見ていた。
僕は彼女が有名人である事を忘れていた。これだと僕は目立ってしまう。目立つのは嫌いだ。僕は一人、陰でひっそりと生きてたいのに。
「君、自覚ないの?」
「え? 何のこと?」
どうやら彼女は自分が有名である自覚がないらしい。
「そうだね……女神って自覚」
「私女神なの?」
「何でも一言発したら、全ての人の意識を引きつけてしまうんだよ」
「あー、それでみんな振り向いたんだ!」
僕のつまらない冗談も彼女は真に受ける。また罪悪感を感じた。
まぁ、約束は果たさなくてはならない。なので僕は他人の目を気にしてはダメなのだ。
「それで? こんな所に連れてきて、僕に何を協力させる気?」
「私を1位にする協力」
「1位ってこの学年の?」
「他に?」
勉強を教えて欲しいらしい。そして僕を超えるということだ。
「君何位なの?」
「私は2位だよ。知らないの?」
噂は本当だったらしい。
「驚きだね」
「あまり驚いてない君は一体何位なのかな?」
覗き込むように近づいてくるので、僕は同じように引く。
「僕は──」
待てよ。僕は自分が一位である事を言っていいのか?
この事を知っているのは寮にいる4人だけだが、口止めはしてある。
それが、こんな顔の広い彼女に僕が一位である事を言ったら、その事はきっと風のように……いや光のようにみんなの耳元に届くだろう。
それだけは嫌だ。
「言いたくないんだね。まぁ、30位以内に入ってるだけで凄いことだけどね!」
よかった。
そしてその言い振りからしてきっと彼女は僕が2位より下だと思っている。
それでいい。
「でもさ、2位って相当凄いのに、どうしてそんなに1位を取りたいの?」
「それはね──」
彼女は迷いなく口を開いた。
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