第8話 夜営準備
明朝にやってくる馬車を待つため手ごろな岩場で一夜を過ごすことになったのだが、想定外の野宿の為碌な設備がなく、食料も念のためと持参していた非常食くらいだったが、先ほど狩ったオオカミを食料にすることにした。
「見事な手際ねぇ、猟師でもやってたの?」
慣れた手つきでオオカミを捌いていくアスカを物珍しそうに見物しているエル。
「昔は自分の食うもんは自分で獲ってたからな。これくらいは余裕だ。」
俺の生まれた貧村は外から食料を買う金もなく、自給自足の暮らしをしていた。当然俺も生きる為には狩りや調理の知識も持っている。とは言えやってたのは10年以上も前の話だが。
毛皮を剥ぎ内臓を取り除くと手ごろなサイズに切り分けていく。
「つっても俺は丸焼きにして食ってただけだ、料理はエルに任せるけど、お決まりみたいな暗黒物質を練成するのだけはやめろよな。」
「あたしは錬成師じゃないし!料理くらいできるわよ!」
「程ほどに期待せずに待ってるわ。」
捌き終わった肉をエルに渡し、焚き火の番に戻る。
「後は隊長達が何を採ってくるかね。」
アインとアミィはムンスの森に飲み水と手ごろな食材を調達しに行ってもらった。
「でもどうせならこんな岩場じゃなくて森に戻って夜営した方がよかったんじゃないの?」
「本来ならそっちのがいい、でも今回は一夜だけ限りの野営だ、夜の森は危険が多いからな、それにあの化け物が一体だけどは限らねぇしな。こちとら魔力不足やら怪我人やらで戦闘員がすくねぇんだ。用心するに越したことはねぇ。」
「そ、そうね…。」
エルは自分の事を言われ納得せざるを得ない、そしてもう一人のマイナス要因に目をやる。
ぐぅぐぅと寝息を立て暢気に眠りこけているカイルを見て思わずため息がこぼれる。
「あれと同種ってのはどうにも納得がいかないけどね…。」
「でもお前、水の精霊術なんか使えたんだな、しかも水系統の中でも氷とは知らなかったぜ。」
精霊術には大きく分けて6つの属性が存在する。
火・水・地・風・闇・光――
更にその先にも系統によって様々な力があるのだ。
「一応ね、アスカはどうなのよ。」
「残念ながら俺は精霊の加護とやらに恵まれなかったみたいでな。なんもつかえねェよ。」
「え!?じゃあ無能力者なのに騎士になったって事?」
精霊の加護は生まれながらにして決まるものでその才に恵まれなければ一生授かることはない。
簡単に言えば戦う才能がないと言う事、ましてや無能力者が騎士になったところでたかが知れている。
「失礼だろうけど精霊術も使えないのに騎士になった理由、聞いてもいい?」
「まぁ、これを知ると決まってそういう反応になるわな。こいつの時もそうだったし。」
コレ、とばかりに木の枝でカイルを突っつく。
ん…?と重いまぶたを擦りながら体を起こす。
「んあ…飯できた?」
「テメェも手伝え、火の番くらいできんだろうが。」
予め拾い集めておいた薪代わりの木の束を投げつける。
「んで、俺が騎士になった理由だったな。別に大層な志があったわけじゃない。ただ戦いが好きで、守りたいものがあるだけだ。」
「守りたいもの?」
首をかしげてこちらを覗き込む。
「エルちゃん、それを聞くのは野暮ってもんだよ。」
気を利かせてくれたのかカイルはいつものさわやかスマイルをエルに向けた後俺にウインクした。きもちわりぃぞ。
「ま、精霊術なんざ使えなくても充分戦えるくらい俺は強ェし問題ねェな。」
その自信はどこから来るのかと自分に問い質したくなる。
「楽しそうな話をしているな。私達も混ぜてもらおうか。」
会話が弾んでいたせいか近づく二つの足音に気づかなかったようだ。
森に行っていた二人が荷物を抱えて戻ってきた。