第5話 凶魔
「総員下がれ!」
アスカが発する前にアインは叫ぶ。
「いっ!?」
指示を聞いた女性人二人はすぐさまにアインの後方に駆け寄るが反応の遅れたカイルはバランスを崩す。
「な、なによあれ…!?」
「危ない…!!」
カイルの背後には先ほどからやりあっていたオオカミの三倍近くある巨大なオオカミ、鈍く輝く爪を振り下ろす直前にカイルの体が吹き飛んだ。
「チィ!魔力感知くらいしとけバカイル!」
何とかカイルを突き飛ばしオオカミの一撃は空振りに終わる。
「た、助かったぜアスカ…。」
「助かってねェよ。こりゃ一体何なんだ…?」
明らかに俺の知っているオオカミなんかじゃない。牙や爪がかなり発達している上に魔力を帯びている。
「グゥゥゥ…ウオォォォォォォォォン――!!!」
鼓膜が張り裂けそうになる程の強烈な咆哮にエルとアミィは体を震わす。
「これは…いやまさか…」
なにやら考え込んでいるアイン、何か心当たりがあるのか。
とは言え突然の事に統制が取れていない、纏めなければ話にならない。
「怯えてる暇ねェぞ!立て直せ!」
アスカの声で我に返った全員は武器を構える。
「アイン!考えるのは後だろ、まずはこいつをどうするかだ。」
「そうだな、すまない、全員後退!ここは視界が悪い、森の外に出てから囲み迎撃するぞ!」
そう言い放つと全員で森の出口を目指し全力疾走。
簡単に逃がすまいと森を翔けるオオカミの群れは俊敏な体を行使して襲いかかる。
「アイン、一応聞くがアレ相手に1人で行けそうか?」
次々と飛びかかるオオカミ達を牽制しながらアインに問いかける。
「昔なら恐らくな、残念ながら今は無理だろう。」
「状況は最悪ってか…上等だ!」
「まずい!先回りされたみたいだ!」
カイルの声に前方を確認すると数匹のオオカミが待ち構えている。
「どいて!」
カイルを押し退けエルが前に立つ、そして手に光が宿り具現化される。無数の氷の塊がエルの四方を浮遊する。
「氷よ貫け!」
放たれた氷柱は見事にオオカミ達に突き刺さり氷漬けになった。
「エルちゃんカッコイイ!惚れ直したぜ!」
「バカ言ってないで行くわよ!」
今のがエルの能力か、なかなかやるじゃねェか!
魔力を駆使し己の持ちうる能力に変換する事で発動できる力、精霊術だ。
英雄格の騎士は皆強力な精霊術を使用する。
「はぁ…はぁ…出口…見えた…!」
息を切らして走るアミィがそう告げた、目の前には森の出口。
「外に出次第戦闘開始だ!デカい奴の攻撃は私が引き受ける!アスカとアミィは取り巻きを牽制しつつ隙を見て攻撃、カイルとエルは私の援護を!」
「カイル!さっきみたいなギャグいらねェからな!」
「分かってるっての!」
巨大な影が森の中から飛び出てくる。さっきのボスオオカミだ。
アインは盾を構え注意を引く。
「こっちだ!来い!」
巨大オオカミはその巨体を容赦なくアインにぶつける。
その威力に負けないように全力を振り絞る。
「今だ!くらえっ!」
「アイシクルランス!」
氷柱が獲物目掛けて飛散し直撃したが効果は薄くカイルの斬撃は弾かれてしまった。
カイルの攻撃は確実に巨大オオカミを捉えていたのにも関わらず不自然な弾かれ方をしている、多少の切り傷が出来て当たり前の威力のはずだが…。
エルの氷にしても先程の雑魚相手に効力は実証済み、それがこの有様だ。
「「なっ!?」」
「やはり…!これは、凶魔だ!!」
「なんだその凶魔ってのは!」
後方から絶え間なく突っ込んでくるオオカミを次々両断しながらアスカは聞く。
「…昔本で読んだことがある…数百年前に世界を破滅に追い込んだ邪悪な存在、凶魔族…!」
疲労を見せつつも小ぶりの小剣で辛うじて身を守りながらアミィは答えた。
「だがその存在は3人の王によって封印されたはずだが…封印が解けたと言うのか…?」
「それと俺達の攻撃が通らないのは関係あるんすか!?」
凶魔は己の力を誇示するかの如く咆哮し爪でカイルの脇腹を抉る。
「ぐぁっ…!」
「カイル!!!」
勢い良く地面に叩きつけられたカイルは傷を抑え蹲る。それに駆け寄るアミィ。
その様子を目の当たりにしたエルは腰が引けて上手く経つことが出来ない状態に。
「くっ!凶魔には魔力を伴わない物理攻撃を無効化する力があると聞く…厄介だ。」
「チッ、ありかよそんなの…アミィ!カイルを担いで下がれ!エル!ビビってんじゃねェ!死にてェのか!!」
「わ、分かってるけど…!」
震えて動けない。無理も無い、自分の力が一切通用しなかったのだ、今まででそんな経験はしたことも無いだろう、その上未知との遭遇に焦らない方が不思議だ。
「皆撤退しこの事を伝えろ、私が食い止める!」