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むし子  作者: はやし りょう
5/12

ハエ>ユタカ>彼氏

どこか遊びにいこーよー


夕食後の団らん時に目に入ったメール文にマイコは溜め息をついた。


遊びたくなんかないよ 一人が好きだから

と打ち込んで、すぐに消し、そのまま返信せずにメールなんて見なかったことにした。

他の人たちは仲良くいろんなところへ出かけているのに、マイコは何故かそういう気にならなかった。今の彼とは同じ大学のくせに2ヶ月間会っていない。相手を変えれば他の人たちのようにいつでも一緒にいたいと感じるようになるのだろうか?と何度も自問するが、その度にそれは相手のせいではなく自分の性格のせいであると結論づけるのであった。


なんでだろう よくわからないけど会いたいと思わないんだ


と友達の祐子に言うと、なんで付き合ってるの?と不思議そうな顔をされる。

マイコ自信もよくわからないのだ。なぜ付き合っているのか、なぜ別れないのか。


子供の頃からマイコは家で好きな曲を聴いたり、絵を描いたり、マンガやゲームで遊んだりと、家のなかで独りで楽しめるため、友達や彼氏と居ることにあまりメリットを感じないのだ。そのため、昔から人付き合いが悪く、自分からどこかへ行きたいと友達に言うことはしないし、また、遊びに行こうと誘われるといいよーとは言うが内心面倒で断りたいと思っているのだ。


しかしマイコは人嫌いな訳ではない。むしろすぐに人を好きになってしまうのだ。


マイコと同期の上田ユタカは、ハエ研に1年間在席して、大学院から別の大学へ通っている。大学では極めて稀なマイコと同じ出身地だった。マイコの彼氏とユタカは見た目がちょっと似ている。


マイコが夜中に実験をしなきゃならないと昼間にユタカにぼやくと、ユタカは、へぇ~それはタイヘンだ、とニッと笑ってみせた。

論文輪読のゼミが終わった後、皆帰り支度をしてお疲れさーんと去っていった。マイコは先輩たちを笑顔で見送りながら、飼育瓶に張り付いているハエの蛹の中で実験に使えそうな個体を選別していた。


10、11、…16、か。


実験するのにまずまずな個数が集まったことで、椅子を前に詰めてピンセットを構えた。決して多くない数の蛹を無駄なく解剖しなければ、ちょっと少ないんじゃなぁい?と助教授に突っつかれ面倒なことになる。マイコは顕微鏡近くに並べた蛹の列から1個体つまみ、顕微鏡下で解剖し始めた。ひとつひとつ、失敗なく、丁寧に、落ち着いて…マイコは心のなかで唱え続けた。


よーし できた


ふぅと安堵のため息をつき、周りの静けさに急に落ち着かなくなった。

もう誰もいないのかと恐る恐る実験室の扉を開き廊下にちらりと目をやった。マイコは暗闇が苦手だった。

暗い廊下の奥に吸い込まれそうになると肩を強ばらせていたが、ゼミの部屋から明かりが漏れていた。


誰だろう?付けっぱなしなだけかなぁと半ば期待を込めてゼミの部屋の扉を開けると、そこにはウロウロとしているユタカの姿があった。


あれ?ユタカくんも実験?


マイコが驚きの眼差しで尋ねると、


あぁ まぁ。 マイコちゃん、何時まで実験?


ユタカは、実験中なのかという問いかけにはっきりと答えることなくマイコに質問した。


あ、うん、抗体染色中で今は休憩なんだけど、夜中の12時半くらいかなぁ?終わるの。


それを聞くとユタカは、ふーん そっかぁ、といつもの返事をした。


あ、そうだ、ユタカくんお腹空いてない?カレーうどんあるから半分こしない?お湯沸かすねー


マイコは夜組の仲間がいることに嬉しくて、ユタカの返事を待たずに湯を沸かした。

ユタカは湯を沸かすマイコの後ろの席に静かに座った。湯が沸くまでの間、マイコはつまらない話題を振りながらカップ麺のフィルムをカリカリと破ろうとした。なかなか破れないのにニコニコしながらしゃべっているマイコの手から、ユタカは穏やかにカップ麺を取り、一瞬でフィルムを破った。静かで暗い校舎の中で、ユタカとマイコの間だけは温かく平和な時が流れていた。湯を注ぎ交互に食べる時も絶えずマイコはニコニコとしゃべっていた。ユタカはそんなマイコのマシンガントークの相づちを程よいタイミングで打っていた。一食分のカップ麺を二人はあっという間に平らげた。足りないねーと二人は笑った。ユタカは、ココア買ってくる。と、ひとり暗闇へ吸い込まれていった。気づくとマイコはユタカを追いかけていた。暗い階段で追い付き、私も一緒に行くーと無邪気に隣を歩いた。ユタカと居るととても居心地が良かった。


靴を履いて校舎を出るとヒンヤリとした風が通り過ぎた。ユタカは何も言わずにスタスタと自動販売機まで歩いた。思わずマイコはユタカの手に触れたくなった。何故と聞かれてもマイコは的確な解答をしないだろうが、たぶんユタカのことが好きなのだ。少なくともこの一瞬では彼氏よりもユタカの方に気持ちが向いていた。手を繋ぎたい衝動を邪魔したのは、彼氏だった。マイコの頭の片隅で冷ややかに見つめる彼氏の眼差しが浮かんだことがとても残念に思えた。

マイコは右手をグーにしてぴょこぴょこと小走りしてユタカの隣を歩いた。ユタカはあまりしゃべらない質なのでしばらくの間、沈黙が続いたが気まずいわけでもなく、自然な静けさだった。

二人は自販機でココアを2本買い、飲みながら研究室へ戻った。靴を履き替える頃にはもう飲みきっていた。

研究室で缶を捨てると、


じゃ、最後の抗体入れてくるね!


と元気に実験室へ駆けていった。

数秒でチューブに抗体を注入し終え、片付けと戸締まりをして学生部屋へ戻った。扉を開ける直前に、もしかしたらユタカはもう帰ったかもしれない、と急に不安になりドキドキしながら扉を開けた。しかし、そこにはカバンを背負ってうろうろしているユタカがいた。終わった?の一言にマイコはとても安心した。


うん!


マイコはユタカを待たせてはいけないと急いでカバンに荷物を詰めユタカのところへ駆け寄った。


そのときマイコはふと疑問を口にした。


ユタカくんもしかして実験ないのに私が終わるまで何時間も居てくれたの?


ユタカは、マイコちゃんひとりじゃ危ないからね、とニッと笑って見せた。


マイコの心はぽぉっと熱くなった。

ユタカくんのこういうところ、大好きだぁ~!

という心の叫びはユタカには伝わっていないが、マイコに彼氏が居なかったら間違いなくユタカにまっすぐな気持ちをぶつけていただろう。


マイコちゃん、彼氏ん家まで送ろうか?


そんな、マイコの前で平気な顔をしてユタカは言った。心を躍らせていたマイコは急に現実に引きずり戻された感じがした。深夜まで実験ということは終電も既にないため、大学近くに一人暮らしをしている彼氏の家に泊まるということになる。マイコはさっきまでの春のような心を愛しく思い同時に、つまらない現実に残念な気持ちになった。


え、あ、ううん。大丈夫。


マイコは笑顔でユタカと別れた。

大学から自転車で3分もかからないところに彼氏の家はある。自転車を停めて、結局はここしか居場所はないのかなぁとため息をついて合鍵で扉をあけた。部屋は暗く、マイコは小さくただいまーと呟いた。

荷物を置き、ロフトへ上がって行くと、暗闇に引っ張られた。マイコは仕方なく彼氏の相手をした。2ヶ月ぶりのマイコとの再会に、彼氏は愛情半分怒り半分で激しく気持ちをぶつけた。

マイコは適当に対応しながら、今日のときめきの時間を思い返していた。


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