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カップのフチ奈さん

銘尾友朗様主催の『秋冬温まる話企画』参加作品です。
 ピィィィィとお湯の沸いたケトルが鳴った。

 俺はコンロの火を止めて、カップ麺にお湯を注いだ。今日の夕飯は俺が良く行くコンビニの店長が誤発注した、緑のキツネだ。
 揚げが二枚に増えておいしくなったのはいいけど、店長が八個注文のとこを八ケースも注文して泣き言を言ってたから、仕方ないんで二ケースも買ってしまった。これからしばらく俺のご飯はキツネざんまいだ。

 どうせなら、寿司ざんまいがいいよなぁ。

 お湯を注ぎ終わったら蓋をして、上にカップのフチ奈さんを乗せる。

 これはロフトで見つけた、カップ麺の蓋が浮かないようにする重しだ。色んなバージョンがあるんだが、俺は普通のOLが腰かけてるタイプの物を買った。

 可愛いし便利だから、重宝している。

 スマホでタイマーをセットしてる間、窓の外を見てボーっとする。
 窓から見える空は雲一つない青空だ。遠くに飛行機が飛んで、飛行機雲を作っている。

 ああ、もうすぐ冬になるな。

 そんな事を考えていると、テーブルの上に置いた右手を、誰かにトントンと叩かれたような気がした。

 なんだ? と思って視線を向けると、そこには信じられない物がいた。いや、者か?

 俺の右手を叩いていたのは、カップのフチ奈さんだった。その横には、パカッと蓋の開いたカップ麺が白い湯気を立てている。

「え!?」

 フチ奈さんは、一生懸命カップ麺を指さしている。
 出来上がったってことか? でも、タイマーは鳴ってないぞ?

「え? 時間? あれ、でも、ちゃんと……。ああっ、タイマーの時間だけ入力してセットし忘れてるっ!」

 いやそれよりも、フチ奈さんが動いてるんだけど、
 えっ!? 何でだ!?

 凝視する俺に、フチ奈さんは一生懸命カップ麺を指さした。そして箸ですくって食べる動作をする。

「……もしかして、伸びるから早く食べろって言ってるのか?」

 恐る恐る聞いてみると、フチ奈さんは何度もうなずいた。

 俺はキツネにつままれた気分で、箸を取ってカップ麺を食べた。

 フチ奈さんは、テーブルの端に腰かけて、機嫌良さそうに足をブラブラと揺らせている。

「訳が分からん……」

 チープなプラスチック感溢れたOLのフィギュアを見ながら、カップ麺を食う男。―――なんてシュールなんだ。

 でも俺が食べ終わる頃になると、フチ奈さんの動きは段々鈍くなっていった。
 そしてついに動かなくなる。

 俺は、箸を置いてフチ奈さんを指でつまみ上げた。

「もしかして白昼夢か? でもやけにリアルだよな」

 昨夜はあまり眠れなかったから、疲れて幻影でも見たんだろうか?
 それにしては随分リアルな夢だったけどな。

 首を傾げながらも、あれは夢だったんだろうと結論づけることにして、遮光カーテンで光を遮ってから寝ることにした。

「きっと寝不足がたたったんだな」

 そう思ってベッドに入ったけど、なかなか寝付くことができない。
 仕方なく、ベッドから起き上がって、動かなくなったフチ奈さんを見る。

「うーん。何の変哲もない、ただのフチ奈さんだよな」

 よく見ても、ただのカップのフチ奈さんだ。

「うーん」

 やっぱりあれは夢だったんだろうかと思ったけど、念のため、もう一度カップ麺を作ってみる。もう一個くらいなら、緑のキツネを食べれるだろうしな。

 お湯を沸かして、カップ麺に注ぐ。

 そしてカップのフチ奈さんを上に置いた。
 すると、カップ麺の容器が温かくなるのに比例して、フチ奈さんの体が少しずつ動いてくる。

 そして出来上がりの瞬間に、フチ奈さんはピョンっと腰かけていたカップ麺から飛び降りた。でも今度はさっきのように早く食べろとせかすんじゃなくて、腕を組んで首を傾げている。

 じっと見ていると、フチ奈さんはポンと手を叩いて、カップ麺の容器の成分表示の場所を指さした。

「なんだ?」

 眼鏡をはずしてよく見ると、そこにはビタミンB1とビタミンB2の文字があった。他にも、ネギと魚貝エキスの文字を指している。

「……栄養が偏ってるとでも言うのか……?」

 思わずそう呟くと、フチ奈さんはうんうんと何度も頷いた。

「なぜ、君が俺の心配を……」

 俺はハッとして、壁にある時計を見た。縦型の電波時計には日にちも表示されている。そこには十一月二十三日と書いてあった。

「そうか……今日は彼岸か……じゃあ、もしかして君は……真奈美か……?」

 フチ奈さんの姿をした真奈美は、大きく頷いた。

 俺は思わず屈んで小さな姿になってしまった真奈美と視線を合わせた。

「真奈美っ! 戻ってきてくれたのかっ!」

 思わず大きな声を出してしまったせいで、真奈美はひゃっと飛び上がって耳を塞いだ。

「あ、ああ。すまない。でもまた君に会えて嬉しいんだ」

 真奈美は、俺の妻だ。
 結婚してもう二十年になるが、俺の最愛の妻だ。

 だけど去年、癌が見つかって、闘病むなしく先月逝ってしまった。
 医者は若いから進行が速かったのだろうと言った。

 真奈美が死んで、俺は何もやる気が出なくなった。会社も、我儘を言って休職させてもらっている。このままだと有給休暇も使い果たして、退職するしかないだろう。

 でもそれでも、心にぽっかりと穴が開いてしまったようで、何をする気にもなれず、こうして一日、家で過ごしているんだ。

 真奈美は小さな小さな手で、俺の頬を撫でた。

 そしてカップ麺の容器の所へ行って、再び文字を指さし始める。

「5分後、めん、ネギ……どういうことだ?」

 意味が分からず首を傾げると、真奈美はもう一度同じ言葉を差す。

() めん ネ』

「ごめんね……?」

 大きく頷いた真奈美は、また別の文字を差す。

 揚げ、ください、フタをして、かきまぜる

() い して る……あいしてる、か? 真奈美、俺もお前を愛してるよ」

『か ラ た し m は い』

「からた……体、か? それに心配……?」

()いしてる』

()いしてる』

()いしてる』

 ゆっくりと動かなくなる真奈美に、俺は必死に声をかける。

「真奈美! 行くな、真奈美!」

()     い       』

「真奈美!」

 文字を指したまま動かなくなった真奈美を見ながら、俺はいつまでもその名前を呼んでいた。









 あれから小さな真奈美がまた動くことはなかった。
 でももしかしたらまた彼岸や盆の時期に、再び戻ってきてくれるんじゃないかと祈っている。

 その時に心配をかけないように、俺はちゃんと食事と睡眠を摂り、仕事にも復帰することにした。

「行ってくるよ、真奈美」

 テーブルに置いた小さなフィギュアに声をかけると。

『いってらっしゃい、あなた』

 小さく、真奈美の声が聞こえたような気がした。



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