第4話 教師は上手か
それから数分後のことだったか、Rとの不毛な言い争いが続いていたところで、家のインターホンが鳴り、後に叔母が二階に上がり、部屋に入って来た
幸いにRは康太の姿であったので何も問題なくすんだのは良かった
「まあ、いないと思ったらここにいたのね康ちゃん」と叔母が少し驚いただけで済んだ
これが、自分の父親の姿をしていたらと思うと気が気ではなかった
しかし、家庭訪問の先生がいらっしゃったわよ、と叔母から聞かされて、自分の番が今日であったことを思い出し、ひどく気落ちした
「勇人くん、早く降りてらっしゃいね」と言い残して叔母は康太、もといRを連れて下に降りて行った
そういえば、咲良が家庭訪問の話をしていたことを思い出した
チサト先生は勇人と咲良の担任の先生であり、咲良の所属する水泳部の顧問も務めている
したがって、一階には勇人の担任であるチサト先生が今いるわけなのだが、如何せん勇人はこのチサト先生が苦手だった
ふう、と一息ついて落ち着こうとした
下に、Rがいることはこの際は少しおいておこう。さっきまで、康太として違和感なく過ごせていたアイツのことだ。きっと放っておいても暫くは大丈夫だろう。問題はチサト先生の方だ。家庭訪問の時間は十五分だったか、その間あの担任教師との会話に耐えねばならないのかと思うと本当に気が重かった
「下、行くか」
覚悟を決め、階段を降りていった
一階に降りてリビングに目をやれば、テーブルに姿勢良く座っていたチサト先生は叔母から出されたのであろうお茶菓子を頬張っていた
「ほぉう、ゆふと!おひゃまひてるほー(おう、勇人!お邪魔してるぞー)」
勇人を認めると、お菓子を食べながらチサト先生は手を振って喋りかけてきた。全くこの教師は、と呆れてしまう
「こんにちは」と挨拶をして勇人も席に着く。そして、叔母も席に着いた
勇人はRが何をしているのか気になり、辺りを見渡すと、先程と変わらず叔父と康太の姿で、アニメ 「ガンダーマン」の続話をテレビの近くに座って観ていたので、一先ず安堵した
「さあ、勇人。話をしようか」
余所見をしていただけに、急なチサト先生の溌剌した声に動揺してしまった
「は、はい。お願いします」
情けない声を出した後に続いて、叔母もお願いしますと付け加えた
では、とチサト先生は初めに淡々と勇人の授業態度に特に問題はないことや、現在の成績で視野に入れていく大学の候補などの話をした
勇人も叔母も黙って聞いていた
「形式的にお話しさせて頂くのは、ここまでになります。ここからは勇人君と二人で少しお話しする時間を取らせて貰ってもよろしいでしょうか」
叔母はかまいませんよ、と二つ返事で応えた
チサト先生は顔も整っており、気立ても良い。さらに生徒にもその親子にも、真摯に向かい合う評判の教師として、名が通っている。その為、先生やその親子、また教師の間においても厚い信頼を寄せられているのだ。だからこそ、普通の教師ならば疑問に思う質問に叔母も了承したのだろう。叔母は席を立って、奥の部屋へ消えていった
「さて、勇人。突然だが、実は君に相談があってだな。どうだ、引き受けてくれるか?」
身体をぐいとのりだして、チサト先生は顔を近づけてきた。意識がチサト先生の胸元へといってしまうのは、仕方ない。男の性である
「な、内容次第です。顔が近いですよ、先生」
勇人は顔を赤らめて、下を向く
「なんだ、照れているのか。ああ、君も立派に男の子しているんだね」
がはは、と大きく口をあけてチサト先生は笑った
こういうところが本当に苦手だ
チサト先生は席に座り直して話を続けた
「内容ね。端的に言えば、学区花火大会のボランティアスタッフをうちのクラスから、やってほしいという依頼が来ていてだね」
「お断りします」
勇人は即座に拒否した
「ボランティアスタッフなんて、面倒です。それに花火大会なんて人混みに僕が入ったら一瞬で淘汰されますよ。他の奴に頼んで下さい」
「ほう、断るのかい。君にとってもそう悪い話ではないと思うんだがね」
「どういう意味ですか」
チサト先生の意図が分からずに、勇人は軽くたじろいだ。束の間、沈黙してからにやりと笑みを浮かべてチサト先生は一言を発した
「咲良と二人で引き受けてほしいと言っても断るのかい」