第32話 想いは届くか2
咲良の投影が終わり、ルペは元の姿へと戻った。ルペは力尽きた様子で下に倒れ込んだ
咲良が僕に嘘をついたのは
隣にいて欲しかったから?
想いをぶつけて欲しかったから?
探し求めていた答えを得られずに張り詰めた緊張から解けた勇人は、へたり込んだ。向かい合って同じ体勢をする二人は、糸の切れた人形のように動く気配がなかった。これで終わりという雰囲気が屋上に広まった
「ありがとう、ルペ。もう一度お前のおかげで咲良に会えたよ」
強張った顔で、口角を無理やり横に引っ張って緩んだ表情を勇人は作った。後悔はない、という顔をルペに示さなければ、ルペが浮かばれないと考えたが故だった
「まだだ、勇人。勇人に本当に見て欲しいのはこれじゃない」
ぎこちなく、ルペは立ち上がろうとしていた。よく見ればルペの身体はポロポロと崩れ始めていた
「咲良は望まないかもしれない。けれど勇人に本当に見せたいのは、咲良が渡部へ残した投影の方なのだぞ」
「え」
「渡部も近くに来てくれ。すぐに投影を始めるぞ」
苦しいながらも笑顔を見せるルペに、先ほどから目に光る強い使命感がまだ灯っていた
わかった、と渡部はベンチから立ち上がって勇人の隣にやってきた
「ほら、起きろよ。志波。きっとまだ終わってないぜ」
渡部は勇人に手を差し出した。勇人はその手を取り、立ち上がる。自然と立ち上がれたのは、渡部の目もまたルペと同じ目をしていたからだった
「始めるぞ」
合図と共に再度、ルペは咲良の姿になった。再び投影が始まる
「やあ、私の彼氏(嘘)。そろそろ死んじゃうので、言葉を残そうと思います。といっても渡部くんに言うことは特にないかなー」
うはは、と楽しそうに投影の咲良は笑う
「とりあえず、彼氏役を引き受けてくれてありがとうっていうのはもう散々言ったことだけど、最後にもう一回。ありがとう
さてお礼はこれくらいにして、渡部くんには今まで勇人の愚痴をたくさん聞いて貰ったよね。だから最後も悪いんだけど、天国に持っていくにはちょいと重過ぎる私の気持ちを聞いて貰います
本当に自分勝手だね、私は。渡部くんが天国に来たら、私は一杯奢ることに決めたよ」
今度は意地悪そうにクスクスと肩を震わせて、咲良は笑った
「それじゃあ話すね」
すう、と咲良は大きく息を吸い込む
そして、叫んだ
「私、死にたくない!」
声量の大きさよりも咲良の心からの叫びを受けて、勇人の身体は震えた
「なんでなの?なんで私なの。全然納得できない。死にたくないよ。まだまだ生きていたいよ。やりたいことなんてまだ溢れるほど残ってるのに」
勇人に残した投影とは全く違う咲良がそこには映っていた。これが咲良の本音だと勇人は実感した
「なんて。渡部くんやチサト先生やルペちゃんに、わがままを言っておいてだよね。本当にどうしようもないよね、私
でもね、せっかく「好きだ」って言ってくれたの。抱きしめてくれて、手も繋いでくれて、あんなに幸せだったことはないんだよ
死ぬから許される幸せだと思った。でも、死んじゃったらもうその幸せは取り上げられちゃうなんて、あんまりだ
やっぱり私は死にたくなかった」
咲良はもう笑ってなかった
左右から溢れる涙を拭いながら、鼻声になりながら悲痛を訴えていた
きっと僕が目を向けるべきだったのは、たぶん笑顔の咲良じゃない。必死で隠していた今の咲良だ。でもそれは今だからこそ、なのだろう。だから、訂正だ。僕が咲良の笑顔を見たいじゃなくて、僕が咲良を笑顔にするべきだったんだ
胸が捩れるように酷く痛んだ。もうどうすることも出来ない後悔が勇人を締め付けた
「勇人と私は小さな頃から一緒だった
習い事も学校も一緒で、一緒にいるのが当たり前だと思ってた。でも、勇人はいつからか私から少しずつ離れていった。その時は勇人が私に距離を感じ始めていたことに気付かなかった
それで気を引こうとして、私の頑張ったこととか褒められたことを勇人に話して気を引こうとした。それが余計に勇人との距離を作ってしまっていたことに気づいたのは後になってからだった
でも後になっても勇人の前では、ずっとカッコいい咲良でいたかったのは変わらなかったけど、遠くにいって欲しくもなかった
だから今度は、「とびきりの嘘」を付いた
渡部くんと付き合ったのが、それなの。勇人には壁を壊して強い想いをぶつけて欲しかったなんていい方をした。それでルペちゃんに頼んで、最後の最後までカッコつけた。本当にダメだね、私は
違うの、全然違う。そうじゃなかった
私は勇人が好き
死ぬほど好き
そうやって素直に伝えればよかった
離れないで、そばにいてって。毎日一緒に帰って、少し寄り道をしたり。休みに遊園地や水族館に行ったり。映画を観に行って、手を繋いだり、二人で部屋で漫画やゲームをして一中ゴロゴロしたり。なんでもない会話に二人で笑ったり。些細なことで喧嘩して、すぐ仲直りしたり。そうやって勇人と一緒にまだまだ生きていたかった
でも、それは叶わない。どうしようもないんだ
だから私の話はこれでお終い。勇人宛の投影より、渡部くんの方が長くなっちゃったよ。しまったな」
けたけたと涙を浮かべながら、いつものように咲良は笑う
「渡部くんは、幾ら私が可愛いからって言うこと聞き過ぎ。いい人過ぎ。私みたいな女に手玉に取られないように気をつけること、わかった?」
寂しげに渡部は微笑んでいた
「最後の最後に、お願い。投影で話したことは、勇人に伝えないで下さい。きっと勇人は自分を責めてしまうから。それだけはして欲しくないの。お願いします。それじゃあ、咲良でした
ばいばい」
テレビの電源が切れるように、咲良はルペに戻った
耐えられなかった。咲良の想いを知って、勇人は嗚咽した。大声で泣き叫ぶような真似は咲良の想いを踏みにじってしまう気がしたから、それでも溢れてしまう悲しみを懸命に声を押し殺して、勇人は少しずつ涙を流した。ずっとこらえてきた咲良への気持ちが溢れて止まらなかった
夕日は傾き、今日を終わらせようとしていた。先ほどまで、かろうじての青さと夕日を受けて桜色だった雲が縞模様を描いていた空も、等しく橙色に染まりきっていた
今やっと、勇人は咲良の死を認めることができた
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