第2話 視覚は現実か
家路に着く頃には流石に太陽も根負けか、とばかりに暮れの茜色が段々と薄暗い階調を描いていた
先ほど咲良とは家の前で別れ、自室から外に目をやれば、なるほど今の時間を「逢魔時」と呼ぶのも、頷ける。お気に入りリストの曲をイヤホンで聴きながら、自室で胡座をかいて、勇人は一人で物思いに耽っていた
すると、イヤホンをつけていたにも関わらず、下から何かが割れるような大きな音が聞こえた
次に、子供の声がした
「いけえー、ガンダーマン!」
急いで下へ降りると、叔母さんは割れてしまった食器を片付けて、叔父さんは子供を抱えて破片を踏ませないように、キッチンから離れたリビングへ子供を連れて行き、テレビを付けてあげていた
「大丈夫ですか?僕、手伝います」
食器を片付ける叔母を手伝おうと破片を拾う
「勇人くん、ごめんね。ありがとう」
「いえいえ、中々やんちゃな子みたいですね」
叔父、叔母に迷惑を掛ける子供に少しの苛立ちを覚えた
どうやら、その子は叔母達の孫らしい。 名を康太と言うらしい。両親が仕事の為、今日は家で預かるのだと叔母が説明してくれた
「ガンダーマン、頑張れー!」
康太がテレビに熱中してる隙を見て、叔父さんも食器の片付けに参加した
「いやはや、あれだけ元気なら将来も楽しみだ。いささか、元気過ぎるがね」
笑いを含んだ顔で、楽しそうに孫のことを語りながら食器の破片を拾い手際よく新聞紙で包んでいく
「ガンダーマン、頑張れー!」
此方の苦労など、お構いなしに、康太は相変わらずテレビに魅入っている
片付けも終わり、叔父、叔母から「ありがとう」とお礼を言われ
「晩御飯ができたら、また呼ぶから。それまではまだゆっくりしていて」
とのことだったので、再び二階に上がって外の景色を見ながら音楽を聴いて時間を過ごすことにした
ふと、頭に教室での事が浮かびあがる
『渡部くん、部活頑張れー!』
好きな曲を聴いているのに、先ほど覚えた苛立ちが、どんどん膨らんでいくように思えた。勇人は音量を2つ上げた。苛立ちをかき消したい一心で目をつむり、音量を一つ、また一つと上げていく
不意に、背後に不気味な気配がして座っていた背後を見るとドアの入り口には康太が立っていた
「うわ、びっくりした。康太くんだっけ、どうしたの?」
イヤホンをとり、勇人は尋ねた
すると、康太はおずおずと口を開いた
「お兄ちゃん、お皿のこと、割っちゃってごめんなさい。叔父さんから、お兄ちゃんもお片付け手伝いしてくれたって聞いたから」
おそらく、叔母さんあたりが康太を叱ったのだろう。まさに、青菜に塩のように康太の元気は無くなっていた
「そんなことか、俺のことは気にしなくていいよ。ただ叔父さん、叔母さんの迷惑になるようなことは止めような」
康太を諭すように言葉を返した
「うん、お兄ちゃん。ありがとう」
そう言うと、康太は階段を元気に駆け下りていった
ふう、と勇人は一息ついた
気付けば苛立ちも無くなっていた
「確かに、素直な子は素敵だね」
小さく一人で呟いた
その時に、また背後から視線を感じた
「康太くんか、今度はどうした」
そこには予想通りに康太が立っていたのだが、先ほどとはどうやら雰囲気が違うのは分かった
「見てて」
それだけ言うと、康太は崩れ落ちた
「…え?」
何が起きているのか、わからなかった
ただ、少し前まで康太だったものが銀色の液体になって崩れたのだ。そして、液体は徐々に大人の身体を形成し始めた
「はじめましてだね、声を上げないで貰えるのは助かるよ」
やがて出来上がった固体は、見覚えのある顔立ちだった
勇人は追いつかない頭を回そうと躍起になる
「ちょっと、待ってくれ。本当に待ってくれ。おかしくなりそうだ」
勇人は目をこする。しかし、眼に映るものは変わらない
「なんで、どうして…」
言葉が出てこない。僕は本当に魔物にでも遭遇してしまったのか。本気で思った
やがて、目の前の知った顔が口を開いた
「さて、この顔は君の死んだ父親で合っているか」