第28話 真実は無味か
咲良が泣き止んだあと、家まで送ろうとしたが咲良は断った。今日は親戚の家に泊まるから、家には戻らないとのことだった
せめて近くの駅まで送るよ、と言うと、何か躊躇ったように見えたが、咲良は黙って頷いた
駅までの道のりの間、二人の間に会話は無かったが、咲良と勇人は互いの手を離さず繋いでいた
駅に着くと、咲良が勇人の手をすり抜けるように離した。さっきまで、泣いていたことが嘘みたいに晴れやかな顔をしていた。「今日はありがと。じゃあね」と笑顔を見せたあと、咲良は駅の中に消えていった
咲良と別れてから、勇人はルペを探しに神隠川の反対側の岸に向かった。咲良と歩いていた側よりも、不気味なほど、こちら側の岸は暗かった。スマホのライトで辺りを照らしながら、勇人はルペを探した
「ルペ、何処にいるんだー?」
返事は無い。温い風が吹き抜けて勇人を嘲笑うように木々が騒めく。不安を掻き消すように勇人はもう一度、名前を呼んだ
「ルペー!」
「ルペって、誰だい?」
暗闇から声が聞こえた。勇人は声のする方に明かりを向けた。立っていたのは安川だった
「やあ、勇人くん。愛しい女の子とのデートは楽しかったかい?」
不敵に笑う安川の右手には襟袖を掴まれた傷だらけの同年代の男の姿があった
「ルペ!」
身体には何箇所もミミズ腫れや蜥蜴のような血斑が確認できた。白いシャツは赤黒く染まっていた
「ほう、名前まで付けていたのか。たかが実験体に随分と入れ込んだものだね」
「てめえ、ルペに何をした」
これ以上ないくらいの怒りを覚えた。風は轟々と勢いを増して吹き荒れる
「なに、失敗作を処分しようとしていただけさ」蔑むような目で安川は自身の右手に視線を移した
「…失敗作だと」
「そうさ。私が志波博士に夢にまで抱いた〈死者の完全再現〉はとうとう叶わなかった。その結果がこいつだ。全く腹立たしいよ」
前方にルペを投げ捨て、安川はルペの腹部に蹴りを入れた
「ぐはっ…」
「止めろ!」
勇人はルペに近付いて、しゃがみ込んだ
「大丈夫か?」
「…勇人。花火はちゃんと…見えたか?」
「そんなこといいから、喋るな」
腹部からの流血が止まらない。あっという間にルペの下には血溜まりができていた。手に持ったスマホで救急車を呼ぼうとすると、右半身に衝撃を受けた
「冷静になりたまえ。救急車なんか呼んでも意味無いさ。また呼ばれたら困るのはお互いさまじゃないか。それに、このくらいでは、その失敗作はくたばらないさ」
どうやら、安川に蹴りを入れられたようだった。針金みたいに細長い身体から繰り出さられたものとは想像もつかないほど威力だった
「どうせ、欠陥品だ。こいつはあと何日も持たないさ。今、処分する方がリスクは少なくて済む」
「どういう意味だ?」
少し考えてから「いいだろう」と安川は雄弁に語り始めた
「ここ数ヶ月の間、研究内容の回復と実験体 Rを作り上げた方法についての調査を独自に進めてきた。実験体Rが君の弟 志波 敦己の死後に誕生したことから、敦己くんの命を用いて、実験体Rを作り上げた。実験体Rは敦己くんそのものであると。私はそう思っていた」
「思っていた?」
確信すら持ったルペの正体に、違う解を表そうとしている安川の言葉に勇人は驚きの表情を示した
「だが、違った。そうではなかったんだよ。その失敗作はただの記憶統合体だったんだ。基礎情報は敦己くんを含めて、複数の人間からのトレースを土台していただけに過ぎない。A.I.と同じさ。命なんか持っちゃいなかったんだ。すっかり騙された。これは手酷い裏切りだったよ」
「記憶統合体…」
「そう。人間の真似事をするロボットさ。アルゴリズムに基づいて、より効率的に次の行動を決定する。最も、人間の細胞を含むところから形態を自在に変えられるところが愉快な仕組みではあったが、それも諸刃の剣だ。数ヶ月で、細胞の部分は腐敗を始めるのさ。後は崩れ落ちて、残るのは、ただの金属の塊という訳だ。どうだ、滑稽だろう」
高らかに笑う安川の声色の中には失望が有り体に示されていた
「笑うな。人間だろうと、ロボットだろうと僕には関係ない。ルペはルペだ」
「…勇人」
傷付いたルペが縋るように勇人を見つめた
そうさ。咲良が教えてくれた。ロボットだとか、人間じゃないとか、そうじゃないんだ。僕の想いがあればそれは「ルペ」なんだ
「君も滑稽だな。何を言っても無駄そうだ。さっさと終わりにしよう」
安川は倒れたルペに歩み寄る
「やめろ」
声と共に駆け出して、勇人はルペの身体を守るように覆い被さった
「ルペを殺すな。あと少しの命なんだろ。それまで僕がルペを世間に露呈しないようにするから。迷惑は掛けないから。頼むから、助けてください」
今にも溢れそうな涙を堪えて、勇人は安川を見上げた。それでも安川は歩みを止めない
「助けてください」
「残念だが、ダメだ」
安川は覆い被さる勇人を蹴飛ばした。そのままポケットから携帯用のスタンバトンのようなものを取り出し、致死量の電流を加えようと、安川は腕を振り上げた
「やめろおおおお」
安川が腕を振り下ろして、ルペの死を覚悟した
次の瞬間、何かが蒸発したような大きな音と共に、あたりは眩い光に包まれた
目も開けられない光の中で「ありがとう」というルペの言葉だけがたしかに聞こえた
光が収まると、そこにルペの姿は無かった
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