第22話 雨天は息継か
生徒資料室を見つけたのは、桜の花弁が校庭周りのアスファルトを埋め尽くしていた四月の半ば頃のことだった。教室に居場所を見出せず、雰囲気に追い出されるように昼食の時間は教室を出た。自分の居場所を探し歩いていたところで、この資料室と出会った
咲良が学校を休んだのは、貧血を理由に大事をとってのことらしい。明日の花火大会には十分、参加できるだろうとのことだった
資料室の窓際で煙草を吸いながら、チサト先生はそう答えた
「先生、教頭先生に見つかったりしたら大変ですよ」
「大丈夫だ。これ水蒸気だから」
外には鬱屈とした空が広がっており、太陽は厚い雲に覆われながらも、自分の居場所を主張していた。校庭に人はいない
昼休みに例のように、資料室で昼食をとっていたところでチサト先生は現れた
「よう、勇人。一緒に飯食お!」
チサト先生は時々、こうして資料室を訪れる。大方、僕の面倒を見てくれているのだろう。しかし、この先生だからだろうか、不思議と悪い気はしなかった
「それで、咲良とはどうなんだ」
唐突にチサト先生が質問を投げかけてきた。少し詰まってから、「別になんにもないですよ」と勇人は返したが、「なにかあったな」と勇人の様子を見て、チサト先生は即答した
「へー、やるねえ。彼氏のいる女の子にアタックとは、青春とは程遠い昼ドラみたいな恋愛してるね。私くらいの年には胸に来るものがあるよ」
にやけ顔をして、チサト先生は楽しそうにしていた。勇人は一つ溜息をついてから答えた
「デートに誘いました。大体、倫理的には僕みたいな奴を先生は注意しなきゃだめなんじゃないんですか」
チサト先生は黙って、電子タバコの煙を吐き出した
「私は倫理を押し付けるために教師をやっているんじゃあないよ。生徒の一番のアドバイザーでありたいといつでも思っている。君達が君達の道を胸を張って歩けるように、私はいるんだよ」
「それが、略奪を促すアドバイザーなんですか」
がはは、とチサト先生は気持ちよく笑う
「屁理屈言うなよ、勇人。その調子だと、君は達哉と咲良が嘘をついていることに気付いているんだろ」
この先生は一体どこまで知っているのだろうか、と勇人は本当に疑問に思った
「それで、いつ告るんだ?」
変わらず、チサト先生は楽しそうだ
「花火大会の後ですかね」
「うん、それがいいな」
満足そうに、チサト先生は頷いた
曇天の景色の中で、光の濃い部分と薄い部分とが位置を入れ替えていくように流れていく。太陽の輪郭はもう消えていた。明日は雨だろうか、と不安になった
「午後から降り出して、明日には雨は上がるそうだ。花火大会は大丈夫だろう」
電子タバコの電源を落として、チサト先生はポケットにしまい込んだ
「先生は何処まで知っているんですか」つい疑問が勇人の口から飛び出した
「教師だからね。ある程度は、と答えておこうか」
不服そうな勇人の顔に、チサト先生はこう付け加えた
「そうだな。答えは教えてやれないが、アドバイスならくれてやろう」
チサト先生は向かいのドアまで歩いていった
「女の子に気持ちを伝える時は、ここしかないってタイミングでちゃんと言葉にするんだよ。そして、そのタイミングを自分で作ることが大切だ。シチュエーションってやつさ。女は滅法それに弱い」
ちょうど予鈴が鳴った。チサト先生は扉を開けて、「早く教室に戻るんだよ」と言い残して資料室を出ていった
気づけば、いつの間にか雨音が響いていた。細い線が沢山、下に落ちていく。グラウンドにできた水溜りに雨粒が差して、波状に揺れている。勇人には水面が愉快に踊っているように見えた
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