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青空

 空が青い。水色の絵の具をぶちまけたような一面の青の中に、ぽつぽつと白い綿菓子みたいな雲が浮いている。

 手を伸ばせば届きそうな綿菓子。


「そういやあ綿菓子食ってないなあ。子供の頃に縁日えんにちで食った時からかなあ」


 俺たちは商店街の中の歯医者が入っているテナントビルの屋上にある階段室の上にいる。


 階段室は屋上に飛び出している感じの階段しかない部屋だ。

 その階段室の上は、狭いながらも俺たちが寝っ転がるには十分な広さがあった。


「最近じゃスーパーのお菓子売り場でもあったけどね」

「え、マジ? それどこよ。近いのか?」

「ほらそこ、看板が見えるでしょ」


 江楠えくすが指を差すその先には、赤い大きなスーパーマーケットの看板。


「あ~、そうだったら行ってくればよかったなあ。何年かぶりに食べたいなあ、綿菓子」

「行ってくればいいじゃん。まだあるかもよ」

「江楠さんは何か欲しいものあるの?」


 有希音が仰向けに寝転がりながら脚をバタバタさせる。


「そうねえ、私はアイスが食べたいなあ。ハーケンダックのワイルドベリー」

「あれって結構渋くない? 私はダックだったらモカブレンドがいいなあ」

「アイスかぁ。俺はグリグリ君が食いてえな。あのジャリジャリした氷の感覚、たまんないぜ」

「グリグリ君ならコーラがいいかな」

「えー、グリグリ君って言ったらソーダ一択いったくだろー」

「そう? 私は梨味が好きだなあ」

「あー、あったあった梨! うん、梨だったら許す」

「許すって誰にだよ」

「誰だよだって、ぷっ、あははは!」


 俺たち三人は他愛たあいもない会話で盛り上がった。

 久しぶりに笑った。

 笑って、なぜか涙が出た。


「あれ、あんた泣いてんの?」


 江楠のやつ、鋭いというか目ざといというか。


「泣いてなんかねえよ」

「だって、目が真っ赤だよ」

「う、うるせ……」


 俺の顔に柔らかい物が当たって視界が真っ暗になる。


「鋼くん、いいんだよ。つらい時は無理しないで」

「有希音……だって……」


 俺の顔を塞いでいたのは、ふっくらとした有希音の大きな胸だった。

 有希音が俺の頭を抱えるようにして包んでくれる。

 こんなシチュエーション、健全な男子高校生ならもっと違う反応になるはずだろうけど、今の俺には安らぎの方が優先していた。


 ふかふかの羽毛の枕に顔をうずめているような、もこもこの毛布にくるまれているような。

 肩の力が抜けて目を閉じる。


「有希音……」

「ん?」

「落ち着くな、これ」

「……よかった」


 そばにいるはずの江楠も、この時ばかりは何も言わなかった。


 俺たちは階段室の上にいる。

 頭上には青空がどこまでも広がっていた。


 俺と有希音と江楠の三人。

 そして大量のゾンビ。


 階段室の上に行くためのはしごを登れないゾンビたちが俺たちにどうにか近づこうと、うめき声を上げながら手を伸ばしてくる。

 だけどもちろん俺たちには届かない。

 ゾンビたちの手がむなしく空を切る。


 俺たちの周りには、数えるのも面倒になるくらいのゾンビの群れ、群れ、群れ。


 狭い屋上にこれだけ集まるとなかなかすごいものがあるな。


「なあ、アイスまだあるかな」

「食べたいの?」

「おう」

「そうね、まだ保冷庫の中だったら溶けていないやつがあるかも」

「江楠さん、私も食べられるかなあ」

「大丈夫よきっと」

「じゃあ、行ってみっか?」

「うん」

「ええ」


 俺は群がるゾンビに向かって鉄柱を突き立てる。


 頭が割られて脳味噌を飛び出させたゾンビがその場で倒れたが、すぐに他のゾンビが押し寄せてきた。


 れろり。


 俺は鉄柱に付いたゾンビの血をめる。


 変なの。やっぱうめえや。

 こんなのが美味いなんて、俺の味覚もどうかしてるぜ。


「よっしゃぁ!」


 俺は階段室の上から飛び降りると同時に鉄柱を横()ぎに振り回す。

 肩を砕かれて仰向けにのけぞるゾンビ。

 腹が裂けてブジュリと内臓をまき散らすゾンビ。

 脚を折られてその場に倒れるゾンビ。


「なにちんたらやってるのよ。こんなんじゃ日が暮れちゃうわ」


 江楠が俺に続く。

 振り回した手斧がゾンビの頭をとらえる。

 鼻の上から先がなくなったゾンビは前のめりに倒れた。

 真正面から頭をかち割られたゾンビは両方の目玉を飛び出させてしゃがみ込む。


「置いてかないでよう」


 有希音がはしごから降りる。

 台所で見つけたゴキブリみたいに、倒れたゾンビの頭をブチュブチュと踏み潰していく。

 倒れていないゾンビには蹴りを入れて吹き飛ばしたところで頭を潰す。


 こいつらは生きているのか死んでいるのかも判らない。

 病気かウイルスかも判らない。

 人間から変異した者たち。


 助ける方法はあるのかもしれないが、俺にはどうしようもない。

 ただ頭を潰すだけだ。

 その動きを止めてやるだけ。


 俺たちはゾンビじゃない。

 だけど人間でもない。


 ゾンビに襲われ人間に恐れられる。


 俺たちは喰らう者(イーター)。変異に喰われ、変異を喰らった者たち。


「ようし、俺はこれから本気出す!」


 抜けるような青空が、血に染まっていく。


 なあ。アイスの味ってさ、ゾンビより美味いかな。

第一部完。


10万文字突破したので、丁度いいかと思いまして一区切りです。

まだ布石はいっぱい散らしているので物語は続きますが、ひとまずはイーターを認識したところで締めといたします。

毎日更新にお付き合いいただき、ありがとうございました。


冬童話と異世界ものを少々書いて、御庭外くんを更新したころに、また書き溜めたいと思います。

その時またガブガブしていただけたら嬉しいです。


2016年12月15日 高千穂絵麻

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