カレー屋
「鉄心、これってゾンビみたいじゃん」
神月が思ったことを口にする。
俺もそう思うくらいだから、この商店街で騒いでいる連中も多かれ少なかれそう思っているやつはいると思う。
「ともかくどこかに隠れよう。近くにいたら大変だ」
俺は有希音を乗せたストレッチャーを押しながら、商店街のアーケードを見回す。
同時多発的なのか、あちらこちらで人が襲われている。
「これだけ多くちゃ、どうしようも……」
「グダグダ言ってねえでどこか探せよ! そうだっ!」
俺はストレッチャーをカレー屋に向かって走らせる。
「神月、おやっさんの店に! 急げっ」
「判った」
神月もストレッチャーを一緒になって押す。
救急隊員はどこかへ行ってしまったのか、この騒ぎに巻き込まれてしまったのか。
ガラガラとキャスターの音が響く。
「グガラララ!」
「邪魔だっ、どけよ!」
俺が怒鳴り散らしているから、こんな時でも人は避けてくれる。ただ、ゾンビなのか血まみれでうろついているようなやつは逆に俺たちへ向かってくる。
そんなやつはお構いなしにストレッチャーで弾き飛ばす。
つかみかかろうとするやつもいるが、蹴りを一発入れてやると飛ばされた先で近い標的に向かっていった。
「悪いな。俺も今それどころじゃないんでな」
俺が蹴飛ばしたゾンビが他の人を襲っている姿は、なんだか少し気の毒に思えた。
まったく関係ないとは言えないから。
「鉄心、人を襲っているのは君じゃない。ゾンビなんだ。そんなに気にしちゃダメだよ」
神月。俺の心を読むなんて、お前エスパーかよ。
「そうだな、神月もたまにはいいこと言うじゃんか。
少しは気が楽になったぜ」
「たまにははないだろ」
俺たちは冗談交じりの会話をしながらカレー屋のドアを開け、ストレッチャーごと中に入る。
「なんだよいきなりそんなもんで入ってきて、それに外の騒ぎはどうしたんだい。他のお客さんも急に駆け込んできたりして」
おやっさんが尋ねるが適当な答えが見つからない。
「とにかく、シャッター! 閉めてくれ!」
俺はおやっさんにそれだけ告げると、一旦店の外に出てシャッターを下ろし始めた。
訳がわからないままおやっさんが外に出ると、その目を丸くひんむいて動きが止まる。
「いったいこりゃあ……」
おやっさんの目の前で繰り広げられる光景は、ついさっきまでの商店街のそれとは全く違った地獄絵図だった。
ゾンビとなった人がまだ生きている人に襲いかかり、噛みついた首筋から鮮血がほとばしる。
人だかりの中心から叫び声が聞こえるが、それが徐々にそいつを喰っているやつらのうなり声と、クチャクチャむさぼる音に埋め尽くされていった。
近寄るゾンビどもを蹴飛ばしながらシャッターを閉め終えた俺が、棒立ちになっているおやっさんのエプロンをつかんで無理矢理店内へ押し込んだ。
俺もその勢いで店内に入ると、すぐに神月がドアを閉めて鍵をかける。
ストレッチャーを横倒しにしてドアへ押し付けた。
これで少しは持ちこたえられるだろうか。
「明かりを消して、できるだけ音を立てないで」
「なにかあんのか神月?」
「ああいう連中は、光や音に寄ってくる習性があるんだ。狙われないためにも暗くして静かにした方がいいよ」
「よく知ってんだな。流石はオタメガネだぜ」
「それは鉄心なりの褒め言葉と受け取っておくよ」
「おやっさん、テーブル借りるぞ」
返事を待つ前にテーブルの上の小物類を腕で払い落すとその上に有希音を乗せた。
青白い顔で冷や汗をかいている。
額に手を置く。
「すっげえ熱じゃねえか。神月、おしぼりか濡れタオル!」
「今持ってくるよ」
「おやっさん、救急箱みたいなのある?」
「ちょっと待ってな」
「あと裁縫道具とかも」
「二階を見てくるよ」
「頼んだ」
息の荒い有希音。
有希音のシャツの袖をハサミで切って腕を露出させる。
「うっ」
手首から肘近くまで、ごっそり皮膚が剥ぎ取られていた。
二の腕には、神月のだろうかベルトで縛って止血しようとしている。
表面だけだったらいいんだが、筋肉や骨まで達していたらと思うと。
「頑張れ、有希音」
俺のボキャブラリーの貧弱さにはあきれるばかりだ。




