昼飯
「鋼くん、お昼食べる?」
有希音の声がする。
ああ、もう昼休みだっけ。午前中の授業はずっと寝ていたらしい。
昨日発売されたゲームを徹夜でやっていたからなあ。
もう今日は眠くて眠くて……。
目を開けると、いつもの巨乳クラスメイトが目の前にいる。
ポニーテールが揺れていた。
あれ、うちのとは違うジャージを着てる。スカートはうちの制服だけど。
それに色白で、真っ青な顔。
どうしたんだよ有希音。顔色が悪いぞ。
「いいよ購買でパンでも買うから」
そう言えば俺と有希音って昼飯を気にするくらい親しかったっけか。
なんで声をかけてくるんだろうな。
「なに言ってんのよ。ちゃんと起きなさいよね」
ああこのきつい言い方は。やっぱり江楠がいる。
おかしいだろ、なんで俺の学校に江楠がいるんだ。
「んあ?」
辺りを見回すと、そこは学校の教室ではなくて床屋の一室。
俺は床屋の椅子をリクライニングしてその上で横になっていた。
仰向けに髪を洗う時の、あの背もたれが倒れるやつだ。
オヤジに聞いたことがあるけど、昔は床屋だとうつ伏せに髪を洗っていたとか。
俺は一〇分カットの店しか行かないからな、掃除機みたいなので吸って終わり。
その店は駅ビルの中にあって、この間行ってきたばかりだったんだけどその店も今じゃあどうなっているか。
「ごはん、食べる?」
有希音がもう一度訊く。
そういえばだいぶ食べてなかったな。
「おやっさんのカレー食べて以来か……」
昨日のことなのに、あの大食い大会をやったのが何カ月も前のように思える。
そういえばカレー屋はどうなっただろう。
結局俺たちは店に入ることができなったし、なぜ俺たちを拒んだのかが解らないままだ。
神月やおやっさんたちのいるカレー屋は俺たちのいるバリケードから五件先だ。
金網の内側から見ればカレー屋の看板くらいは見える距離。
目と鼻の先でもそこにはゾンビどもがうろつく死のロードだ。
屋上を伝って隣の店まで行くことはできる。
安全性が確保できたのなら連れてくることもできるんだろうけど、今の俺たちが行って開けてくれるかどうかは判らない。
「はい」
考えで動きが止まっていた俺の目の前に差し出された昼食がある。
「昼飯、もらうよ。ありがとう」
有希音が持ってきてくれたのは菓子パンとペットボトルの水。
保存食にならないようなやつから食べてしまわないとな。
カロリーブロックみたいなやつは日持ちするから取っておかないと。
「有希音は食べないのか?」
「うーん、お腹空かないんだよね。トイレも行かないし。新陳代謝がないのかな」
「あ……。そうなんだ」
俺は辺りを確認する。
有希音と江楠以外には誰もいない。
「有希音が、というより俺たちが噛まれていることは言わない方がよさそうだな。なんせ恐屍隊なんて言っているくらいだからゾンビに対していい印象を持っていないだろう。
それどころか敵視しかねない」
「大丈夫よ私たちは他のゾンビとは違うから。でもそうね内緒にしておく。変に怖がらせても……」
「そうだな。食事とかトイレとかそういうのは俺たちも気をつける。協力してくれよな江楠」
いきなり矛先を向けられて江楠が戸惑っている。
「し、仕方ないわね。別にあんたが言うからじゃなくて鈴本さんのためなんだからね」
「バカ言え、俺もお前も半分ゾンビみたいなもんだろ。そんなのが大前田とかに知られたら面倒になるじゃないか」
「そうね……。そうよね」
いまさらながらに突き付けられた現実。
納得したのかどうかは判らないが、複雑な表情で江楠もパンをかじる。
「味気ない……。こんな味だったかしら」
俺もそれは思った。
ゾンビを喰っている時に感じたあの味、うまさに比べたら、普段食べていた菓子パンの味がかすんでしまう。
粉っぽく、薄い味。
俺と江楠が一通り食事を終えると、入り口をノックする音が聞こえた。
床屋のガラス張りの窓から、それが大前田だというのは判る。
「どうぞ」
俺は入り口まで歩いて行き、まだ割られていない玄関のガラス戸を開ける。
「鋼くんたちに知らせたくってね」
大前田は顔を赤くして興奮気味に話しかけてきた。
「本隊が戻ってきたんだ」
「本体?」
「そ、恐屍隊の本隊だよ」
なんだこいつらだけじゃなかったのか、この頭のいかれた連中ってのは。
それに本隊だって?
とするとこいつらよりも多いのか強いのか、その両方なのか。
どっちにしても面倒なことになりそうだな。
「その本隊ってなにをしていたんだ」
「資材や物資調達、それに食料もだよ。人間、生きていく上で食べることが必要だからね」
そうだな。確かに人間は食わないと死んでしまう。
「鋼くんたちはとても優秀な戦力だからね、ぜひ紹介させてくれよ」
俺の承諾もなにもない内に、大前田の後ろから女の声が聞こえた。
「なんだ、大前田さんがすごいなんて言っていたからどんなに強そうな人なのかと思ったら」
「あっ」
俺と有希音が息を呑む。
江楠はわけの分からない状況に、俺たちと大前田の後ろにいる女の子を交互に見る。
「なに、知り合い?」
知り合いもなにも。
「奈美絵……」




