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クモの糸

「あんたら上だ、上っ!」


 近づいてきたゾンビを蹴り飛ばし、言われるがまま見上げる。


 商店街のアーケード、その屋根が見えた。

 高さとしては建物の二階くらい。

 半透明なその屋根は光は通すが雨風から商店街を守ってくれる。


「こっちだよ隣の二階だ!」


 その脇で吠えているのはカレー屋の隣、床屋の二階のベランダから身を乗り出している男だ。


 そのから縄ばしごが垂れ下がっていた。


「これを上がってこい。ゾンビははしごを使えないからな、手の届かない高さまでくれば安心だ!」


「そうなのか、それは助かる。江楠えくす行けるか」

「あんたそんな簡単に上の人信用していいの?」

「それはわからん。だが外で逃げ回っているよりはマシだ」

「いいわ。見極めも兼ねて行ってみる」


 江楠が縄ばしごに手をかける。


 少し不安定ながらもどうにか進んでいく。


「きゃっ」


 風にあおられたか縄ばしごが揺れて江楠の片手が離れる。


「おわっ」


 とっさに俺は落ちそうになる江楠を肩で押さえた。


 んんっ? 後頭部にぷやんとしたものが。

 目の前にはスカートのひだがちらりと見えた。


「こ、これは」

「ばっ、バカっ、動かないでよっ」


 江楠は急いで縄ばしごを上がろうとする。

 後頭部への圧力もなくなった。


「鋼くん、江楠さんのおしり柔らかかった?」

「なっ、んなわけねーだろ。でかいケツが重たくてしょーがなかっ……って!」


 江楠め、上がりながら俺の頭を蹴りやがったな!


「あら、ごめんあそばせ」


 しれっとしてやがる。くっそう。


「よし、有希音次だ」

「鋼くんは大丈夫なの」

「大丈夫がどうかは関係ない。俺が行って有希音が残る選択の方が現実的じゃないと思っただけだよ」


 そう言うと、鉄柱を振り回してゾンビどもを近づけさせないようにする。

 こういう時くらいカッコつけてもいいだろ。


「ありがとう。じゃあ先行くね」


 どうやら江楠は上がりきって二階のベランダにたどり着けたようだ。

 有希音がはしごを使いやすいように俺が下から引っ張って安定させる。


「鋼くんもすぐ来て」

「おう」


 有希音が上がり始めるのを見て俺も縄ばしごに手をかける。


「ぶぉっ」


 上着は着替えて江楠のジャージだったけど、下はスカートのままだった。女子高生特有の短いスカートの中に広がる男子の夢がそこにあった。

 スカートのチェックがらえるそれは、ひときわ俺の目にまぶしかった。


 白地に青の水玉。そしてそこから生える少しむっちりとしたすべすべのふともも。

 ゾンビ化しているからか、不健康そうな青白い肌の色が余計になまめかしい。


「ガァッ」

「うるせっつーの」


 押し寄せるゾンビどもを鉄柱でぶん殴る。


 返り血で顔から何から真っ赤な俺は、したたる血をペロリとめた。


 相変わらずの美味うまさだからなのかそれとも水玉のせいなのか、変な興奮が襲ってくる。


「有希音、俺が見守ってやるからな、心配するな」

「うん、ありがとうね鋼くん」


 こちらこそごちそうさまです。


「うおーっ、たぎってきたー! 今から俺は本気出すぞ!」

「なんだよ今まで手を抜いていたのかよ」


 上から江楠のツッコミが入るがそんなのどうでもいい。


 大口を開けて迫ってくるゾンビを鉄柱で突き刺し、左からくるやつは首根っこを押さえて頭突きを食らわせる。

 右のやつから鉄柱を抜き、別のやつの脚を払う。

 ひざを破壊されて崩れ落ちるそいつの頭を、俺のつま先がとらえる。


「これでも食らいな」


 ゾンビの口の中に靴をねじ込むと、思いっきり蹴り上げる。

 ベリベリと口が裂けてあごが外れ、舌と気道があらわになりそこから赤黒い血が噴き出す。


「君で最後だ、上がってこい!」


 上からの声に誘われて俺も縄ばしごをつかむ。


 縄ばしごは下の支えがないと、ふわふわしてバランスを取りにくい。

 確かにこれは厄介やっかいだ。


 ゾンビどもが俺を引きずり降ろそうとして手を伸ばしてくる。


 江楠が俺にやったのとは意味も質もパワーも違う蹴りをゾンビどもに繰り出す。

 クリーンヒットしたゾンビは、鼻を折られ目が飛び出し額が割れて群れの中に沈む。

 それでも次から次へと押し寄せるゾンビの波。


「こんなに集めて、エキストラも大変だな」


 よくあるゾンビ映画のシチュエーションみたいだけど、まさか俺がその中で逃げる立場になるとは思ってもみなかった。

 逃げ切れる自信はあったって言っても、もしものことを思うとこの光景は背筋が寒くなるぜ。


 ゾンビどもはすさまじい力で引っ張るけど、俺だってそれ以上の力で振り払う。

 ズボンのすそはビリビリに破けてしまうけどそれくらいはどうということもない。

 多少引っかかれてできた傷が痛い程度だ。


「もう少し!」

「サンキュー、有希音」


 有希音が伸ばした手をつかむ。

 ベランダの手すりを乗り越え、どうにか俺も床屋の二階までたどり着くことができた。


「危なかったな君たち。俺は大前田おおまえだ。生き残った人間だぜ」

「助かったよ。あのままゾンビの群れの中を強行突破しなくちゃならないかと思うとな。俺は鋼鉄心、南条高三年だ。って言っても、こんな状況で高校もなにもないのかもしれないけどな」

「ははっ違いない。俺だって大学一年だけど、逆にこれで行かなくてもよくなったんならそっちの方がいいや」


 大前田は冗談とも本気とも取れるような社交辞令だが、一応場の空気を明るくしようとしてくれた。


「私は江楠えくす。こちらは鈴本すずもとさん」


 江楠が有希音も一緒に紹介する。


「で、大前田さんはどうしてここにいたんだ」


 率直に質問する。

 こんな事態だ。グダグダ手順を踏んでなんかいられない。


「まあそれは場所を移してからにしよう」


 大前田がベランダから部屋へ入り、俺たちもそれに続く。


 部屋は荒らされていて、壁も壊されている箇所がある。

 ところどころには血の跡と、お決まりのように転がっている頭の破壊された死体。


「ここは通過ポイントだよ。一旦屋上に出るから」


 この建物は二階建てのようで、上に行く階段はあるけどそこが屋上のドアになっていた。

 ドアを開けたら、アーケードの屋根と街の景色が見えたからだ。


 街の明かりはなく、あちこちで煙が上がっている。

 高架こうかになっている線路の上には動いていない電車が駅の手前で停まっていた。

 駅前に二棟しかない高層ビルも、窓ガラスが至る所で割られているのが見える。

 駅ビルも同じような感じだ。いつもなら店の看板を照らすスポットライトと電飾がまぶしいくらいなのに、今じゃあその面影もない。


「ひどい……」


 江楠が口を押さえて震えている。

 俺が肩を抱いてやろうとしたら、その前に有希音が江楠を抱きしめていた。


 ま、まあいいか。


「ここは地上に下りるルートの一つだ。俺たちが拠点にしているところは別にあるから、そこに案内するよ」


 俺たち?


 背中の毛が逆立つようなそんな感覚に俺の身体が緊張する。


「ああ、安心してよ。俺たちは生き残った人間の集まりだからさ。生きている人は大歓迎だいかんげいだよ」


 生きている人、だと。


 まただ。何かが俺の中で警告をしているように思えた。

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