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リミッター

 引き抜いた鉄柱を軽く振るうと、くっついていたベタベタやらドロドロが床に飛び散る。


「凄いわね、あんたのその力……」

「ああ、おれも驚いているけど、なんなんだろうなこれは」

「ここなら握力計もあるかもね。計ってみたら」


 冗談とも本気とも取れるような江楠えくすのセリフを俺は聞き流す。


 だいたいだ。俺の突き刺した鉄柱がゾンビの頭を貫くくらいならまだ解るけど、ヘルメットを突き破るまでの威力があったなんて。

 うっすらとだが、カレー屋の地下でヒゲダルマゾンビの頭を握り潰したのは覚えている。利き手じゃない左手でだ。

 確かに覚醒かくせいしてから力の加減かげんが難しくなったと思っていたけど。まさかここまでとは……。


「そ、そうだな。よし他にいないか奥を見てくる。江楠えくすは店内でいいものが残っていないか物色してみてくれ」

「仕方ないわね。気を付けなさいよ」

「ああ。お前もなー」


 思い返せば攻守両面でフルフェイスヘルメットはいいアイテムかもしれない。頭や顔をかじられることはないわけだから。

 ゾンビになったらヘルメットを取るなんて器用なことができないんだろうし。だからさっきのやつもヘルメットを被ったままだったんだろう。


 そうなってくると、俺や江楠、有希音にとっては安全策として持っておいてもいいかもしれない。


 人を喰わないための、だ。


「だけどいざ頭部を破壊するなんてことになったら、ちょっと厄介だけどな」


 俺は独り言をつぶやきながら薄暗い商品棚を懐中電灯で照らしていく。


「おっ、まだ残ってるかな」


 店の仕切りの裏、倉庫になっているところには段ボールが積まれている。

 いくつかの箱を開けてみると、中にはスポーツ用品がいろいろ詰め込まれていた。


「ナイス」


 俺は適当なカバンに役立ちそうな物を突っ込んでいく。

 スケボーやマウンテンバイクとかで使うようなひじ当てやひざ当てはこの場で身に着ける。制服の上からだと、いかにも世紀末でヒャッハーな感じがするな。


 フルフェイスヘルメットはカバンの端にくくり付けて、一緒に持ち運べるようにした。

 流石に視界が狭くなるからな。今被るのはよそう。


「ガッ、カアッ」


 腹を食い破られていた女性店員が今ゾンビ化したんだろう。俺の脚にかじりつこうともがいていた。

 胸から下は食い散らかされていたため腕を多少持ち上げる程度しかできず、起き上がれもしなければって歩くこともできなかった。


「グキャッ」


 そんな女性店員の頭に俺は鉄柱を突き立てる。

 ぐちゃりとからを突き破る感覚が手に伝わった。


「そんな目で見るなよ」


 片方飛び出した目が俺をにらんでいるようにも見えて、つい言葉が出た。


「どうしたの、あんた死んだの?」

「俺が? バカ言うなよ」

「バカはどっちよ。もう、食われていた時点で止めを刺してあげなさいよね」


 そう言いながら江楠は自分の頭を指差す。

 ゾンビになる前に頭を破壊してやれと。


「それがせめてもの慈悲じひだってことか」

「そうよ。こうなっちゃったらつらいでしょ」


 江楠が頭を潰された店員ゾンビを見ていた。


 つらいのは生き残っている俺たちも、だけどな。


「そうそう見てよ。やっぱりスポーツバッグは正解だと思わない? 大きいし丈夫だし」


 急に江楠は明るい声を出してはしゃいだようにしてみせる。少しでもこの重たい空気をなんとかしようとしているのか。

 見れば江楠は大き目な青いバッグを斜め掛けにして持っていた。


「背負うタイプの方がよくないか。バランスとかさ」

「いいのよ私はこれで」


 斜め掛けにしたバッグのベルトが丁度左右の胸の間に収まっていた。

 そうなると胸の形が強調される。

 パイスラッシュってやつだ。


 大爆乳の有希音ほどではないが、江楠の胸はそれはそれで歳のわりに大きく、薄いブラウスからあのピンクのブラジャーが透けて見えていた。


 スポーツバッグを褒めてやりたい。


 俺は心の中でガッツポーズをとると、何食わぬ顔で登山用の杖(トレッキングポール)を物色する。


 そうだ、有希音には背負うタイプのバッグを持たせて、その猫背になりがちな姿勢を矯正きょうせいしてやらなくてはな。

 胸をらした有希音の姿を想像すると、それこそ期待に胸がふくらむというものだ。


「なあ有希音……」


 俺が有希音に声をかけようと店の入り口を見た時だった。


「鋼くん! 江楠さん!」


 有希音の切羽せっぱ詰まった声が聞こえた。


「やべえ、助けに行くぞ!」

「ええ!」


 俺と江楠は得物えものを構えて入り口に向かう。


「シャアッ!」

「ガアッ!」


 入り口には四、五体はいるだろうか。ゾンビが有希音に襲いかかっていた。


「どうした! 大丈夫か!」


 駆け寄って近くにいたサラリーマン風のゾンビに鉄柱を突き刺す。


「ごめんなさい、私にゾンビが近寄ってくるか試してみたくて」


 襲ってきたのはさっき道端みちばたで転がったりうずくまっていたりしていたやつらだ。

 やっぱりゾンビだったわけだが。


「バカっ、なんでそんな危険なことを」

「ごっ、ごめんなさい」

「二人ともそんなことはいいから、こいつらどうにかするわよ!」


 江楠が手斧で目の前のゾンビを突き飛ばす。

 その奥にいたやつの頭を叩き割る。


 江楠も解っているようだが、狭い店内で長物ながものを振り回すわけにはいかない。

 どうしても突き主体の攻撃になる。


 有希音はゴルフクラブを振り回すが、ゾンビの頭に直撃できたのは初めの一回。

 後は壁や天井、商品棚に当たるばかりでちっともゾンビに当たりゃあしない。


 騒ぎを聞きつけたのか生きている人間の何かを感じたのか。

 次から次へとゾンビどもがやってくる。


「まずい囲まれる。ここは裏口ってあんのか!」

「そんなの知らないわよ、あんたが奥を調べたんでしょう!」


 確かに荷物置き場はあったけど、出口になるようなところがあったか?

 いや、ないぞ。なかった。あとは休憩室があった程度だ。


「俺が見たところじゃ裏口なんてなかった。こうなったらここを突破して外に出るしかないぞ」

「だったら早くしないと、このままじゃ出られなくなっちゃう」


 有希音が店に入ってくるゾンビを押しのけながら俺に指示を求める。


「よし、俺が押し返す。お前たちは後に続いて両脇のフォローを頼む!」


 叫ぶ俺の目の前にセーラー服ゾンビがうなりながら近寄ってきた。

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