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頭を潰せ

 ゾンビ。映画やアニメでもよく題材にされる不死の怪物モンスターだ。


「ま、まさか、ね」


 神月かみつきが独り言とも取れる声で。


「あれだけの傷を負って痛みを感じていた様子もないし、頭を撃たれて動きを止めた……」


 もともとゾンビはブードゥー教の死者蘇生の術とからしい。


「き、吸血鬼じゃあるまいし噛まれたからってゾンビになるとか。だいたいゾンビなんて現実世界じゃありえないだろ。ネットの素人ラノベじゃないんだからさ」


 俺の独り言は心なしか早口になる。


「鉄心、救急隊の人が。有希音ゆきねちゃんをストレッチャーに乗せるの手伝って」


 ストレッチャー? ああ、キャスター付きの担架たんかみたいなやつか。


「判った。それよりあっちのお巡りさんは大丈夫かよ」


 津川に喉元を噛まれた警察官はピクリとも動かない。

 その警察官にも救急隊員と二人の警察官が駆け寄る。


「津川は、ダメだろうな」


 さっきまで津川だった肉塊それは、おびただしい脳漿のうしょうと血だまりの中に沈んでいた。


「鉄心、手……」


 神月の血の気の引いた顔が俺の腕を見てさらに青白くなる。


「ああ、津川のやつに噛まれちまった」

「大丈夫なの?」

「有希音程じゃない。かすり傷だ」


 救急隊員が俺の腕を見る。

 津川の歯形がくっきりと残っていてそこから血が垂れていた。

「君。君も次に手当てを受けなさい」

「なあにこんなもん、舐めてりゃ治る」


 俺は津川に噛まれた傷を舐めて垂れた血を吸い取った。

 あれ? 普通の、っていうと変だが普通の血の味だ。

 さっき津川に噛み付いた時のあの甘ったるい感じはなんだったんだ。


「それより有希音を頼んだぞ」


 救急隊員は意識の無い有希音をストレッチャーに乗せると、商店街のアーケード出口に停めてある救急車へと運んでいく。


「僕も行きます」

 神月が救急隊員に声をかけてストレッチャーを追ったその時。


「うわあーっ!」

 後ろからだ。


 そこには津川に噛まれて首から下を真っ赤に染めた警察官が、同僚の若手警察官に噛みついていたところだった。


 瞳は白く濁り血の気の引いた真っ白な顔。口元の赤がやけに目立つ。首から下が血まみれの警察官は同僚の顔からほほの肉を喰い千切る。厚手のビニールを引き裂くようなビリビリという音がいやでも耳に入ってきた。

 同僚の頬を食い破った警察官が傷の具合を確かめに来ていた救急隊員にのしかかった。


「ぎゃっ、や、やめっ!」


 救急隊員の抵抗も虚しく白衣が鮮血で染まる。

 腹に顔をうずめた警察官はブチブチと嫌な音を立てて救急隊員の身体から何かを取り出し、それにかぶりつく。

 プルっとした肉のブロックだったり、ソーセージのようなブニブニした物だったりが、大量の血とともに辺りに散らばる。


「て、てめえなんて事しやがる!」


 ギャラリーの悲鳴の中繰り広げられる凄惨せいさんな解体ショーに、俺の全身の毛が逆立つ。


 怒りとも、興奮とも違う何かが俺の全身を駆け巡った。


はがね流健康体操六の型。片脚を大きく後ろに引き上げてぇ」


 俺は左脚を軸にして右脚を自分の背中に付くくらいに引き上げる。


圧斬叉蹴あつぎりちゃーしゅーっ!」


 サッカーのシュートを思わせる蹴りが警察官の頭部を直撃する。

 蹴られた頭部だけが宙を舞い、豆腐屋の看板にぶつかって潰れた。


「とうふの文字に血で点々が付いて、これじゃあ頭部とうぶ屋だな」


 独り言が虚しく思える。

 ちっ。こんな状況じゃ笑いも出てこねえや。


「ひいいっ!」


 頬を噛まれた若手警察官が叫び声をあげながらのたうちまわる。

 そこに腹をもみくちゃにされた救急隊員がのそりと立ち上がり、警察官に襲いかかった。

 胸からは肋骨が外に飛び出し血とともに内容物がこぼれ落ちる。血の池の水量がさらに増す。


 なんであんな状態で立ち上がれるんだ。


 やっぱり、ゾンビだからか?


 自分に襲いかかってきた救急隊員を引き剥がそうと壮年の警察官が相手の身体をつかむが、うなり声をあげた救急隊員は逆に壮年の警察官へ噛みつきにかかる。


「うっ、なんて力だ」


 津川の時に銃は撃ち尽くしていた。

 腰から警棒を取り出すと、血まみれの救急隊員めがけて打ちおろす。

 カボチャを叩くような、そしてスイカを割るような音がして救急隊員の頭が叩き割られた。


「危なっ!」


 壮年の警察官の真横に若手警察官が。

 濁った瞳を同僚に向ける。


「ギシャア」

「うじゃががが!」


 俺は足払いをかけて若手警察官を転ばせる。

 足首を刈ってやったから、さすがに相手も倒れて地面に這いつくばった。

 その若手警察官の頭部を力の限り踏みつける。


 一度目に堅い感触が足に伝わって、二度目には頭蓋骨が割れた。

 三度目は柔らかい物を踏み潰す。


 ねっとりとした物が足にまとわりつく。


「だ、大丈夫か、お巡りさん」


「ああ、助かったよ」


 壮年の警察官は肩口を押さえて頭部の砕けた同僚を見る。


「その肩……」

「少しかじられた程度だ。かすり傷だよ」


 警察官が見せてくれた肩には、歯の形に血がにじんでいた。


「鉄心、あっちにも!」


 有希音を乗せたストレッチャーを押しながら神月が戻ってきた。


 神月たちが行こうとしていた方向から怒号と悲鳴が聞こえる。


「うわぁっ」


 逆方向の人だかりからも騒ぎが聞こえた。


 商店街の至る所で、泣き声と叫び声が何重にも響き渡る。


「戦場かよ」


 俺の独り言は騒ぎの中に消えた。

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