報道
「皆さん、家にいる方は外に出ないでください。外にいる方は地域で指定されている避難所へ向かってください。危険と思われる場所、物、人には近付かないでください」
かすかに上から声が聞こえる。
俺が店内に戻ると、宮野が二階から下りてきた。
「鋼、二階に来て。テレビで避難を呼びかけてる」
先に店へ上がっていた江楠と、俺の後から階段を登ってきた神月も一緒に二階へ行く。
一階の店のところにも角に小さいテレビはあるが、みんな二階のテレビを観ていたようだ。
住宅部分になっている二階のリビングに他の面々も揃っていた。
八畳程度の部屋に四〇インチくらいの液晶テレビ。ガラスの天板のテーブルに一人用のリクライニングソファー。あとはハンガーや本棚が少し。おやっさんは一人暮らしらしいから、リビングとしては十分なんだろう。
そのテレビから不穏な呼びかけが流れる。
そこには定点カメラの映像だろうか。どこかの交差点が映し出されていた。
逃げ惑う人、それへ覆いかぶさるように襲いかかる人。フラフラと歩き回る人。
「ここだけじゃなかった……」
おやっさんのつぶやきが全てを物語っていた。
「これ、なにかの映画じゃなくて……」
応急処置として肩の傷にガーゼを当ててテープで固定しただけの江楠が誰に聞くでもなく声を漏らす。
画面右端には生中継を意味するLIVEの文字。
全員画面に釘付けになっている。
深夜の襲撃もあって休むに休めない状態だったはずなのに、眠気も吹っ飛ぶ内容だった。
「どうなってんだ、これ」
「鋼くん、さっきテレビをつけたんだけど、どこのチャンネルもこんな感じでね。あとは取材に行ったテレビクルーが撮った映像とかヘリからの映像とかが、何回も……」
「これはあれか、マスコミも隠しきれなくなったっていうことか」
「政府からも緊急避難の通達は出たらしいんだけど、見解とかはなくて、調査中報告待ちの繰り返しなんだ」
相田が場を離れていた俺たちに状況を説明してくれる。
「全世界で同時に発生したという話もある。真偽のほどは定かではないけどね」
テレビは朝の情報番組の中で実況を続けていた。
番組の司会者が落ち着いた口振りで話そうと努力していたが、泳いだ目が今の緊張を物語っていた。
「一体なにが起きているのでしょうか。テレビをご覧の皆さん、人だかりや危険な場所にはくれぐれも近寄らないようにしてください。
外は危険です。家にいる方は鍵を閉めて、絶対外には出ないでください。
あ、ここで現場とつながったようです。駅前広場の志村さん? 聴こえますか」
映像が割り込むように入り、二画面に切り替わる。
朝の駅前広場に一人のリポーターが立っていた。
マイクが拾った遠くの叫び声や爆発音。
「現場の志村です。我々は世界の終末を目の当たりにしているのでしょうか。今まで平和に過ごしてきた日常が、いともたやすく崩れ去る光景が広がっています! ここは駅前広場です。これをご覧の皆さんは、どうか現場には来ないでください。安全な場所へ避難してください! ここは」
レポーターの背後に迫ってくる人影。
「おい、後ろ後ろ!」
カメラクルーの声が入る。
「うわあっ!」
人影はレポーターにしがみつき地面へ引き倒す。
カメラからフレームアウトして、バキバキとなにかが壊れる音とレポーターの悲鳴が重なる。
「がっ、ぎゃあ!」
別の叫び声がした瞬間、映像にノイズが入った。さっきレポーターに呼びかけたカメラクルーの声だ。画像が安定した時には向きが変わって横倒しの映像が映し出される。
カメラが地面に落ちたのだろうか。カメラクルーと思われる男が泣き叫びながらこちらに、カメラに向かって手を伸ばす。
そこへ数体の人影が覆いかぶさり、地面にはおびただししい量の血が流れてきたところでテレビ画面が消えた。
同じタイミングで申し訳程度につけていたルームライトも消えていた。
「おやっさん、停電か?」
「ブレーカーを見てくるよ」
懐中電灯を持っておやっさんが一階へ下りていく。
二階は目張りをしっかりしているわけではないから外からの光が入ってくるけど、一階はかなり暗くなっている。
一階からおやっさんの声が聞こえる。
「鉄心ちゃん、ブレーカー上げたけどどう? 電気ついた?」
「いーや、ついてないよおやっさん」
「ここで停電なんてさ、いろんな意味でついてないね」
俺はくだらないことを言ってドヤ顔をしている神月の頭をパシリとはたいた。




