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感覚

「どうする鉄心。まだ縛っておこうか?」


 神月が俺の顔を覗き込む。


「え、あ、ああ。うん、大丈夫そう、かな」


 あまりの美味うまさにぼうっとしてしまう。

 これが食えれば別に他はどうでもよくなるっていうくらいに。


「じゃあロープほどくけど、僕に噛みつかないでよ」

「はははっ、ないない」


 確かに、なんとなく神月のことは美味うまそうに思えない。

 あの味を知ってしまったら。


「それとさ鉄心」

「ん?」

「ファーストキスの感想は?」


 瞬間的に俺の顔が熱くなる。


「ばっ、ちょっ、おまっ」

「痛い痛い、叩かないでよわはは。てて、てか、ほんとに痛い、痛いって!」


 まったく、つい力が入っちゃったかもしれないけど。まあいいやこれは神月が悪い。

 それより有希音、そこでニヤニヤすんなよな!


「お、お前はどうなんだよ、有希音」

「んー、味しないんだよねえ」

「味って……」


 キスの味ってか。


「カレーの味。全然しなかったんだよね」


 そっちかよ。


「マジか。あんなに美味かったのに」


 一口入れただけでもあの美味さはわかるんじゃないか。


「味覚もだけど前も言ったよね、全身の感覚が無いって。目も見えるし耳も聴こえるけど、味とか触っている感覚とか? そういうのはすごく薄い感じがするなあ」


 そう言われてみれば普通に会話していたから気づかなかったけど、痛みとかも訴えてこないのはそういうことだったな。

 それに、常識というか倫理観りんりかんというかそういうのもあまり有希音から感じられなくなった。


 なにせ、は、裸を見られても平気だったしな。


 ゾンビ化の影響、なのか?


 俺たちが厨房から店内に戻ってくると、見張りをしていてくれた宮野が声をかけてくる。


「鋼、どうだったの」

「ああ。ゾンビ肉のカレー、すっげえ美味かったぞ」

「うえー、本当マジで?」


 宮野、さらにドン引き。


「ま、まあ、そういうことだから。ははは」


 そうなんだ。俺には美味いと感じた。でも有希音には全く味覚が存在しない。

 この違いはなんだ。


 有希音が言ったことを思い出す。


「私、死んじゃったみたい」


 俺と有希音は津川に噛まれた。


 俺は津川を噛んだ。

 有希音は津川を噛んでいない。


 俺はまだ生きている。

 有希音は一度死んでいる。


 感覚のあるなしはこういうところから関係してくるのだろうか。


「ガアッ! シャアッ!」


 まだゾンビたちが縛られて倒れたままうなっていた。


「こっちは進展なさそうだな」

「そうだね、鋼くん。この人たちは肉を口にしても変化なし、ゾンビ化したままだ」


 相田は荒い息で状況を伝えてくれる。


「大丈夫か相田さん。だいぶ顔色が悪いけど」

「あ、ああ。なんとか平気だよ。でも疲れたから少し休ませてもらうね」

「ああ、そうしてくれよ」

「悪いね。大人のくせに、だらしなくて」

「そんなことないって。人生経験多い分頼りにしてるからさ」


 軽く疲れた笑いを残して相田は二階へ上がっていく。


「なあ宮野」

「なに?」

「相田さん、どう思う」

「どうって、何時間か前に腕をもぎ取られている人には思えないくらいしっかりしていると思うよ。こんな状況になったら、私は相田さんみたいにはできないと思うなあ」


 そうなんだよな。いくら痛みに強い人だって、腕一本無くしたばかりなんだ。

 止血だって完璧じゃない。いつ倒れてもおかしくないくらいなのに。


「それともかなり無理をしている、とかな」

「うん、そんな気がするな私も」


 俺は相田が上っていった階段を見て、なんとなく不吉な予感に襲われた。


「ねえ鉄心、この人たちどうする?」

「地下に閉じ込めておこうかと思ったけど、意識が戻らないなら頭潰しちまうか。逆に意識が戻っても悪党になるんなら困るしな」

「そうだねえ」


 俺の発言を聞いて江楠えくすが詰め寄ってきた。


「ちょっとあんたたち、そういう物言いってないんじゃないの? もう少し人権っていうものを考えて発言したらどうなのよ」


 江楠はこんなところでも突っかかってくる。

 いい加減面倒だけど。


「あんなのになって人権もクソもないだろうよ。それにこいつら俺たちを殺そうとしていたんだぞ」


 俺の言葉に有希音も同調してきた。


「そうね、こいつらの仲間が私を犯そうとしていたから、放っておいたらきっとあなたたちもなぐさみ者になっていたかもしれないわね」


「なっ」


 ゆっくりと有希音が江楠に顔を近づける。能面のような無表情で。


「あなたなら若くて綺麗だから、随分と可愛がってもらえたでしょうねえ」


 江楠の顔から血の気が引く。

 サーっという音が聞こえそうなくらい、一瞬でだ。


「まずはこのゾンビたちをどうするかだろ。殺すって言ったのは取り消す。だから一旦地下室にぶち込んどけばいいだろ、な?」


 俺が割って入ることで有希音も江楠もとりあえずは矛を収める。


「仕方ないわね。地下室に入れる案に賛成しておくわ。その後の経過とかも気になるし」

「ふふふっ。私の次は彼らなんてね。実験動物の隔離かくり部屋みたいだわ」


 有希音が首をかしげて俺を見る。


「ね、鋼くん」


 うっ。閉じ込めた立場としては耳が痛い。


「わかったわ。私もその地下室見てみたいし、連れていくの手伝うわよ」

「そうか江楠、助かるよ。照明とかドアとかそこら辺のフォロー頼むな。でさ、悪いけど神月も手伝ってくれるか。俺とお前で連れて行く」

「オッケー。いいよ」


 ともかく落ち着いたかな。

 女子たちのキャットファイトは回避できたろうか。


 グラサンゾンビたちに猿轡さるぐつわを噛ませてしまえば脅威は格段に下がる。

 今のところゾンビ化は噛まれるかゾンビ肉を食べるかしないとならなさそうだからな。


「宮野と有希音はおっさんと一緒にここにいてくれよな」

「うん、わかった。鋼、気をつけてね」


 宮野は気遣ってくれ、有希音は意味ありげにニヤニヤしていた。


 グラサンゾンビは自立歩行ができるけど、ガリチビの方はグラサンに足を喰われて膝から下が動かなくなっていた。

 神月にはグラサンの方を誘導してもらい、俺はガリチビをロープで引きずるようにして連れて行く。


 地下へ続く階段を下りていくと、ふいに神月が聴いてきた。


「ねえ鉄心」

「んだよ」

「有希音ちゃんと宮野さん、どっちが好き?」


 ぶほっ!


「いきなりなに言ってんだよオタメガネ!」

「えー、だって気になるよねえ。ね、江楠さん?」

「なっ、そそそ、そんなの気、気になるわけ、なんで私がこいつのことを気にしなくちゃなんないのよ!」

「あっれえ? 江楠さんは気にならないの?」

「なっ、なりませんっ!」


 まったくこいつらは、こうしている間もゾンビたちが猿轡さるぐつわのままグワグワ言ってるってのに。緊張感無いったらありゃしない。


「ムガァッモゴッ」

「もう、静かにしていなさいよねっ……え?」


 地下空間の灯りをつけた江楠が、一瞬言葉に詰まった。


「や、いやーっ!」


 江楠の悲鳴が地下室にこだまする。

今話公開前に、第8話へ追記しました。自己紹介の回で、少しですが容姿に関わる内容を加えています。

今まで髪は、服装は、といったことがおざなりになっていたので、キャラクターを視覚化するためにもアイテムを散らしてみたところです。


要点としては、江楠は金髪に近い茶髪のショートカットで右耳だけにピアス。北工業の制服はグレーのブレザーです。

カレー屋のおっちゃんは、大柄でがたいがいいです。

宮野さんは黒髪ロングで前髪ぱっつんのカチューシャ付き。見た目委員長キャラです。

亜美ちゃんは、もう今話では退場しているので説明不要でしょうか。

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