試食
「シャアッ! ハガッ!」
「ダナッ! ゴワッ!」
ゾンビになった襲撃者たちは歯をガチガチ鳴らしながら威嚇とも思える唸り声を上げている。
「じゃあ食わせてみるぞ」
俺は持ってきたボウルに入っている肉の塊をゾンビの届くところへ放り投げた。
ゾンビの目の前にべちゃりと肉が落ちる。
だが、相変わらず俺たちには牙をむくばかりで肉には触ろうともしない。
「……鉄心、見向きもしないね」
「ああ。そうだな」
ゾンビにゾンビ肉は人気がないのか。
「あんたさあ、共食いするならゾンビ同士で食い合ってるわけ。それをしないってことはゾンビはゾンビの肉なんて食べないんじゃないの? そんなことも気付かないなんてほんとゾンビ脳ね」
確かに言われてみればその通りだ。江楠のやつ鋭いな。
気づけばいつの間にか着替えた有希音と一緒に江楠が下りてきていたんだ。
有希音はジャージに着替えている。うちの学校のじゃないから、江楠の学校のジャージか。
「なんだよゾンビ脳って」
「頭の中が腐ってるってことよ。真顔で聴くな。滑ったみたいでこっちが恥ずかしいでしょ」
「なっ……」
こいつ、相変わらずムカつく。
「じゃあよ、無理矢理食わせてみたらどうだよ」
「無理矢理って、どうするの鋼くん」
「いいか有希音。こうして頭を抱えて……」
俺はグラサンゾンビをヘッドロックにかける。
「ガアッ、ゴガッ」
いくら騒ごうが抜けられなければ噛まれる心配はないからな。
「ほれ誰でもいいからさ。トングでも菜箸でも何でもいいから、そこの肉をこいつに食わせろ」
「ったく、やる前に段取りくらいしなさいよ」
「なんだ江楠、やってくれんのか」
「いいわ、私がやる」
江楠が掃除用具入れから持ってきたのは。
「高枝切りバサミか。しかも五メートルの最長ぎりぎり伸ばしかよ。どんだけビビりなんだお前」
「う、うっさいわね。あんたの計画に乗ってやるだけありがたいと思いなさいよねっ!」
江楠が高枝切りバサミで肉をつまみ、それをグラサンゾンビの顔へ近づけた。
肉がプルプル震えている。
あんなに長くするからだ。
勢いがついて……俺の顔に当たる。
「ぶはっ! バカっやめろ、俺にぶつけてどうすんだよっ!」
ゾンビをヘッドロックしている俺は、確かにゾンビに近いが。わざわざそこに当てるとは二人羽織の不正確さよりひでえ。
ベタベタの体液がねっとりと肌に残る。
「ちょっ、黙ってなさいよ! 力加減が難しいんだから……」
べちゃっ。次はゾンビの頭に肉が当たる。
もう一度やり直して、次はハサミが俺の顔をかすめた。
「お、お前俺を突き刺す気かっ! 他のやつに代われっチェンジだチェンジ!」
「もうっ、黙れって言ってんでしょ!」
江楠が繰り出す高枝切りバサミが、震えながら俺の方へ向かってくる。
やべえ、ほんとに刺される!
「モガッ!」
「ふへっ?」
小脇に抱えているゾンビの首を見ると、ゾンビの口に肉が入っていた。
「怖え、マジ怖え……」
俺はすぐさまグラサンゾンビを離して間合いを取る。
「鉄心、サーカスのナイフ投げの的の人みたいだったね」
「冗談じゃねえよマジで」
「ふっふーん、うまくいったじゃない」
「どこがだよ! このノーコン女!」
「あら、別にあんたを突き刺してからでもよかったのよ?」
ったく、江楠なんかに任せるんじゃなかった。次は絶対拒否だな。
こんなことなら噛まれるリスクがあるけど、自分でやった方がよかったかもな。
「で、どうだ」
グラサンゾンビは何回か口の中でクチャクチャやっていたが、それからすぐにまたこっちへ向かって吠え始めた。
「なんだ効果なしかよ」
「そうとも限らないさ鉄心ちゃん。ちょっと様子を見てみようよ」
「じゃあ、私が見ているから」
そう言って相田が名乗り出た。
「大丈夫かい相田さん」
「ちっとも役立ってないからね、これくらいなら」
「腕の方はどうだよ。休んでくれてていいんだぜ。血だってかなり出てんだ」
薬局で腕を引き千切られた相田の何か役に立ちたいという気持ちはありがたいが、そもそも体力が落ちているんだ。無理はさせたくない。
「私も一緒に見ているから。ね、鋼」
宮野がフォローに入ってくれる。
「そうか、じゃあ何かあったらすぐ教えてな。俺たちも別にどっか行くわけじゃねえから」
「うん判った」
ゾンビの変化については宮野と相田に任せることにする。
俺はちょっと興味のあることを聴いてみよう。
「あのさおやっさん、その有希音用のカレーってまだあるの?」
「え、あるにはあるけど。どうするの」
「ちょっとさ、俺も試食してみようかと思って」
「え~、鉄心やめなよ。あんな感じになっちゃうかもしれないよ」
おやっさんも神月も俺がゾンビカレーを食うのをやめさせたいらしい。
「俺も一応縛っといてくれよ。それに何かあったらこれ」
ポケットからペティナイフを取り出す。
有希音がゾンビ状態から意識を取り戻した時に渡されたやつだ。
「鉄心……」
「俺もいつゾンビ化するか判らねえし、試してみる価値はあるだろ」
そうして俺はロープで腕を縛られ、柱に括り付けられる。
「よし、来い!」
「じゃあ私が……」
有希音がおやっさんから鍋を受け取ると、中のカレーをスプーンですくう。
「はい鋼くん。あーん」
「おっ、おい有希音、なんて羞恥プレイだよ!」
「それとも口移しがいい?」
「なっ!」
どうしちゃったんだよ有希音。こんな冗談言うやつだったか?
「はむっ」
「っておい! なにお前が食ってんだよ有希音っ!」
「だってこうしないと口移しできないじゃない」
肉を咥えた有希音がじりじりと近寄ってくる。
「いやいやまてまて! 自慢じゃないがキスなんてしたことないんだぞ!」
「確かにそれは自慢じゃないよね、鉄心……」
「そういうことじゃなくてさ、ファーストキスがゾンビっ娘とカレーの口移しとか、罰ゲームにしてもひでえだろー! むぐっ!」
吠えている俺の口に、芳醇な香りが爆発した。
うめぇ! てかなんだこれ!
もうファーストキスとか口移しとかそんなのどうでもよくなるくらいの衝撃。
確かにいつも食ってるおっちゃんのカレーだ。でも。
俺は夢中で噛む。何度も何度も。
煮込まれた肉は舌の上でほぐれるくらいの柔らかさ。
噛めば噛むほど味が出て、そのたびに鮮烈な味と強烈なカレーの刺激が俺の口を攻撃する。
香りが鼻腔を抜け雷が鼻から頭に突き抜けるような一撃が走る。
腐りかけが一番うまいとかいうのってまさにこれか。熟成された深みのある味。
素材がゾンビ肉だっていうことを忘れるくらい。
「ふぅ……」
恍惚としていた表情のまま、俺は天井を見ていた。
「なあ、おやっさんは味見したのか?」
「い、いや、ごめん。目分量で味付けしたよ。さすがに食べるのはどうかと思ってね」
「だよなあ。グラサンみたいになってもなんだしなあ。これが食えないのはもったいねえなあ」
「ははっ、命がけの美食だな」
ウマさ爆発。ついにきました。うーまーいーぞー!




