捕縛
ガリチビの方は荷造りロープで後ろ手に縛られて転がされていた。
宮野とかろうじて立っているのがやっとの相田がその男を見張り、神月と江楠が俺に合流する。
「仲間がどうなってもいいのか」
俺がドスを効かせて言い寄る。
「へっ、元からそいつらは仲間でも何でもねえ。ただ単に利害の一致で一緒に居たってだけだ」
グラサンはよろよろと立ち上がって戦士のように武器と盾を構える。
「じゃあこのチビがどうなってもいいんだな」
俺は少し下がると、ゴルフのスイングのようにバットを振りまわす。
「そんなやつ、知ったことかよ」
「そうか」
倒れているガリチビの脚を狙ってバットで思いっきりフルスイングする。
メキャッ。
当たったと同時に何かが折れる乾いた音。
「うっぎゃあぁ! いだいいだいいだい!」
「おいおい、オネエ言葉はどうしたよ」
俺はゴルフスイングを顔面に食らわせる。
「ぼっぎゃぁ!」
ガリチビは口と鼻から盛大に血を噴き出した。
バットを見ると数本歯がめり込んでいる。
「あーあ、いたそう」
感情のこもっていないセリフが俺の口から出る。
ホームラン宣言するときのバッターのように、俺はバットの先をグラサンへと向けた。
「俺はこれから本気出す」
俺からの死刑宣告だ。
「兄ちゃんがここのボスってことか。いいだろう、俺とタイマンってのはどうだ」
こちらの戦力を見誤っているのか、馬鹿な提案だ。
おれが倒れても他のやつらが束になってかかれば、どっちが勝つかなんてわかるだろうに。
だが。
「いいぜ。俺がお前に負けるなんてことは、たとえこの街からゾンビが一掃されたとしても絶対に起こらないけどな」
「威勢がいいガキは嫌いじゃねえぜ」
「うるせえ大人は大嫌いだよ」
バットを短く持って振り回しやすくする。
両手で握りなおしたバットをグラサンに向けて地面から水平に構えた。
「おらぁ、行くぞぉあ!」
俺の突進にグラサンは鍋蓋で応戦する。
ゴワンと鐘を鳴らしたような音が響き、その瞬間バットが木目に沿って縦に割れた。
ささくれ立った木片が辺りに散らばる。
その隙にグラサンの肉切り包丁が俺を襲う。
「なんのっ!」
割れたバットが鍋蓋をガリガリとスライドしていく。
その勢いに合わせて身体にひねりを加える。
「なにぃっ!」
サングラスがずれてそこから驚きに見開かれた目が見えた。
俺は突進の勢いそのままに、振り下ろされた肉切り包丁を身体をねじって。
「歯で受け止めたぁ!」
神月が驚きの声を上げる。
「すげえ、鉄心すげえ!」
俺は包丁に噛みついたまま、折れたバットをさらに押し込む。
「やっ、やめっ……」
盾で支えきれず、尖ったバットの先がグラサンの脇腹めがけて突き出される。
「ぐっぎゃあぁぁ!」
割れたバットは先が尖っている。
それが脇腹にブスリと突き刺さる。
これで勝負ありだな。
グラサンはどてっぱらに大穴が開いて戦意喪失した。俺は口の両端に少しの切り傷を負っただけにすぎない。継戦能力はどちらが優っているか、誰の目にも明らかだ。
咥えた包丁を離すと、包丁は甲高い音を立てて地面に転がった。
すぐさま神月と江楠がグラサンを取り押さえ、ロープを使って縛り上げていく。
「ったく、あんまりきつく縛るなよな。いてて」
「うるせえ、勝手なことが言える立場かよ」
グラサンもガリチビと同じように後ろ手に縛って転がす。
「これから俺たちをどうするつもりだよ」
グラサンは痛みに耐えて気丈に振る舞うが、自分の未来が明るいものではないことは理解している様子だった。
「今ここで殺すのは容易いでしょうね」
江楠が俺を見る。
当然だ。俺たちに危害を加えようとしていたやつらだ。ただでは済まさん。
「外に放り出してゾンビどもの餌にしてやるのがあとくされなくていいんじゃねえか?」
わざと過激なことを言ってグラサンどもをビビらせる。
「鉄心ちゃん、ひとまず地下の防音室に閉じ込めておこうよ」
さすがに目の前で殺人が起きようとしているところで、おやっさんが良心を見せる。
「そうだな、あの髭のやつはそのままだけど」
「下で何かあったのかい、鉄心ちゃん」
そうか、おやっさんはあのヒゲダルマが有希音に食われたのを知らないんだった。
というより俺と有希音しか知らなかったことを今更ながら気づく。
「それはね、私が……」
有希音がかすれる声で話し始めた時だった。
「グ、グアアア!」
グラサンがいきなりうめき声を上げる。
「な、なんだよっやめろよ!」
ガリチビが自分のキャラも忘れ、地声で隣の男を非難した。
縛られ転がされている状態で、ありつける得物といえば。
「ひいぃっ、来ないでくれぇ、来ないでゃばわばば!」
グラサンがガリチビの脚に食らいつく。
「なんだ、こいつどこか噛まれていたりしたのか!?」
俺は見える範囲で傷が無いかを確認するが。
「それらしい傷はここからじゃ判んねえな」
そう言っている間にも、グラサンはガリチビのふくらはぎを噛み千切り、腿へかぶりつく。
「もしかしてあれが……」
「おやっさん、なにか知っていたら教えてくれっ」
唾をのむ音が聞こえる。
おやっさんの見る方向につられて、俺たちの視線がある一点に集まった。
「きっとあれだ」




