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月明かり

 小一時間ほど地下にいただろうか。俺とおやっさんが戻ると、神月かみつきたちが暗い店内に集まっていた。


「どうだったね」


 メタボオヤジの重森が声をかけてきた。

 にやにやと興味津々な顔で俺を見ている。


「一応地下室に入れといた。鎖でつないでいるから部屋からは出られないようにしている」

「鎖でかい?」

「ああ。それより相田さんはどうだよ」


 少し突き放したような言い方だったかな。まあいいや。

 有希音のことは思い出したくなかった。思い出すとあの悲しそうな笑顔がよみがえってくる。

 あいつは別に悪いことをしているわけでもないだろうに。

 でも、本人も言っていた通り、もう死んでいたんだ。生き返ったりしているわけじゃない。

 人としては。


 それと相田だ。

 腕を一本持っていかれているんだ。大人だからって平気なわけはない。

 ゾンビに噛まれる前に腕が千切られたんだから、感染はしていないとは思うけどな。


「手当はしたけど応急処置だったから。今は二階でベッドを借りて眠ってるよ」


 神月かみつきが状況を教えてくれる。


「そうか。外はどうだ。なにか変わったことは」

「特に。相変わらずゾンビしかうろついていないよ。有希音ちゃんはどうだった?」

「部屋を出るまでは知性があったけどな。いつまでもつか判らねえけど、また後で見に行くよ」

「そっか。僕にもできることがあったら言ってよ」

「ああ。そうしてやってくれ。きっと喜ぶよ」


 視線を感じて振り向くと、江楠えくすが俺をにらんでいた。


「なんだよ」

「なんでもないわよ」

「気に入らないことがあるなら言えよな!」


 自分でもいら立ちが隠せない。


「ちゃんと意識があるなら襲ったりしないし大丈夫なんでしょ、もうちょっと人間らしい扱いはできないの! 鎖で縛るなんてひどすぎよ!」

「うるせえな! あれだっていつまたゾンビになるか判らねえだろ。喰われてからじゃ遅えんだよ!」

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ」

「うるせえな。俺だってやりたくてやったんじゃねえんだ。ごちゃごちゃ言うならお前も地下へぶち込むぞ!」

「くっ……」


 江楠えくすの売り言葉に俺の買い言葉。


「俺だって……」


 それ以上、言葉を出さずに窓際へ行く。


 ちくしょう。


 店の窓はシャッターで外から見えないようにしている。


 そのシャッターの隙間から漏れてくる外の月明かり。

 ほんの少しの隙間から見える月は、静かに落ち着いた光をアーケードに投げかけている。


 そして月に照らされてうろつくゾンビども。


 まったく今日は大変な一日だったぜ。

 どれだけの人が死んだんだろう。

 マスコミの報道はどうなったろうか。


「後で観てみるか」

「なにを?」


 気がつけば隣に宮野が立っていた。


「ああ、テレビをな。まだ映ればだけどさ」

「そうね。さっき観た時は大して変わっていなかったけどね」


 そうなのか。こっちは大変なことになっているのにな。


「なあ宮野。今日は月が綺麗だな」


 そういえば月を見るのはいつぶりだろう。こんな時でもなければ月なんて見るようなこともなかったからな。


「ん? どうした宮野」


 宮野はうつむいたまま店の中央に戻っていった。


「変なやつ……」


 考えてみれば暗闇の中では俺たちも行動が限られる。

 神月かみつきが言うように灯りがやつらを引き寄せるとすれば、外から入ってくる光でやりくりするか中の光が漏れないようにするかだ。


 俺も宮野の後を追ってみんなが集まっているところへ戻る。


「ちょっと聴いてくれ。シャッターの隙間から光が漏れるかもしれない。懐中電灯とか蝋燭ろうそくとかを使うにしても、窓の目張りはしておいた方がいいと思うんだが」

「暗いと何かと不便だしね。ガムテープと段ボールでどうにかなるかな。それならうちにもあるから」


 そう言うとおやっさんが野菜を詰めていた段ボールを持ってきてくれた。


「上の階は相田さん独りで大丈夫なのか?」


 一応自宅っていうことになっているし、外から入ってくるようなやつはいないと思うが。


「どうかな。静かに寝ているみたいだけど」

「様子見と、もしものことを考えてさ、誰か側にいさせた方がよくないか」

「そうだね鉄心、僕が行くよ。食事も持って行こうと思ったし」

「そうか。なら頼んだ」


 相田は神月に任せておこう。なにかあったら助けくらい呼ぶだろう。


「それにしてもやるね鉄心」

「なにがだ?」

「月が綺麗ですねって、告白のセリフだよ。どこでそんなこと覚えたのか」

「んなっ! そんなつもりは……!」


 だからか、あの宮野の反応は。

 参ったな。


「荷物ばっかりでほとんど倉庫みたいだけどよかったら君たちも適当な部屋で休んでくれていいよ」


 おやっさんが女子たちを気遣う。


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて。行きましょう宮野さん」


 江楠が二階へ上がって行く。


「それじゃあおやすみなさい。店長さんありがとうございます」


 宮野もそれに続く。


 宮野がちらっとこちらを見たような気がしたけど、まともに顔が見られなかった。


「さてと、平和を守る騎士たちはどうしますかねえ」


 相変わらずおどけた様子で重森が話しかける。


「今夜は俺が見張りをする。おやっさんと重森さんは休んでくれてていいぜ」

「じゃあ鉄心ちゃんは今だけ休んでいなよ。窓の目張りは大人たちでやっちまうからさ」

「そうか。おやっさん助かる」


 俺は大きなため息を一つつくと、全身の力が抜けたように感じた。


「ぶっちゃけ、ホッとしたら、眠くなってきちゃっ……」

執筆していた11月14日はスーパームーンでした。

雨で見えなかったのですけどね。

「月が綺麗ですね」なんて言われたら、どうしましょうねえ。

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