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人体実験

 江楠えくすが俺の腕をつかむ。


「ちょっ、おい、なにすん……」

「いいから黙ってなさいよ。

 ……やっぱり」


 江楠は眉間にしわを寄せて嫌なものでも見るかのような視線をよこす。


「なんだよ」

「あんた、腕の傷」


 俺は言われた通りに腕の傷を見る。

 津川に噛まれたところだ。


「治って……る、だと」

「そうね。数時間前に噛まれたにしては、そんな傷らしいものは無いって言ってるのよ」


 流石にうちの鋼流でも、そんな異常回復手段なんてのは無いんだけどな。


「いったい、どういうことなんだ」

「馬鹿じゃないの。そんなの私が知ってるわけないじゃない」


 相変わらずなんだろうけどなんだこのイラッとさせる物言いは。

 聞くんじゃなかったよまったく。


「そう言えば」


 脚とかも噛まれていたり引っかかれたりした傷も、痛くない。


「鉄心、普通ゾンビって傷が治ったりしないよね」

「そうだな、どんどんボロボロになっていくだけで、治癒なんて聞いたことねえな」

「逆にアンデッドはヒール系の魔法でダメージ受けるくらいだもんね」

「俺をゲームかなんかと一緒にすんなよ」


 神月と少しぎこちないながらも馬鹿話をする。

 なんかすごく懐かしい感じがするのは気のせいじゃないだろうな。


「そういうゾンビ博士の神月に相談なんだけどさ」

「なに、言ってみてよ」

有希音ゆきねに飲ませてみたいんだよ」


 一瞬にしてドン引きだ。


「それって、もしかして……」

「や、やめなさいよ! なに考えてんのよ!」


 みんなは多かれ少なかれ可能性と倫理観りんりかん狭間はざまにいるんだろうな。


 こんな発想が出てくるっていうのも、俺がゾンビ化しているからなんだろうか。


「んなこたあいいんだよ。俺は有希音にこれを」


 近くにあるゾンビと言えば。


「亜美ちゃんになんてことすんのよっ!」


 俺がゾンビの千切れた腕をつかんだところで江楠えくすが止めに入る。


「なにが亜美ちゃんだ。俺を襲ったゾンビだぞ」

「それに鈴本さんにそれをなんて……」

「おいおい、腰が引けてるぞ。威勢のいいのは口だけか?」

「鉄心言い過ぎだよ」

「オタメガネは黙ってろ!」


 軽く神月の胸を押すと神月が尻餅をつく。


「ごほっ、ごほっ」


 せき込む神月を見て江楠が吠える。


「ちょっとあんたなにすんのよ! 暴力に訴えるのはやめてよね!」

「ああ!? ちょっと押しただけだろうが。ちょこんってよ!」


 そんな倒すほどの力は入れてないはずだったが。

 タイミングだったんだろうな。きっとそうだ。

 武道の達人ならタイミング次第で相手を吹き飛ばしたりするしな。たまたまその偶然が重なったんだろう。


「鋼。試すなら私が噛むわ。だから鈴本さんは……」


 今度は宮野かよ。


「馬鹿言うなよ。宮野はゾンビに噛まれてないだろ。健康体の人間なんだからわざわざ食う必要はないんだよ」

「でも、だったら鈴本さんだって」

「有希音はもうゾンビにかじられてんだよ。もうやり直しはきかねえんだって」


 部屋の隅で座っている有希音の前に立ちふさがる宮野に近づく。


 互いの息が感じられるくらいの近さまで詰め寄る。


 中学の頃だったらこんな距離で女子の顔、それも気になっていた宮野の顔なんて見られなかった。

 まあ今はそれどころじゃないからな。


「どけよ。二度は言わねえぞ」


 至近距離でにらみを利かせる。


「鋼、やめようよ……」


 涙目の宮野はそれでも気丈に俺を止めようとする。


 有希音がそんな宮野の手を握る。


「鈴本さん」


 宮野が振り向いた時、その笑顔が凍り付いた。


「シャガアァッ!」


「ちくしょう、遅かった! マジどけ宮野っ!」


 宮野を手加減しながら払いのける。

 それでも宮野は吹き飛ばされてテーブルとイスをなぎ倒す。


 有希音はゆっくりと立ち上がった。

 さっきまでぐったりしていた様子は既にない。腕の傷を痛がる風もない。


 白く濁った眼が俺を見る。


「ウガア、シャアッ!」


 前傾姿勢でゆらゆらと進んでくるその口が大きく開く。

 肌はくすんだ白さが際立つ。目は虚ろで瞳が白く濁っている。


「そんなに食いたきゃ、くれてやるっ!」


 俺は持っていたゾンビの腕、亜美だった肉塊を有希音の口にあてがう。


「ほらっ、食えよっ!」


 有希音は亜美の腕に食いつく。

 人間をむさぼり食らう動きとは違い、噛みついてからゆっくりと歯を食い込ませる。


 他のやつらが目を背けようが、こうなってしまってはこれくらいしか可能性が無いんだ。

 当たってくれ、俺の考え。


「グ……、ガアァ……。ああ、うぅっ」


 声が変わった……。

 俺は有希音の肩を押さえる。

 有希音の動きが止まった。


「有希音! 有希音、聞こえるか!」


「は、はがね、く……ん」


 有希音の目にうっすらと知性が宿る。

 濁っていた瞳に色が戻っていく。


「どうだ、意識は戻ったか」

「だ、だめ……。怖い、怖いよう」


 俺は震える有希音を抱きしめる。


「寒いの。とても。ねえ鋼くん、私ね」

「おう、どうした」

「いろいろ、やってもらったけど……」


 有希音は困り顔で笑ってみせた。


「私、死んじゃったみたい」

「そうか」


 うすうす感じていたことだったが、改めてそれが確信に変わる。


 有希音はもう死んでいた。

 そこからゾンビへ変異したんだ。


「ねえ鋼くん」

「なんだ」


 有希音のかすれた声が寂しく響く。


「ゾンビになっちゃってた?」

「ああ」

「じゃあ今お話しできるのって」

「お前を実験サンプルにしたんだ。ゾンビの腕を噛ませた」

「そうなんだ。それでまた意識が戻ってきたんだね。

 あ~あ、もしかしたら治せてもらえたかもしれなかったんだ」

「かもな」

「ざ~んねん」

「だな」


 有希音が肩を震わせる。

 同い年なのに有希音が小さくはかなく思えた。


「ねえ、鋼くん……」

「なんだよ」

「折角助けてくれようとしていたのに。待っていられなくてごめんね。生きていられなくてごめん」


 俺に抱きしめられながら、有希音は血で汚れた顔を手で覆う。


「俺こそ、悪い。変な期待を持たせた」

「ううん、いいの。鋼くんはわずかな可能性でもチャレンジしてくれた」

「そうか」

「うん。もう一度お話できてうれしかったよ」


 俺は床に落ちたゾンビの腕を取る。


「なあ、またゾンビ化したらもう一度これを噛めば」

「そうだね、また戻れるかな」

「さあな。でも試してみる価値はあるだろ」

「あのさ鋼くん」


 有希音は俺の言葉を無視して床に落ちていたペティナイフを拾った。

 それを俺に手渡す。


「これは」

「もしさ、私が駄目だったら。これで」


 生き返らないように。


 俺はペティナイフを見つめる。


「鉄心ちゃん、あのさ」

「なんだよおやっさん」


 目が潤んでいるところを見られまいと、声だけで返事する。


「地下の倉庫で使っていない部屋があるんだけど、いっときそこに入ってもらうっていうのはどうだろう」

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