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覚醒

 意識が朦朧もうろうとする。


 俺は気を失っていたらしい。

 どれくらい経ったのか、気を失う前に何をしていたのか。

 さっぱり思い出せない。


 何かが手の内にある。


 首を動かすのもつらい。

 視線だけ動かして手元を見る。


 俺が抱えていたのは、肉塊と化した亜美の姿。

 首筋は噛み千切られ、腕はもがれ、はらわたは飛び出していた。


「亜美……ちゃん?」


 もはや返事をすることはない人間だったなれの果て。


「こんなこと、誰が……。酷いな」


 バラバラになった少女の身体を脇に置く。


 ああ、お葬式しないといけないかな。


 くっ、頭がぼんやりとする。

 考えがまとまらない。


 壁に手をつく。

 立ち上がろうとして力を入れるが、脚が言うことを利かない。


「お、俺は……」

「大丈夫、鉄心?」


 かみつき……。神月か。


 何か恐ろしいものでも見るような目つきだ。

 なんだよ、そんな怯えたような。


 そでで口をぬぐう。

 血がべっとりと付く。


「し、仕方がなかったんだよ、亜美ちゃんがあんなになっちゃうなんて。な、鉄心」

「あ、ああ」


 自分の声が自分のもののように思えない。

 水の中に潜っているような、どこか遠くの世界での出来事みたいな。


 なんとか重たい身体を引き上げるように立ち上がった。


「鉄心、大丈夫かい」

「大丈夫だ」


 ふらふらする。支えが欲しい。


「ひいっ……ご、ごめん鉄心」

「あ、ああ。悪い、ついつかんじゃったよ」

「うん、だ、大丈夫だよ。歩けるかい?」


 怯える神月から手を放し、壁を伝いながらカウンターの裏に行く。

 キッチンだ。ここで顔を洗おう。


「まだ水が出てよかったよ。ほ、ほれ鉄心ちゃん、タオル」

「ああ、ありがとうおやっさん」


 おやっさんが置いたタオルで顔をく。

 意識がだんだんはっきりしてきた。


 なにが起きたのかは記憶にないけど、それでもどういう状況かは解るつもりだ。


「ゾンビ……に、なっちまったんだな」


 俺の独り言が聞こえたらしい。

 神月がぎょっとする。


「あ、ああ。亜美ちゃんだろ。そうだね、ゾンビ化していたよね」


 神月、それは俺を気遣ってなのか。それとも勘違いしたからなのか。


「いやあ参っちゃったよ。おじさんもさあ、急に襲われちゃったでしょ? もう駄目かと思ったよ~。

 ほんと助かった助かった」


 重森がおどけてみせる。そういやあ失禁していたのはどうなったんだ。


「あれえ、君、どうしたのその目。君って外国人の血が混じってるの?」


 このおっさん、メタボの脂が脳に行ったか?

 俺はこの国の生まれで両親もそうだ。うちの家族は誰一人パスポートだって持っていない。

 どっからどう見たって……。


「だってさ瞳の色。青いじゃないか」

「え」


 俺は元々髪も瞳も真っ黒くろだ。

 カラーコンタクトじゃあるまいし青い瞳になったことなんかあるわけがない。


「ちょ、神月ケータイ貸してくれ」

「いいよ、ほら」


 自撮じどりモードで自分の顔を映す。

 確かに瞳の色が薄い青。

 さっきはそんなところまで気がつかなかった。


 さっき……? 俺は確か口の周りが真っ赤に……。

 それは今も変わらない。口から下、服が血だらけだ。


 記憶には無い。

 だがこの姿が物語っている。


 亜美をあんな姿にしたのは。


 俺だろう。間違いなく。


 神月たちはそれを見ていたはずだ。

 初めに見た怯えたようなあの顔はきっとそういうことだろう。


「顔色も悪いし、なんとなく髪の色も黒じゃないような……」


 俺はあえて軽い口調で話しかける。


「身体の表面にも変化が現れたっていうことなのかな。僕もそういう題材の映画は観たことないけど」

「なんだよ、どういうことだよ」


 やっぱりあれか。


「俺もゾンビになってるってことか……?」


 この場にいる全員が複雑な顔で俺を見る。


「ぅぇっ、気持ち悪い……」


 重森があからさまに嫌な顔をした。


「んだとこら」

「ひいっ!」

「ちょっとやめなさいよ、みっともない!」


 俺が重森ににらみを利かせると、すぐさま江楠えくすから注意が飛ぶ。


「みっともないってなんだよ! ゾンビになってるかもしれないってのに」

「ぎゃあぎゃあ言っても始まらないでしょ」


 なんだよこいつは。いたわるとかないのかよ。


「だって不思議だと思わない? なんでゾンビになったとして会話ができるのよ」

「うるせえな。ただ、俺はまだ死んでないんだよ」

「確かに鉄心の言う通りだね。映画なんかじゃゾンビに噛まれてもそれだけじゃゾンビにならなくて、一度死んでから復活してゾンビになるし」


 一度死んでからとか。

 神月は他人事みたいに意気揚々と話せるよな。

 まあ他人事だけど。


「だいたいあれだろ。噛まれても死んでないやつは、ここは俺に任せてお前たちは先に行けーってパターンだろ」

「そうそう、最後に弾一発だけ残しておいてくれ、なんていうね」


 あるわー。そういう展開。


「俺はまっぴらごめんだけどな」


「なあ鉄心。亜美ちゃんは学校で友達に噛まれたって言っていたよね」

「ああそうだな」

「さっき商店街で津川君が噛みついたお巡りさんとか救急隊員とかは、ゾンビになって襲ってきたよね」

「あ、まあそうとも言えるな」


 神月は俺の顔をじろじろと見る。


「僕が見ている限り、鉄心が彼らとは違うことって」

「うちが道場やってて鍛えてるとかか?」


「ばっかじゃないの」


 江楠えくすの呟きが聞こえた。

 うるせ。


「鉄心って噛んだよね? 津川君に噛みついたよね」


 あ、ああ。そんなこともあったな。

 あの時はとっさだったし相手がゾンビだなんて思っていなかったから、噛みついてくるなら俺も噛みついてやれってなくらいの軽い気持ちでさ。


「僕が思うにそこなんじゃないかな。

 映画とかでもそうだけど、ゾンビは人を襲って食べるけど人はゾンビを食べないから」

「へ、どういうことだよ」

「鉄心がゾンビを噛んだから、ゾンビ化を止められたんだと思うんだよね」


 なっ。そりゃあ飛躍ひやくしすぎだろう。

 映画とか漫画とか、ゾンビの血を浴びてもゾンビにならないとか、既に感染していて噛まれていなくても死んだらゾンビ化するとか、そういうのはいろんなパターンがあったけどさ。


「人がゾンビを噛んだから?」

「そうだよ、きっとそうだよ」

「だったら人間がみんなゾンビにかじりついたらいいんじゃねえか」


「ぅぇぇ、気持ち悪いなあ」


 また重森だ。いい加減にしろよメタボオヤジめ。


「それは考えていなかったな。そうしたらどうなるんだろうね」

「神月ちゃん、普通に考えたら美味しくなさそうだけどねえ。いっそカレーにしちゃう?」

「おやっさんそれ笑えねえって」

「あ、そうかい? わははは。ゾンビカレー、いいと思ったんだけどな~」


 いや、普通にアウトだろ。


「もしそうだとしたら……」


 次に俺がやろうとしていること。

 俺の考えも悪魔の思考、なのかな。

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