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血の味

「ギャガァッ!」


 中学生としては小柄な少女が立ち上がる。

 じわり。腰を落としてにじり寄ってきた。


「ひ、ひいっ」


 それまで亜美に乗っかられる形だった重森が情けない悲鳴をあげる。

 しょんべん臭い。失禁したのは重森か。


 見たところ亜美の口は血に汚れていない。


「あ、亜美ちゃんが……急に、ぐったりになったかと思ったら」

「しゃべるな有希音ゆきね


 ターゲットが有希音に変わったりしても困るからな。


「さあ来い、優しいお兄さんが遊んでやるぜ」


 やっぱり、あの手の傷がそうだったんじゃないか。

 ちくしょう、警戒しておくべきだった。


 だけどそうなると有希音も、そして俺も。


 辺りを見回す。


 手持ちの武器は無い。

 鉄柱はストレッチャーと一緒に転がっている。

 俺からは三歩くらいの距離。


「拾えるか……」


 じりじりと摺り足で鉄柱へ近づく。


「シャアァッ!」

「まずいっ!」


 亜美が飛びかかってきた。

 素早い動きができるなんて思っていなかっただけに虚をつかれた。


 横っ跳びに転がって亜美を避けながら鉄柱を拾う。


 着地した亜美が角度をつけてまた俺に飛びかかる。


 俺は鉄柱を斜めに立てた。


「これならっ」


 放物線を描くように着地する場所へ、俺が持った鉄柱が待ち構える。


「ゴギャッ」


 亜美の身体を鉄柱が貫く。

 ズルズルとずり落ちて俺との距離が縮まる。


 俺は頭から亜美から大量に溢れ出た血を浴びた。

 まだ生ぬるい、だが普通の体温よりもかなり低い血だ。


 両手がふさがっているから浴びるに任せる。

 その血が俺の顔を伝い、口に入った。


「っ!」


 これだ。この甘ったるい感じ。

 むせ返るような血の匂いに混じって、なんとも言えない香りが口の奥に広がる。


 ドンッ。


 胸の高鳴りがする。


 ドンッ。ドンッ。


 いったいなんだってんだ。


 鼓動が早くなる。息が、苦しい……。


 喘げば喘ぐほど血が口に入る。喉を通る。身体の芯から熱くなる。


「ガァッ! ガッ」


 亜美は鉄柱に貫かれながらも、なお俺をかじろうと歯をむき出しにする。

 俺は両手を広げ、亜美の小さな身体を受け入れる。


 柔らかい抱擁ほうよう


「グガッ」


 亜美の肺から空気が絞り出される。


 亜美のあごは抱きついた俺の肩で押さえられ、近すぎて俺のことを噛めない。

 耳元でうめき声と歯の鳴る音。


「アア、ソウイウコトカ……」


 自分の中で変な納得があった。


 ゆっくりと首を回すと亜美の首筋が目の前にある。

 女の子の健康そうな匂いがする。まだ子供だが少しは女の匂いになってきているのだろうか。

 そしてかすかに漂う死臭。


 俺は唇にかかっている亜美の血を舌ですくい取る。


「やばいな」


 頭がクラクラするが気は抜けない。

 亜美を抱きしめている力を抜いたら、俺は八つ裂きにされるかもしれないからだ。

 それより先に、この可愛い匂いの持ち主がなんとも言えない魅力を俺にぶつけてくる。


 喉がゴクリと鳴った。


「て、鉄心っ!」


 どこか遠くで神月の声が聞こえた。


 大丈夫だ、亜美くらいなら俺の力で押さえこめる。

 自由の効かないゾンビなんて大したことない。


 死後そんなに経っていないからか、まだ肌に張りがある。

 柔らかそうな子供の首筋。


「鉄心、やめっ!」


 神月、大丈夫だって。

 俺はやられたりしない。ほら、噛まれないだろ。


 亜美だって白く濁った目で天井を見て、口から血の泡を吹いているじゃないか。


 これじゃあ俺に噛みつくなんてできないさ。


「鉄心、もう……」


 なんだよ、うっさいな。

 だから俺は平気だっ……。


「ガアァッ!」


 目の前には焦点の定まらない亜美がうなだれて倒れている。

 口は動いていない。身体も動く気配はない。


 血が床に跳ねる。


 誰だ? 亜美を止めたのは誰だ。


 亜美の首には新しい傷。

 そこから間欠泉のように血が噴き出す。


 鋭利な刃物じゃい。血でよく判らないけど、力任せにもぎ取ったかのような傷跡。


 まるで獣が噛みちぎったかのような。


 血が床に跳ねる。


 あれ。

 俺の口からなにか垂れてる?


「鉄心……」


 神月がスマートフォンの画面を俺に見せる。


 自撮り用カメラで鏡のように映ったそれには、口を真っ赤に染めた俺の顔があった。

やっちゃいました……。ついに。

次話、覚醒です。

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