薬局
「誰かいないか!」
必死でドアを叩く。
シャッターを下ろしていないから、中に避難しているようにも見えないが。
逃げる時に鍵をかけて行ったのか。
「くそっ、やつらがやってくる」
「ど、どうしよう鋼くん……」
「大人なんだから情けない声出さないでよね!」
相田の弱音に江楠が吠える。
「大人だって怖いのは怖いよ」
そりゃそうだ。俺も怖い。
生きたままやつらに食われるなんてことを思うと、なんでこんなところに来ちまったのかって後悔したくなるほどだ。
怖いものを怖いと言える素直さは、少し羨ましいかも。
「ウグガァ……!」
パァンと乾いた音が響く。
江楠が発砲した。こっちもゾンビ相手に鉄柱で応戦する。
「鋼くん、江楠さん、鍵、鍵あったよ! 入り口の看板の裏にあった!」
「よし、相田さん開けてくれっ!」
目の前のゾンビの頭を鉄柱で叩き割る。
赤黒い液体が弾け飛ぶ。
次のやつは横なぎに頭を叩く。
「後から後から、きりがない。相田さん、早くっ!」
黒山の人だかりというか、血まみれのゾンビだかり。
倒しても倒しても次が来る。
頭を狙うけどそれが外れて肩に当たったりすると、一気に形勢逆転だ。
慎重、かつ大胆に。
頭を狙い、叩き、突く。
「相田さん、まだかよっ!」
叫ぶ俺の首筋に若い女のゾンビが噛み付こうとする。
「うっ、くく……」
「カアァッ! ガア!」
かろうじて鉄柱でゾンビの首元を押さえて抵抗する。
津川の時もそうだったが、なんて力なんだこいつらは。
そこへ銃声が鳴って視界が真っ赤に染まる。
女ゾンビはその顔のど真ん中に真っ黒い穴が空いていた。
「き、気をつけろよなっ、俺に当たったらどうすんだよ」
そんな俺の抗議も澄ました顔で答える。
「当たらなかったからいいでしょ。これで五発目。あんたのために弾を一発無駄にしたわ」
「ちっくしょう、かわいくねえ」
「二人ともこっち! 開いたよ!」
相田が薬局の中から声をかける。
「待ってたぜ」
江楠を先に入れてストレッチャーと一緒に中に飛び込む。
すぐさま相田が内側から鍵をかける。
ロールカーテンで視界を塞ぎ、待ち合い用のソファーをバリケード代わりに立てかけた。
「簡易的なものでいいだろう。すぐに出るんだからな」
急いで薬を調達しよう。
処方箋を取り扱っている薬局で、街のドラッグストアとはちょっと違う。
病院の側にある薬局みたいな感じだ。
だから市販薬も少しは置いてあるが、どちらかというと薬瓶に入っているやつや大き目の容器に入っているやつ、錠剤もシートで連なっているようなものが多い。
「スーツケースには割れ物を多めに。買い物かごには錠剤、それと包帯や湿布薬はストレッチャーに乗せられるだけ乗せよう」
「レジ袋に詰められる分は詰めておこう」
そうしている間にも、ゾンビたちは扉を叩いて押し寄せようとしている。
「グワァッ!」
「なっ!」
「相田さんっ!」
相田が消毒液の瓶を落とす。
辺りにアルコールの匂いが充満する。
戸棚の奥に手を伸ばしたところを、その場に倒れていたゾンビに捕まれていた。
薬剤師か。白衣を着た女の人だったらしいゾンビが、髪を振り乱して相田と格闘していた。
店内の探索か甘かったか。
「やっ、やめっ!」
相田の悲鳴を聞いて俺はすぐさま鉄柱を構える。
「ああっ、あああ!」
木の枝が折れるような乾いた音がして相田の腕が変な方向へ折れ曲がった。
ゾンビの凶悪なまでの力で腕の骨が容易く折られたのだ。
「このやろう、離せっ!」
白衣を着たゾンビが相田の腕を引っ張る。
嫌な音を立てて相田の左腕が引きちぎられた。
その腕はゾンビがクチャクチャと音を立てながらかじっていく。
俺は焦っているのか。いや場所が狭いからだろうが、攻撃してもなかなか頭に当たらない。
壁や棚に当たるし、ゾンビに攻撃できても肩がせいぜいだ。
仕方がない。
「鋼流健康体操一二の型。左手を広げて前にぃ、その上に棒を乗せて、右手に力を込めてぇ」
左手が支えになり、安定した角度で右手に握った鉄柱を三回突き出す。
「突三弾剛っ!」
ビリヤードの要領でゾンビの喉、鼻、額の三点をそれぞれ打ち砕く。
「江楠、相田さんを!」
「やってるよ!」
脳を破壊されその場にくずおれるゾンビはそのままにして、周りを警戒する。
奥の扉を開くと、そこには折り重なるようにして倒れている人。
「おわっ」
びっくりした。
鉄柱で倒れているそれをひっくり返す。
反応はない。
頭を刃物で刺されたか、ゾンビ化しないまま息絶えていた。
「うぐわあっ……」
江楠が相田の腕を縛る。
どうしても押し殺した悲鳴が相田の口から漏れてしまう。
「薬品倉庫に死体があった。ここはそれくらいだ。ゾンビはいない。手当はどうだ?」
「止血はなんとかなりそう。薬局だから薬はあるけど道具はないみたい。誰かに持っていかれたか元々そんなになかったか」
小さな調剤薬局だ。確かに病院じゃないからか、輸血や点滴のパックも見当たらない。
「相田さんの応急手当てをしたらカレー屋に戻ろう。荷物はあるだけ積んでいくけどストレッチャーで戻れるか?」
「やってみないことにはね。それに私も武器が欲しいから」
江楠は全弾撃ち尽くした拳銃をポケットに入れ、武器になりそうなものを物色し始めた。
「大丈夫か相田さん。もう少し踏ん張ってもらうよ」
「あ、ああ。済まないね。結局足手まといになってしまって」
片腕がなくなったというのに、痛みをこらえて気丈に振る舞う。
「泣き言ならあっちに行ってからだな。悪いけど今はそんな余裕はない」
「ああ。ふう……。頑張るよ」
「頼りにしてる」
俺はカウンターの横の冷蔵庫に入っていた健康ドリンクを相田と江楠に渡すと、自分も一気に飲む。
俺たちは荷物を乗せたストレッチャーを薬局の入り口に運んだ。
「外はまだ居やがるぜ。でもさっきほどじゃなさそうだ」
「行けそう?」
「行くしかないけどな」
江楠はどこから持ってきたのか、赤い手斧を握っていた。
「消火栓のところにあったのよ」
なるほどな。確かに映画とかでもよくある手だ。
「よし、ドアを開けたら前にいるやつを俺が片付ける。少し隙間ができたら、ストレッチャーを押してくれ。一気に駆け抜けるぞ」
「オッケー。わかったわ」
「い、いいよ。行こう鋼くん」
俺たちはお互いの視線を交わしてうなずく。
鍵を外し、ゆっくりとドアを開ける。
まだこちらに気づいていないのか、あらぬ方向を見ているゾンビの側頭部から鉄柱を突き立てた。
「さーてと。帰還の始まりだ」
体液で黒ずんだ鉄柱を握り直す。
「本気出したら、俺は強えぞ」