決死隊
「そんな無茶だよ!」
神月の第一声は俺の意見に反対するものだった。
「だけどこのままじゃあ有希音が危ない。それにカレー屋だけに食料はなんとかなるだろうけど、日用品はそれほど備蓄もない。どっちにしたってこのままじゃいられないだろ」
俺の言葉に相田が賛同してくれた。
「鋼くんの言う通りだよ。鈴本さんの熱も下がらないし感染症も怖い。このままじゃ命だって」
「ならどうするのよ。あの化け物がいっぱいいる中を行くって言うの?」
江楠は何かにつけて反対する。
あいつにはあいつなりの理由があるんだろうけどな、せっかくこっちに流れが来たかと思ったところで余計な茶々を。
「薬局の場所は判ってる。さっき見たところじゃゾンビ……と言っていいのか、まあその怪物どもしかいなかったが、それ程いっぱいいたわけじゃない。
それにあの動きだろ。なんとかできるさ」
「鋼、あんたの憶測でしょ。なんとかできなかったらどうすんのよ」
「そうだな、それだと行ったやつは終わりだ。そして残ったやつもゆっくりと……」
死に近づいていくだけだ。
「俺一人でも行く。もし江楠が言うように失敗しても、被害は俺だけで済むからな」
俺はそう言い切って周りの反応を見る。
「鋼くん、これはどうかな」
相田が持ってきた物は俺の親指より少し太いくらいで長さは一五〇センチ程度の鉄の棒。
おやっさんがそれを見て補足する。
「ああこれはキッチンの調理器具用に買った棚の柱だね。棚を交換しようとしていたから」
「メタルラックの柱か。これはいいな」
俺は受け取った鉄柱を軽く振り下ろす。
やつらの頭をかち割るのには丁度いい。
「あとは大きめのリュックがあれば。できれば両手は使えるようにしたいからな。持ってこられる物はかき集めてくる」
「生憎リュックみたいな物はないんだよ。スーツケースならあるけど、大きすぎるし片手が塞がるからどうだろう」
おやっさんが二階から大きめなスーツケースを持ってきた。
キャスターが付いている、旅行で使うようなやつだ。
「ストレッチャーは使えないかな。私もさっき外を見たけど正面のお店にある買い物かご。あれが使えると思うよ」
相田の言葉で思い出した。
確かに八百屋のところに買い物かごもあった気がする。
「だけど流石に一人じゃ」
「私も行こう、鋼くん」
「いいのか相田さん」
「私がストレッチャーを押していく。荷物はこの上に乗せて帰ってくればいい」
相田はスーツの上着を脱ぐと、シャツの袖をまくってみせた。
「戦力にはならないかもしれないが、荷運びの手伝いくらいはできると思うよ」
「大人の男ってだけでも力では頼りにしてるよ」
相田は苦笑してそれに答える。
「私も行くわ」
俺はびっくりして声の方を見る。
「江楠、お前こそ足手まといだ。無理して来ることはないぞ」
「私にはこれがあるから」
そう言って江楠が取り出したのは。
「ニューナンブ?」
「SAKURAよ。まあどっちでもいいわ。倒れていた警察官から奪ってきたのよ」
江楠の持っているリボルバー式の拳銃を見て、相田がビビった様子だった。
「江楠さん、それって立派な銃刀法違反じゃ……」
「人殺しが横行している状況で法律もクソもないでしょ」
「いいのか、少なくともここにいた方が安全だぞ」
「そんなの判らないでしょ。どこで死んだって一緒よ。どうせやるなら逃げ回ってるよりやりたいようにやって死ぬわ」
なるほどな。一種の悟りの境地みたいなものかもな。
「判った。ならおやっさん、店の方は任せたぞ」
俺と一緒におやっさんが横倒しになっていたストレッチャーを立ててくれる。
「おう、任せときな。戻ったらカレー食わせてやる」
「へへっ、そりゃ楽しみだぜ」
「鉄心、それって死亡フラグだって」
「言うと思った」
俺と神月は冗談交じりにニヤリと笑みを交わすと、俺は鉄柱を握りしめてドアノブに手をかける。
「よし、俺はこれから本気出す」
のぞき穴をのぞいてみると、見える範囲でうろついているゾンビは三体。
それも結構距離がありそうだ。
おれはそのことをみんなに伝えて鍵を外す。
ゆっくりとドアを開けると、外の空気が流れ込んでくる。
下水のような酸っぱいような、腐った茹で卵みたいな異臭が鼻をつく。
ゾンビどもに食い散らかされた血の匂いだったり、臓物の匂いだったりが辺りに充満している。
その臭いの元になる血や肉片は、あちこちに散らばっていた。
「人間の腹の臭いってのは、すげえもんだな……」
吐き気を催す状況にあっても、こっちは生きていくうえで必要な物を取ってこなければならない。
「出発するぞ」
なるべく音を立てないよう、ストレッチャーは俺と相田で持ち上げて運ぶ。
拳銃を構えた江楠がそろりそろりと八百屋の店先に転がっていた買い物かごを拾いに行く。
「おい、かごを取ったらすぐ来いよ」
「ちょっと待ってよ」
江楠は八百屋の隣のお菓子屋に並ぶ品物を物色し、ビスケットやチョコレートといったものをかごに詰め始めた。
「そんなもん後でいいだろ。目的は薬局だぞ」
「わかったわよ、今行く……」
人間というのは何かの時には時間がゆっくり流れるように感じるって誰かが言っていた。
今がまさにそれ。
買い物かごに山積みとなったお菓子。
その山の中腹にあったビスケットの缶。
それが買い物かごから滑り落ちる。
その一瞬がスローモーションに見えた。
「っ!」
ガランガランと、商店街のアーケードに響き渡る缶の転がる音。
「っかやろう! 何してんだ!」
音を聞きつけて、ゾンビどもがこちらに注目し始めた。
「薬局、とにかく突撃だ!」
隠密行動はもう終わりだ。
如何に早く目的地まで辿り着けるか。
ストレッチャーを薬局まで転がす。
わらわらとゾンビどもが建物の陰から現れる。
何体かゾンビが襲ってきたがストレッチャーでなぎ倒し、俺の鉄柱が頭部をトマトのように叩き潰す。
「こいつら、どこに隠れていやがった!」
次から次へと現れる怪物ども。
「薬局まで、あと二体!」
一体は俺の鉄柱を目に突き刺し、そのまま持ち上げるとメキメキっと頭蓋骨が壊れる音がして頭の中身がぶちまけられる。
「くそっ、もう一匹がっ!」
一体目の頭部を破壊した俺は勢いがついて体制が整わない。
もう一体のゾンビが手を伸ばして引っかいてきた。
腕には三本の爪痕が浮かび、血がにじんでくる。
「ぐっ!」
多少の痛みはなんとでもなる。
行動不能に陥っているわけではない。
「反撃だっ」
突き出した鉄柱が大口を開けたゾンビを貫く。
後頭部からメタルラックの支柱が脳漿と一緒に飛び出す。
「鋼くん、こっち! ドアが」
相田が薬局のドアに辿りついたが。
「鍵がっ、かかっているっ!」
ちっ、お約束とはいえ一筋縄ではいかないか。