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 家まで車で送ってくれる5分程の距離、助手席に座る結子は大変気まずい思いでじっとしていた。

 毎日店で夕食を摂る彼とはようやく会話も徐々に慣れ、最近では笑いも交え明るく話せることも多くなっていた。

 それなのに、さっきの結子の思わぬ失敗でまるで振り出しに戻ってしまったかのように、互いの間は今とてもぎこちなく余所余所しい。

 結子だけならまだしも隣で運転する凌がずっと沈黙しているので、余計に居た堪れない。

 どうしようどうしようとひたすら苦悩しているうちに、いつの間にか家の駐車場前に車は止まっていた。



「今日はありがとうございました。助かりました」

 隣に身体を傾け、最後に礼だけはしっかりして去ろうと深々お辞儀をする。

「いや、俺の方こそ強引で………………迷惑だった?」

「いえ! そんな! 迷惑なんてとんでもない!」

 窺うように視線を向けられ、気にしている様子をみせる凌に全力で否定する。

 確かにちょっとばかし強引だったが、彼は何も悪くない。

 謝らなければならないのは彼の隣を避けたいがばかりに言い訳を重ね、気まずい思いをさせてしまった自分の方だ。

 

「せっかくお茶にも誘ってくださったのに、ゆっくりできなくてごめんなさい。また今度機会があれば、みんなで」

「じゃあ来週の日曜日は? 夕方が駄目ならランチでもどうかな」

 最後にしっかりみんなで(・・・・)と付け加えた結子の言葉を突然そこだけぶった切り見事に被せてきた凌は、さっそく来週のランチの誘いを結子にぶつけてきた。


「えーと、えーと、来週は」

 呆気にとられつつもすぐさまハッと我に返り、一生懸命来週の予定を思い返す。

 こんな時に限って、来週の結子はとんでもなく暇だった。


「……来週は、特に何もないです」

 今日あまりにも言い訳しすぎたせいで、これ以上嘘を重ねる事はさすがに結子の良心が許してくれなかった。

「よかった、じゃあ一緒に。11時頃迎えに行くけど大丈夫?」

「はあ、大丈夫ですけど………………あの、良かったら瑞姫さんも一緒に」

「あいつは忙しいよ。2人じゃ駄目?」

 すぐさま瑞姫を省いてしまった彼に2人としっかり強調され、瑞姫が無理なら新太を巻き込もうと策略していた結子はとうとう諦めるしかなかった。

 ランチの誘いを承諾し、ようやく彼の車から解放される。

 そのまま去っていく車を見送ると、ぐったり疲れ果てトボトボと家の中に入った。 

  





「おかえりー、遅かったね」

「うん」

 すでに壁の時計は夕方5時過ぎ、今日一日農作業の手伝いに出掛けていた新太は先に戻っていた。

 明美と高次は裏の畑にでも行っているのか、家の中にはいないようだ。

 

 さっき買い物した袋を茶の間のテーブルに置くと、テレビを観ながら畳に寝そべっている新太の向かいに腰を下ろした。

「はあ…………」

「なんか疲れてない? 暑かった?」

 テーブルにぐったり顔を伏せ重いため息を深々漏らした結子に、新太は寝ながらこっちをのぞき込んだ。

「ねえ、買い物歩いて行ってきたの?」

「……え、ううん」

 ようやく伏せた顔を戻しぼんやり力なく答えると、新太は怪訝な表情を浮かべた。

「じゃあ何で行ったの? 自転車は車庫にあったけど」

 さっき帰宅した際、車を車庫に入れる時にしっかり自転車を確認していたらしい、思わぬ新太のするどい尋問に一瞬言葉を詰まらせた。


「えーと、えーと……」

「えーと?」

「……えーと、偶然凌さんの車に乗せてもらって、それで」

 面倒を避け黙っているつもりだったが疲れた頭ではとっさの言い訳も思い浮かばず、正直に凌に世話になったことを渋々白状した。


「ふーん……偶然、偶然ねぇ」

 特別やましいことなどない結子の告白に一瞬黙った新太は、突然ニヤリといやらしく笑った。

「偶然だよ。本当に偶然、家の前で会って」

「わかってるって、偶然でしょ? 良かったじゃん。楽できて」

 まったく信じていない彼の態度に思わずむきになって弁明すると、ようやく信じてくれたのかニヤケ顔を引っ込め冷静に返してきた。

「偶然でもなんでもいいからさ、人の厚意は抵抗せず素直に受け取るべきだよ。結子はちょっと頑なな所があるからね」

 まるで今日の結子を陰からこっそりのぞき見ていたかのように、新太の助言は的を得ていた。

 まさか来週うっかりランチの約束までしてしまった事実を打ち明ける勇気など、今の結子には当然残っているはずもない。

 何も言い返せず黙ってしまった結子を放っておいて、新太は夕飯前にもかかわらずテーブルに放置されていた買い物袋からお菓子を取り出しボリボリ食べ始めた。








 

 いつものように凌の車で店に来た瑞姫だが、彼に遠慮する気など更々ないらしい。

 勢いよく喉を鳴らし缶ビールを半分ほど飲み干した。

「今日は特別暑かったから、最高に美味いわ」

 閉店後店で集まった4人は食事だけでなく、今日は瑞姫がわざわざ購入し持ってきた酒も一緒に楽しむことにした。

 当然これから運転して帰る凌は飲むことはできない。

 申し訳ないが、結子も久々のビールを美味しく飲み始めた。


「瑞姫、ちょっとペース早過ぎ。そんなに強くないんだから」

 あっという間に1本飲み干してしまった瑞姫に、新太が慌てて注意した。

「いいの、今日は特別なの。ここしばらくずっと残業続きだったんだからさぁ」

 ようやく落ち着きはしたが最近ずっと忙しかったらしい、帰宅も遅かった瑞姫の顔は確かに疲れが滲み、うっすらクマが浮かんでいる。

 されどどんなにやつれていても美人は美人、今日も瑞姫の美しさだけは変わらない。

 

「疲れた時はやっぱり酒と甘いものだよねー…………ということで結子さん、じゃーん!」

「え、なになに?」

 突然目の前にはりきって差し出され、慌ててのぞき込んだ。

 

「ケーキバイキング?」

 瑞姫が嬉しそうに見せてくれた小さな広告チラシには、ケーキバイキングの文字と写真つきで多種多彩なケーキの数々が美味しそうに載せられている。

「……ねえ瑞姫さん、これってもしかしてずっと行きたがってたやつ?」

 ここでは超有名老舗ホテルで数年前から年5.6度不定期で開催されているケーキバイキングは、味もおりがみ付きしかも特別価格なので、地元の女性に大変な人気らしい。

 毎回20組限定ということもあり、広告チラシが入っても予約困難なのだそうだ。

 一度でいいから行ってみたいと以前瑞姫がぼやいていたことがあり、何となく記憶していた。

 普段甘いものはそこまで欲しない結子だが、甘いもの大好き瑞姫にとってはとうとう念願叶ったようだ。

「実はうちの弟が真っ先にこれに気付いて、即行予約したらしくてさ」

「へえ、弟さんが」

 まだ大学生の瑞姫の弟は、友達と行ってきたらと料金込みでサプライズプレゼントしてくれたんだそうだ。

「結子さん、一緒に行こうよ」

「私でいいの?」

「もちろん。今週の日曜日だから」

「今週の日曜日……」

 

………………………………。


 すでに一緒に行く気満々の瑞姫と同様すっかり行く気になった結子だが、どうやらそうもいかない事に気付かされた。 

 忘れもしない、今週の日曜日は凌とのランチの約束の日じゃないか。


 思いもよらず予定が重なってしまい、斜め向かいに座っている凌に無意識に視線を向けた。

 偶然にも、同じくこっちを見ていたらしい凌とパッチリ目が合ってしまった。

 なぜかじっと見つめられ、思わず動揺を露わにした結子は慌てて視線を下にずらした。

 

 今もおそらくじっとこっちを見つめているだろう凌に、まるで自分とのランチの約束と瑞姫(もしくはケーキ)どっちを選ぶんだと決断を迫られているかのような心境に陥られる。

 本音はもちろん瑞姫とケーキを選びたくても、常識を持った一社会人として絶対に駄目なのだと重々自覚させられた。


「瑞姫さんごめん、その日は用事があって無理なんだ」

「え、そうなの!?…………なんだ、そっかぁ」

 ひどくがっかりしてしまった瑞姫には大変申し訳ないが、凌との先約を当然断れるはずもなかった。

 潔く諦め、瑞姫に再び謝った。


「結子さんは無理なのか…………しょうがない。じゃあ凌、あんたは?」

 仕方なく結子を諦めた瑞姫はおそらく女性客ほぼ100%だろうケーキバイキングにもかかわらず、今度は隣の凌に躊躇なく矛先を向けた。

「用事があるから無理だ。新太、お前が付き合え」

 凌は自分に向けられた矛先を、すぐさま向かいの新太に向けてしまった。


「え、新太?」

 これに驚いたのは瑞姫だ。

 凌が駄目ならここに残るは新太しかいないというのに、明らかに動揺を顔に表した。

 やや意外だった瑞姫の態度を不思議に思いながらも、これは新太にとって千載一遇のチャンスではないか。 

 矛先を新太に向けてくれた凌に感謝しつつ、結子も俄然はりきり始めた。

「そうだよ、新太がいいよ。新太は甘いもの大好きだもん、ね?」

 甘いものでも辛いものでも新太は結局何でも好きなのだが、ここは甘党男子であることを強調することにした。

「瑞姫、俺でもいい?」

 当然すぐさま甘党男子を装った新太は懇願の表情浮かべ、瑞姫の許可を求めた。

「え、でも」

 皆に新太を強くお薦めされた瑞姫はそれでも今だ躊躇いを浮かべ、向かいの新太と結子を交互に見やった。

「新太が行けば店で出す料理の勉強にもなるし、ちょうどいいんだけど。瑞姫さん駄目かな?」

 あと一押しで瑞姫は落とせると読み、定食屋にお洒落なケーキなど無縁もいいところ、一切勉強になるはずもないのだが、いささか強引に新太を無理やり押し付ける。


「結子さんがそこまで言うなら…………わかった。新太、一緒に行ってくれる?」

「もちろん!」

 バンザイ新太!

 声高らかに承諾した新太に心の中で盛大に拍手を送り、彼にとって瑞姫との初デートをお祝いした。


 すっかり心は浮かれまくる新太と結子を見つめ瑞姫が一瞬顔を顰めたことなど、何も見ていなかった鈍感2人組は当然気付けるはずもないのだった。

 



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